G&S Global Advisors Inc. 代表取締役 社長 橘・フクシマ・咲江 氏

フクシマ:
ちょうど日本企業の業績も傾き、早期退職などを始めた頃で、私のところにも、ご紹介を通じていろいろな方が来られたのです。そう方たちと話をしながら、日本の組織と、日本企業以上にグローバルなビジネスを展開している欧米企業との違いは何だろうと考え、2000年に『売れる人材』(日経BP社)を出版したのです。日本企業の中だけで育成された要件は高度成長の時代には成功の要因だったけれど、グローバルに活躍するにはそれだけでは不十分で、どういう要件を持つ人がグローバル人材かという内容の本です。

財部:
多くの日本企業がグローバル化できていないのは、なぜなのでしょうか。

フクシマ:
財部さんならよくご存知だと思いますが、日本市場が規模的にも大きく、わざわざ外へ出て行く必要を感じていなかったなどのマクロ的な理由は多々あります。でもそれ以上に、日本企業が、優秀な人たちを新卒採用して1つの組織で育て上げたことが大きいのです。全員とは言いませんが、特定のインフラで成功を収めても、特定の組織を超えて活用できる汎用性の高いスキルがないため、別のインフラに行ったらさほど実力を発揮できないという方が、時々いらしたのです。それはなぜかと言うと、多様性を管理するという経験が少なすぎたのです。(日本のビジネスマンは)同じインフラで長年同じ同僚と仕事をし、たとえ海外に赴任し、苦労して現地のオフィスを立ち上げ、成功させた方であっても報告先は日本です。当時は、どんな働き方をして、トップに対してどうプレゼンするかという日常的なビジネスの運びかたでも、スタイルが外資系とはまったく違っていました。

財部:
どうスタイルが違うのですか。

フクシマ:
大まかに言うと、日本では「これだけやりたいと思ったのですが、ここまでしかできませんでした。すみません」という報告になり、(上司に)問題を持って行って「どうしたらいいでしょうか」とお伺いを立てるスタイルです。ところが外資系の場合、「君を高いお金で雇っているのだから、自分で解決策を考えなさい」と言われます。また外資系では、長年一緒に働いている人ばかりではないので、考え方の異なる人たちに対して、自分の考え方を理解させて一緒に働いてもらわなければなりません。いわゆる本当の意味での多様性の管理――私はこれを「多様性対応能力」と呼んでいますが、日本企業だけでしごとをした方にはそういうものが不足していたのです。

財部:
なるほど。

フクシマ:
でも、日本人だから多様性対応能力がないということではないと思います。ただ日本は社会的にも非常に単一でしたし、多様な人材との接点がなかったので、同じような大学から来た人たちが会社に集まり、同じように育っていました。人材という観点から見ると、それが1つの大きな違いだと思います。日本はバブル崩壊後も過去の成功をずっと引きずって、外からの視点を入れたり、(社会を)大きくダイナミックに変えようとはしませんでした。日本経済全体が低迷していたこともひとつありますが、イノベーションを積極的に行ったり、従来の枠からはみ出すことに対するリスクを取るまでに時間がかかりました。

財部:
そうですね。

フクシマ:
世界54か国と地域の18万人以上(2009)を対象に起業態度・起業活動・起業意欲などを調査している「グローバルアントレプレナーシップモニター」(GEM)というものがあります。日本は全ての点で最下位。日本は「失敗に対する恐れ」や「メディアの関心」は平均より高く、起業家の社会的な地位や起業家の思考の有無、起業家に対する評価などの項目は、みんなランキングのボトムです。

財部:
そうですか。フクシマさんが社外取締役を務めている会社で言うと、味の素さんには比較的取材をさせていただいた経験が多いですね。驚くことに、新興国の取材に行くといつも味の素さんがいるのです。先ほどフクシマさんがお話になられたように、決められた枠組みの中で標準的な仕事のスキルを高めるのではなく、同社では、現地に行って自分で考えることを旨としています。かつては日本人社員同士が同じ町には住んではいけないというルールがあって、皆が違う村々に住み、現地の人とコミュニケーションを図るというカルチャーが根付いています。そういうカルチャーの会社では、然るべき人材が育つので、他の国に行ってもフレキシブルにビジネスができる。その意味で、今のお話も得心がゆきますよね。

フクシマ:
味の素は会社設立すぐの1910年に香港事務所を開設するなど、最初から外を目指していました。創業間もない頃から外を向いている企業と、国内で大きくなった会社が外へ出て行くのとでは、かなり違います。ブリヂストンもファイアストン社(現Bridgestone Americas, Inc.)の買収で大変な思いをして、25年をかけてようやくインテグレーションしたわけです。ブリヂストンの場合は売上の8割が海外で、味の素はアジアに強く、M&Aなども頑張っています。

財部:
日本企業の人材の育成は変わってきていますか。

フクシマ:
新入社員を最初から海外に送る企業も増えています。「とにかくタイに行って、自分1人で課題を探してきなさい」というようなケースもあります。これは最近、日本企業の育成方法として増えているケースで、若いうちから1人で修羅場を経験させるのです。私は自立と自律を「2つのジリツ」と呼んでおり、これが非常に重要だと思っています。日本はその意味で、家庭では、子供、特に男の子にあまり手をかけすぎているという印象があります。何から何までお母さんがしてあげるという子供があり、海外のホストファミリーに一番嫌われるのは日本の男子高校生とのことです。「自分のことが何もできない」とよく言われています。ホストファミリーはボランティアですから、お手伝いをしたりするのが当たり前なのに、朝はボーッと起きてきてテーブルの前に座り、朝ごはんが出てくるのを待っている。自己管理ができていないのです。

財部:
そうですね。私たちの世代までは、日本が貧しく、親も皆忙しくて(子供たちを)構っていられなかったので、結果的に社会全体で自律を促されてきたという時代背景があると思います。ところが(日本が)豊かになり、(子供たちは)生まれた時から豊かに暮らしている一方で、欧米のように宗教的なバックグラウンドに影響を受けるということもありません。気が付いたら、そんな状況になってしまったという感じです。

フクシマ:
私は今年で65歳になりますが、団塊世代のしっぽです。私の世代が育てた団塊ジュニアが今、子供を育てていますが、もしかすると(私たちの世代が)手をかけすぎたという気がしないでもないのです。これから次の世代がどうなるのかと。

財部:
冒頭の話の続きでもう1つ、社外取締役について伺いたいのです。これはメディアも問題だと思うのですが、社外取締役制度を持っていれば良い会社で、持ってないと駄目だというのはおかしいですよね。「本当に良い社外取締役制度」とはどんな体制を言うのかという、実態を問うところまで至っていません。社外取締役の本当の役割とは、一義的かつ具体的に言うと、どのようなものなのでしょうか。

フクシマ:
基本的に私はアメリカのシステムがベストとも思っていません。アメリカにおける株主中心主義では、社外取締役は株主の代表としての監視役であり、社長のミッションは株主価値、すなわち株主のための企業価値の最大化であるとはっきり定義されています。MBAのコースでも「株主の利益の最大化"maximization of shareholders' interest"」 が経営者の目的だと明確に定義されていますから、シンプルと言えばシンプルです。一方、ヨーロッパのように、株主だけではなく労働者の代表も取締役会のメンバーに参加するシステムもある。日本は過去には株主軽視で「会社は経営者を含む社員のもの。株主さん、お金をありがとう、でも黙っていて下さいね」というシステムでしたから、成り立ちも、マインドセットも違っていました。

財部:
なるほど。

フクシマ:
日本企業の1つの大きな課題は、過去に企業が、お金を出しているオーナーつまり株主を軽視して来たという点です。株主が資金を出し、配当を得て静かにしているという構図でした。昔は、企業間の株の持ち合いもあり、機関投資家が多く、所有が安定しているという利点があると同時に、少数株主や個人投資家の利益が配慮されなかったという課題がありました。取締役会も内部取締役のみで構成されていた日本企業では、監督と執行を同じ人がするため不祥事が起こる可能性もあり、ガバナンスが効いていなかったことに問題がありました。アメリカの場合は、社長は株主から企業経営を委託されているという定義が明確ですので、株主至上主義でクォータリー(四半期)ごとの成績を問われ、業績が悪ければ、社外役員が構成する取締役会から社長が解任されるという制度です。私は12年間アメリカで(米国企業の社内取締役を)経験してきましたが、どちらも非常に極端で、ベストなガバナンスというものは、その国や社会の成り立ちに加え、いわゆる製造業と非製造業でも違うと考えています。アメリカの短期志向で社長が頻繁に交代するのも行き過ぎだと思いますが、その一方で、日本の社内役員のみで社外からのチェックが入らない制度も行き過ぎている。ヨーロッパは中間地点にいるようなシステムですが、それがベストでもない。日本企業自身が、自己に厳しくグローバルにも通用し、外国人投資家にも分かり易いガバナンス体制で、業績向上に適した形を作ることが重要です。

財部:
日本企業のガバナンスを模索するうえで、社外取締役の役割は大きいですね。

フクシマ:
先程申し上げたように、1つのインフラで育ち、同じ考え方をしてきた方々のみで経営をすることは、「社内の常識が社外の非常識」になる危険性があります。これが1番大きなポイントで、花王の後藤元会長に「(社外取締役として私に)何を1番期待なさいますか」と伺ったところ、「フクシマさんにはぜひ、花王の常識が社外の非常識にならないようにしていただきたい」と言われたのです。日本の場合、ガバナンスのうえで、これが1番重要だと思います。長年一社、一業界で仕事をされた方は、業界の通説や常識に疑問を抱くことが難しいこともあります。日本国内での商慣行が、グローバル市場では非常識だというケースがあるかもしれません。(社外取締役が)そういうことをきちんと指摘するのは非常に大事なことだと思います。

財部:
社外取締役には、相応のスキルや知見はやはり必要ですか。

フクシマ:
必要だと思います。一般的に必要なスキルセットについては今、日本取締役協会や日本コーポレート・ガバナンス・ネットワークなどでトレーニング・プログラムがありますが、私自身として役に立っているのはコンサルタントの経験です。コーン・フェリーの前に戦略系の経営コンサルティング・ファームのベイン・アンド・カンパニーに勤務したのですが、コンサル的に会社全体を見て、どこに強みや弱みがあるのか、そしてバリューチェーン全体の流れの中で、何がどういう位置づけになるのかという、全体を把握する努力をしています。そうしないと気持ちが悪いのです。それらを把握することによって、社外取締役として(会社を)外から見る時に、「同業他社となぜ違うのだろう」、「同業他社と同じビジネスをしているのに、なぜこんなに収益性が悪いのだろう」ということを見るための、1つのベンチマークを持てるのですね。

財部:
コンサルの経験から比較ができるわけですね。

フクシマ:
社外取締役の方は、ご自分の会社での経験がベンチマークになっています。例えば「うちの業界では、こういうことはあり得ないのだけど」という指摘ができるのです。すると社内では、それが良いか悪いかではなく「そういわれて見れば、なぜこれをやっているのだろう」ということを考え、「実は、この業界ではこういうことが通常行われていて、その理由は…」と社外の人に説明しなければならなくなります。説明をすることによってご本人たちも再考するし、こちら側も「なるほど、そうなのか」と納得すればそれで良いのですが、納得しない場合は、議論する中で、その部分を見直すきっかけになることもあります。

財部:
外からの意見に、なかなか耳を傾けないケースもあるのではないですか。

フクシマ:
幸運なことに、私がお手伝いしたところでは、そういう経営者はいらっしゃいませんでした。(もし経営者が)一方的に独断と偏見で動いているようなことがあれば、外部の人にしか指摘できません。部下の方が指摘するのは難しい。私の場合、前職でも、1999年に株をNY市場に公開するまではパートナーシップで内部取締役だけだったのですが、アメリカの取締役は上司である社長には意見が言いにくいのですが、私はアメリカ本社から離れていたことが幸いし、経営陣にも遠慮せずにものが言えました。もう一つは業績を大事にする会社でしたので、当時はアジアで一番の売り上げを挙げていたので、発言することが出来たのだとおもいます。公開企業になってからは、社内取締役はCEO以外は私だけでしたので、社外役員の方々から非常の多くのことを学びました。まさに、「社内の常識、外の非常識」のご質問を頂き、自分の会社を見直す機会になりました。