アスクル株式会社 岩田 彰一郎 氏
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「お客様の声」は常にオフィスの中心にある

アスクル株式会社
代表取締役社長 兼 CEO 岩田 彰一郎 氏

財部:
紹介いただいたフューチャーアーキテクト株式会社の金丸恭文会長とはどんなご関係なのですか?

岩田:
主に経済同友会でのお付き合いです。私自身は経営者としての勉強ということで、当時同友会の代表幹事をしておられた日本アイ・ビー・エムの北城恪太郎最高顧問からのお誘いで入会し、ベンチャー育成委員会に入りました。その時の委員長が金丸さんで、私は副委員長でした。それ以来のお付き合いです。

財部:
金丸さんもある意味で、いわゆるティピカルなIT企業の経営者というよりは、もっと幅の広い方だと思いますね。

岩田:
そうですね。政治的なことも含めてご興味がおありですから。

財部:
この対談で先日、金丸さんのオフィスにお邪魔したのですが、エレベータを降りたら、エントランスに、とても素晴らしいグリーンの設えがありました。あそこまでやるのは、ITならではの殺伐とした雰囲気とのバランスを取るためではないだろうか、と思いましたね。

岩田:
なるほど。

財部:
僕は企業を訪問する際、最初にオフィスに入った時の印象を重視していまして、それを「ここは、こういう会社なんだな」という、自分自身の企業評価の参考にしています。具体的には、受付はどのようになっているのか、そこにどんな女性がいるのか、あるいはいないのか。あるいは、オフィスのレイアウトはどうなっているのかということが、実は僕の中で、企業を見るうえでの大きなポイントになっているのです。

岩田:
そうなんですか。

財部:
その意味で、僕は今日、アスクルさんのオフィスに入って最初に、「本当によく考えられているなあ」と感じました。アメリカ西海岸のベンチャー企業やハイテク企業とはまた違った意味で、非常に考え抜かれたうえで、このフォーマットができ上がっているのだな、と思いますね。

岩田:
ありがとうございます。

財部:
しかも、アスクルさんのオフィスについての説明を聞くと、お客様の声が命であるがゆえに、オフィスの真ん中に、円い形をしたコールセンターを置いているという。パッと見た印象で、コンセプトと現実が、ここまでピタリと合うオフィスはなかなかないと思い、僕は大変感激しました。

岩田:
そうですか。

財部:
コンセプトはいくら素晴らしくても、現実とはほど遠いのではないか、と首をかしげるケースがよくありますからね。実際、「社長さんの考えは、なるほど素晴らしい。でも、それを物理的に具現化するのは難しいですね」という話になることが少なくないのです。たしかにアスクルさんの場合は、エントランスの大きな設えで何かを象徴させるとか、有名建築家がデザインしたということでもない。しかし、机の配置が非常に美しく、しかもアメリカ企業のように、たんにスペースがゆったりしているだけでもないですね。

岩田:
実は、狭いんですよ。

財部:
スペースは狭くても、何か人間的な感じが伝わってくるような気がします。加えて、机の色や形のどういった部分を、どう作り込んでいくか、という心配りも伝わってきます。それから、よく見ると、机も全部が横並びではなくて、ずれているのもありますね。おそらく、そういったことにも意味があるのでしょう。アスクルさんはどんな考え方で、このオフィスを作られたのですか?

岩田:
オフィスについても、それなりのストーリーがあります。当社は97年にプラス株式会社から分社独立したあと、2000年にJASDAQに上場し、ここに移ってきました。六本木の「ヒルズ族」ではないにせよ、当時は世間にずいぶんもてはやされてJASDAQに上場しましたが、僕らはやはり「自分たちのガレージに戻ろう」と考えた。当社は、もともとプラス株式会社の企業内ベンチャーではありますが、親会社のフロアからは出るべきだと思ったのです。とはいえ、流行りの六本木に行くわけにもいかないので、「僕らは原点のガレージへ」ということになりました。昔は、この下が物流センターだったんですよ。

財部:
そうなんですか。

岩田:
当時私は、アスクルがカタログ通販でどんどん伸びていく中で、リアルな商売の感覚がなくなり、お客様が見えなくなるのではないかと危惧を抱きました。その時、「『お客様の声が真ん中にある』ということを、オフィスのコンセプトにしよう」と考えたのです。そこで当社は、「お客様が真ん中にいて、その周りにわれわれがいる」というイメージのオフィスを作りました。「お客様のために進化する」という、私たちの企業理念を形にしていこうということが、1つの目標でもあったのです。

財部:
だとすれば、このオフィスは、アスクルさんにおける1つの「進化の形」なのですね。

岩田:
はい。そういうアスクルの企業風土を大切にしていくために、お客様の声を中心にして業務部門を1つのフロアに集約し、21世紀型オフィスの「e-tailingセンター」(e-tailing:Electronic Retailingを簡略化した造語)を作りました。それから、アスクル本体は「小アスクル」と言いまして、われわれ単独では何もできない存在です。物流パートナーやシステム開発パートナー、商品サプライヤーなどの皆さんと一緒になって初めて、「大アスクル」として機能するのです。その意味で、このオフィスはいわば、その「大アスクル」の拠点として、当社がイノベーションを目指すうえでの「仕掛け」です。その部分を、財部さんにきちんと見ていただいて、非常に嬉しく思います。

財部:
そういうコンセプトは、いつ頃にまとめられたのですか?

岩田:
当社が増資を行う前の2000年です。その時に、「お客様の声が真ん中にある」というコンセプトを考えました。そもそも、「大アスクル」で働く人はみな平等という位置付けで、全員が同じサイズの机に座り、それぞれ能力を活かしてリーダーシップを発揮する。だから個室はもちろん、権威というものも作らない。加えて会社とは、全員が一体になって快適に働けるようなオープンな場所でなくてはならない。それゆえ社内をガラス張りにして透明性を高め、開放的な共有カフェテリアである「アスクルカフェ」で皆が昼食を取る。そうやって、職場を創造力が沸々と湧き出る場にしていこうという感じで、オフィス作りについての議論を行いました。

財部:
オフィスのコンセプトを作るにあたり、どんな議論を交わしたのですか?

岩田:
アスクルの第1号のお客様でもあり、当社のロゴなどを作ってくれたデザイナーの私の友人、それから浜野商品研究所にいらした方などと一緒に、「こういうオフィスを作りたい」とキャッチボールをしながら議論しました。そこでアイディアをコンセプチュアリーにまとめて、「オフィスはこうあるべきだ」という設計図を作ったのです。今度はそれをどうやって具体化しようか、という話になるわけですが、お金がありませんから、有名な建築家にお願いするわけにもいかなかったのです(笑)。

財部:
はい(笑)。

岩田:
お金はないが、気持ちとしてはできる限り、内装もお洒落なものを作りたい、センスを良くしたいと僕は思っていました。コールセンターがオフィスの真ん中にあるというのは、最初から決めていました。議論を重ねるうちに、5メートル超の天井の高さを利用して、動線が交わらないように橋を作ろうという話になり、オフィス全体を見渡せるブリッジができるなど、私の思いが、そのまま形になっているんですよね。

財部:
ああいう、室内の渡り廊下のようなブリッジを見て、非常に驚きました。僕は、最初に通していただいたフロアしか頭になかったのですが、ブリッジを渡ると4階と5階をつなぐ吹き抜けがあり、真下にもフロアが広がっています。普通なら、倉庫は倉庫のままで内装のレイアウトを考えると思うのですが、空間というものを、非常にうまく利用されていますよね。

岩田:
ええ。

財部:
おそらくニューヨークなどで、倉庫を利用して美術館をやろうといっても、それはあくまで建物の胴殻をそのまま使う、というだけの話でしょう。しかし、アスクルさんのオフィスはまさに、空間そのものをデザインしているといえます。新しいビジネスを生み出すアスクルという会社には、そういう分野においても、何か潜在的な才能というか、DNAのようなものがあるのを感じますね。

岩田:
それと関連すると思うのですが、当社では、カタログ作りや商品デザインをはじめ、さまざまな分野で、外部のクリエーターたちと一緒に仕事をしています。先週もスウェーデンからデザイナーが来ていたのですが、彼らも強い仲間意識を抱いてくれています。そういう中で、「世界中どこでも人はみな同じ」という価値観を、社員たちも等身大の感覚として持っているのです。

財部:
そうですか。

岩田:
クリエーターの皆さんにも、お客様にも楽しんでいただけることが、私たちの理想です。当社では、もともと創業時から「ハッピーオフィス・ネットワークサービス」という言葉をカタログに入れており、皆がハッピーになれるようなサービスを作り上げることを目標にしています。その意味で、「アスクル・メイクス・ワーク・ファン」(ASKUL makes work fun)という言葉に象徴されるように、皆がワクワク楽しくなるようなオフィスにしていきたいし、そういう考え方を発信していたい、という思いが原点にありますね。