フューチャーアーキテクト株式会社 金丸 恭文 氏

金丸:
80年代の「ジャパンアズナンバーワン」時代の価値基準は、たしかに「完全主義」です。いいものを安く、絶対に壊れない品質の高いものを作ってきた。ところが、最近は家電、自動車まで壊れるようになった。それはデジタルが増えたこと。もうひとつは価格競争で海外に出ざる得なくなったことが原因ではないでしょうか。でも、完全主義はいまだに日本の産業界にはある。それは良い面もあるのですが、日本国民の完全主義は、じつは地球には弊害を与えているとも思うんです。

財部:
地球に弊害ですか。

金丸:
例えば、賞味期限を厳格にするとコンビニから大量の廃棄物がでます。JR西日本の脱線事故も、時間通りに運行しなければならない、という完全主義から来ています。でも、前の駅でトラブルがあって出発が遅れたら、当然次の駅に到着するのが遅れるのは当然なのです。それを強引にあわせようとするからおかしくなる。

財部:
なるほど。

金丸:
コンピューターの世界でいうと、80年代の価値基準はハードウエアに価値がありました。ところが、マイクロソフトが86年にナスダックに上場した。新興勢力が出てきたのですが、当時、それがどんな影響を及ぼすかは誰にもわからなかった。ある意味、能天気でした。90年代、「ジャパンアズナンバーワン」が終わってバブルが崩壊。目に見えるもの、例えば、不動産の価値などが下落していきました。それで、90年代は価値基準がハードウエアからソフトウエアに移っていったのです。でも、マイクロソフトもオラクルも、創業以来、完璧なソフトウエアを一度も作ったことがない。毎回バグがあるのです。

財部:
そうですね。

金丸:
彼らのサイトを見るといつも「欠陥が見つかりました」と出ています。でも、時価総額世界トップランクの会社なのに、そんな欠陥商品を売りつけるなんてとんでもない、と誰も糾弾しません。家電や自動車が同じことをやったら大変なことになりますが、ソフトウエアはそれが受け入れられています。このような「不完全でも許される」という競争においては、アメリカほど強いところはありません。完璧なものはアメリカ人にはつくれないけど、ダイナミックな構想、ビジョンなどをとりあえず形にするのは本当に得意です。

財部:
減点主義の日本では、とりあえずやってみようという発想はなかなか出てきません。

金丸:
インターネットなんて最たるものです。もともと軍人同士が暗号のような数字をつかって利用していた技術で、世界中の一般人が利用するなんていうのは想定外です。地球上に不完全なブラックホールができてしまった。さらにそこに不完全なソフトウエアが乗っかっている。アメリカの得意中の得意な世界が出来上がってしまっているんです。

財部:
なるほど。日本人はインターネットの世界のビジネスは、まったくモノにできていませんね。

金丸:
そこで我々はどうしたら良いかということですが、グローバルな製造業はこれまでどおり頑張って頂かないといけません。強みである「完全主義」でやっていく競争の舞台を、自分達で用意して、戦っていけばよいと思うんです。

財部:
そこは日本のお家芸ですし、メイドインジャパンの信頼性はまだまだ高いですからね。

金丸:
はい。でも、製造業の頑張りだけでは、少子高齢化、人口減少社会の日本を支えることは出来ません。税収がまったく賄えない。ですから、もう一方に「新世界」ができなければなりません。新機軸といってもよいかと思います。この世界では「不完全」を日本社会が許容してあげない限り、伸びていかないと思います。

財部:
じつに最もだと思いますが、「完全主義」は日本人のメンタリティーに深く根ざしているところがあります。「不完全で良い」という考え方はかなり無理をしないとできない。

金丸:
合わない(笑)。

財部:
そう、合わない(笑)。

金丸:
でも、振り返って、日本はいつから完全主義になったのか。あのような、どう考えても負ける戦争に突入していったプロセスを見ると、超いい加減な国でもあったと思うんです。江戸時代なんかはもっと緩やかだったと思います。

財部:
ぼくも、完全主義というのは、じつは戦前からあったと思っています。JR西日本の初代の社長の話ですが、彼は京都大学を出て、旧国鉄に入るんです。どうして国鉄に入ったのか理由を聞くと、戦争中、学徒動員で工場で働いていたとき、12時のサイレンがなると弁当を持って外に出る。ベンチに座ると必ず東海道線が通る。爆撃がある中でも必ず電車が通る。こんなに素晴らしい世界はない、と思って、国鉄に入ったというのです。僕は日本人の完全主義は、結構根深いところがあると思っています。

金丸:
マーケットがどんどん大きくなっているときは、より完璧、より完全にという方向は正しいのだと思います。でも、そうでなくなった時、完全主義は成り立たないと思うんです。

財部:
先ほど、ソフトウエアとハードウエアの話を別世界のものとしてお話されましたけど、ハードウエアの世界でも同じようなことが起こっています。例えば、サムスンの人が、パナソニックの携帯電話を見てこう言うんです。「うちにはこんな完璧なものはつくれません」「どんなに頑張ってもこの8割のレベルのものしか作れません」。でも、それを7割で売るんです、って言うんですね。これをやられると、日本はハードの世界でもまったく世界基準に達しなくなってしまうんです。

金丸:
なるほど。

財部:
得意のハードの分野でも、こういう現象が起こっていますから、日本は厳しいところですよね。

金丸:
厳しいですね。これからはますます世界中が不完全を許容する時代になります。80点で良いという人たちに対して、100点のモノをつくりたいと押し付けても、プラス20点ぶんのコストを誰が出すのか、ということです。完ぺき主義の日本の商品に喜んで高いお金を出してくれる人を探さない限り、日本のモノづくりは生き残れない。

財部:
今後は、マーケットをどこに求めるかになっていくと思います。国内マーケットだけ見ている会社は、コストを価格に乗せてしまえばよいのだと思いますが、それがグローバル競争に場面転換していく際には、まったく場違いなことになってしまう危険性があります。

金丸:
そうですね。

「総合」か「カテゴリーガリバー」かが、生き残りを決めた

財部:
ITの世界を俯瞰してみると、大手企業はITゼネコンと呼ばれていて、グローバルな競争とは程遠いところにあります。また、ITとは言っても、ほとんど仕事を外注に出し、自分達でシステムを構築できるのかというと、なかなか厳しいといいます。金丸さんから大手IT企業はどのように見えるのですか。

金丸:
やはり、国内の大手は経営戦略が間違っていたと思います。今後はわかりませんが、これまでの結果をみると、そう言わざるを得ません。IT業界は80年代までは「総合」の競争でした。それが徐々に分業になっていくのですが、そのプロセスでカテゴリーキラーというものが現れました。インテルやマイクロソフトがそうです。最初は巨大な象に蚊が刺す程度ですから、痛みも何もなかった。それで彼らはカテゴリーキラーから、カテゴリーガリバーになっていきました。その時、IT企業の経営者は選択を迫られたんです。このままカテゴリーガリバーでいるか、「総合」を目指すのか。それで、今、「総合」を選択した会社が滅びているんですね。

財部:
ほう。

金丸:
IBMは、「総合」の代表みたいな会社と思われていますが、じつは違います。不得意な分野はだいぶ前に売ってしまっていて、会社の中身は大きく変わっているんです。

財部:
パソコンは中国のレノボに売りましたね。

金丸:
日本のITゼネコンと呼ばれる会社を見ると、いまだにあれもこれもやっています。一時期はテレビや洗濯機まで作っていたわけですが、それでは経営資源が分散されますし、何よりもコンピューターをやりたいと思って入社した人間は、洗濯機に配属されたら困るわけです。

財部:
そうですね。

金丸:
カテゴリーガリバーなら事業内容がはっきりしています。だとしたら、絶対にコンピューターをやりたい人間は、当然、そちらに職を求めますよね。

財部:
そうですね。

金丸:
そのあたりを間違えたのではないかと思います。

財部:
なるほど。なんでも手を出して、離さないでいる結果、良い人材はカテゴリーガリバーに取られて、経営資源も分散している。すべてが中途半端になっているのですね。

金丸:
コンピューターで成功している会社は手を出さない分野を決めています。マイクロソフトはハードウエアには手を出さない。グーグルはネットワークサービス、インテルはCPUだけです。

財部:
日本の大手IT会社は戦略のない「総合」のままなのですね。

金丸:
会社がジェネラルなので、人材もそうなっていきます。当社にも大手IT企業から面接にやって来るのですが、「ここに強みがある」という人はほとんど見かけません。買える技術がないのです。そもそも自分でプログラム書ける人がいない。

財部:
そうなんですか。

金丸:
彼らの仕事はプロジェクトの管理人です。外注管理、スケジュール管理、お金の管理などが中心で、汗を流してプログラム書くのは子会社の仕事です。

財部:
言葉通り、ゼネコンなんですね。

金丸:
建設業界よりひどいのではないかと思いますね。ゼネコンの1級建築士は、自分で図面を書きますよね。ITの方はそれもないわけですから。

財部:
なるほど。

金丸:
顧客の要望をまとめることはしますが、その後は伝言ゲームのような形で下請けが引き継ぎます。だから大手IT企業の社員の多くはコンピューターのことわかっていなかったりするのです。