コクヨ株式会社 代表取締役会長 黒田 章裕 氏

黒田:
以前お話したかと思いますが、コクヨは漢字では「国誉」と書きます。創業者が若くして越中富山の郷を出るとき、故郷を振り返り、必ず越中富山の郷(くに)の誉になろうと決意したことから由来します。 「国」すなわち大勢のお客様から「誉」と思っていただけるような商品、サービスをお届けし続けるようになることがコクヨのゴールであり、そこで働く社員の「生業」です。 コクヨは今年で創業110周年を迎えますが、この考えのもとに徹底して事業を進めてきたことが永く続いた理由だと信じています。 戦後の復興期、高度成長期、バブル期と経済成長に追いつき続けて「誉」とお客様から評価されるためには、まず品切れを起こさないことでした。人口増、経済成長に伴い事務用消耗品は毎年その需要が予想を超えて拡大しました。東京だけでなく各地方でも品切れは起こりました。私達は徹底した供給で応え続けたことで、文具店様やお客様から信頼を勝ち取ることができました。3月になると他社さんは軒並み品切れの山でしたが、コクヨだけは3万近いアイテムを品切れさせずに提供し続けました。その時代のお客様の期待値に徹底して応えた結果、成長できました。

財部:
そうでしたか。

黒田:
当時は3月になると日本に10万社程ある販売店様が一斉に注文をされます。その上、彼らは品切れを見越して多めに注文をしてきます。販売店様の先のお客様の期待値は「品切れのない販売店と取引をする」でした。それに応えていくうちに、三月だけ注文していた販売店様が、残りの11か月も注文を出してくださったり、店頭にコクヨの看板を掛けてくれるようになりました。それでコクヨの看板、イコール文具店というようになっていったのですが、コクヨは品切れしない、コクヨと取引している販売店は品切れをしない、そういう信頼の連鎖をつむいできた結果、今があるのです。

財部:
売る商品がなければ商売にならないですから、販売店はずいぶん助かったのでしょうね。

黒田:
時代はバブル崩壊後大きく変化し、お客様は文具消耗品はインターネット通販などで購入されるところが増加して、一時10万店あった販売店様は1万店前後まで減少してきました。 お客様の期待値でした「品切れしない」は新しい流通が代わって提供するようになり、販売店様は新しい期待値を掘り起こし、それをメーカーと一緒に提供していくことになってきました。新しい信頼関係の構築だと思っています。 先ほど申し上げた、お客様まで含めた「信頼の連鎖」の並んでいる順序は、先頭がお客様で、その次が販売店様で、次いで私達の営業担当、その後ろに各機能の社員が並び、最後は工場や資材の調達先様となります。この行列が密着をして、確実に歩調を合わせて前進し続けられるのは、全員がお客様の新しい期待値に手を抜くことなく応え続けるのだという強い思いの共有と実践だと思います。

財部:
いただいた資料の中でも若い社員の人も含めて“信頼の連鎖”のことを言っていますね。世の中全体が向かわなければならない方向を、日本社会はわかっては来てはいるのだけども、やはり縦割り文化を崩すというのは簡単なことではないなと思います。

黒田:
その通りだと思います。私達はこのような「信頼の連鎖」を紡ぐことを「バリューチェーンの密着」と呼んでいると申しましたが、そう簡単に「密着」は進みません。 やはり部門最適や機能最適と申しますか、そのような傾向が出てきます。それを打破し、密着を進めていく原動力は「自立」であろうと思っています。お客様の新しい期待値が高いほど専門性が際立ちます。製品の加工に対する要求が高ければ生産部門の専門性が必要となり、設計や物流など他部門は客観的な立場が強くなります。しかしなぜオフィスでそのような加工度合いの高い製品が要求されるのか、ということに設計部門がアプローチすればレイアウトや環境設計からその解は出せるかもしれません。その結果、考えていたよりも廉価で運びやすく、組立もしやすい家具で価値提供ができるかもしれません。 このようにバリューチェーンの各機能がお客様の期待値に等しく関心を持ち、それぞれが自分達の際まで考えて、全員が参画しお客様への価値提供を行うということが必要だと思い、「自立化」を進めています。

財部:
社内の文化にまで昇華していくのはやはり時間がかかりますが、着実に成果が出ているのですね。

際までやり遂げれば蝶は自ずと来る

財部:
アンケートについてお伺いしたいのですが。

黒田:
はい、ちゃんと答えられているかどうか・・・

財部:
天国で神様に会ったらなんと声を掛けて欲しいかという答えが、「時代は大きく変わった。もう一度やってみたいだろう」。これまでのお答えはどちらかと言うと、自分を神様に評価してもらうというシチュエーションで捉えられる方が多かったのですが・・・

黒田:
いやあ、そういう思う気持ちが強いので。

財部:
時代によって経営は変わるということですか

黒田:
そうですね。やはりコクヨは文具のような小さな商品、単価が1円足らずの商品を扱いながら、世界に類の無いような文具メーカーに成長しました。コンピューターの時代になって文具市場が縮小する中、先代がファニチャー事業をやっていてくれたおかげで、今はオフィス空間全体の提案ができます。こうやって世の中の変化に合わせて新しい価値を提供してきました。現在オフィス用品も、流通形態の変化の中にあり、改革を迫られています。。しかし、もう一度時代が変わってチャンスが与えられれば、違ったやり方を考えることが出来ると思うのです。

財部:
なるほど。

黒田:
我々はオフィスを作っていて思うのですが、お客様のところへ行って、働きがいについてヒアリングしていくと、一人ひとりの価値観が全く違うのです。以前の日本人のように健康であるとか、家を建てて、車を買って、海外旅行をして、老後に備えて等という画一的なものではなく、全く違う価値を求めて働いている。そういった多様な価値観に合わせたオフィス、それに合わせた文具を、どう提供出来るかということはまだまだ我々としては緒についた段階です。自分の過去を振り返ってみればそうかなと頷くものの、もっと出来たのではないかなという思いもある。だから出来ればまた僕にやらせてくれないか、という気持ちが強いのです。せめてアンケートに書くくらいは許されるかと思って書きました(笑)。

財部:
思いの深さが伝わってきますね。お好きな言葉が「花開蝶自来」(はなひらけばちょうおのずからくる)。

黒田:
私の親父が元気な時に東大寺の高僧にお会いして、何か軸を差し上げましょう、ということで、この軸をもらってきました。この中で「自」という字だけが読めないのです。他の四つの字は読めるのですが、自という字が崩してあるのです。父に、「章裕、読めるか」と聞かれて、「この字が何かわからない」と言うと、「そうやろ、わしも読めなかった」と。父は大変、書に明るかったのですが、高僧に「これは何と読みますか」と聞いたそうです。それは「おのず」だと。「こんな崩し方あるのですか」と聞いたら、「この軸の中で一番大事なのは『自』ということだ」と言われたのです。「綺麗に咲けば蝶は寄ってくる。これは当たり前に、『自ずと』寄ってくるくらいまで徹底的に美しく咲くことが大事だ」と言われたと。会社もそうだ、社員もそうだと。何か目標を設定して無理やりやらされて、結果良くなったということもあるけれどもそれは続かない。コクヨには際までやるという社内用語がありますが、それに通じるのだと思います。お客様が自ずと選んでしまうまでサービスや価値を高めていく。お客様から値下げを要求されたり納期に注文をつけられたりするのはまだまだ自ずではない。十分花は咲いていないということなのです。それをずっと拳拳服膺しています。

財部:
来るように仕向けるのではなく、サービスや商品力を極めることで、お客さんは喜んで選んでくれるようになるということですね。

黒田:
はい、要するに際までやり遂げるということが大事だと。ちょっと綺麗に咲いたから蝶々が来てるな、という程度で喜んでいたらいけませんよと。まわりじゅうの蝶が全て、よその花には見向きもせずにこっちにやって来るというくらいまでいって初めて「自ずから来る」という意味だという風に父は言われたそうです。

財部:
今日は勉強になりました。今日は長時間ありがとうございました。

(2015年1月26日 東京品川オフィスにて/撮影 内田裕子)