アサヒグループホールディングス株式会社  代表取締役社長 泉谷直木 氏

「挑戦」と「無執」こそ最高にポジティブな生き方

財部:
ここで事前にお送りしたアンケートについて、いくつかピックアップしてお伺いします。泉谷社長は年間100冊、つまり3日に1冊ぐらいのペースで本を読まれていますね。

泉谷:
100冊ぐらい読みますが、端から端まで全部読んでいるわけではないのです。新聞の書評などを見て気になった本を、事前にピックアップして手帳に書いてあるので、それらの本を買ってきたりしています。本の目次をパッと開いて面白そうなところがあれば、まずその部分を読み、そこが面白かったら前後に広げていきますが、面白くなければもう終わり。そういう荒っぽい読み方です。

財部:
前書きや後書きも、最初に読むのですか。

泉谷:
ええ、もちろん読みます。

財部:
すると、そこでその本のレベルはだいたいわかるのですか。

泉谷:
むしろタイトルを見て、私が関心を持った話題かどうかを判断しています。私は原理原則を追いかけているだけで、あまり字面を追っていないのです。本に書いてある事実よりも、本を読んでいて面白いと感じた時、「待てよ、自分ならこれをどうするだろうか」と考えることが好きなのです。

財部:
ウィリアム・ダガン著の『戦略は直観に従う』を好きな本に挙げられていますね。

泉谷:
まず、「何だ、この題は」と思いました。直感ではなく直観と、「観」の字が当てられているし、とにかく買ってみようと思ったのです。同書にはナポレオンの話が出てきます。彼が連勝に連勝を重ねた理由は3つあり、第1に、ナポレオンは初めて戦争に等高線を用い、高低差を活かして戦いました。第2に、カノン砲という大型の大砲を小型化して山上に持ち上げた。そして第3に、彼の頭の中には、ハンニバル将軍以来の80数回の戦いが全部入っていて、「直観」で戦ったのです。

財部:
その本の中では、「直観」についてはどう説明されているのですか。

泉谷:
いわゆる「かん」には、パッと思いつく直感がまずあります。もう1つの「かん」は、何か事件が起こると、直観的に「これはこうしたほうがいい」と思う専門的直観。普段からネタを持ち、仕組みを持っていろいろなことを考えている人たちに起こる、独特なひらめきを直観と言うのです。ナポレオンはそれで勝ってきたというわけで、そこが大変面白かったですね。

財部:
そのナポレオンがなぜ負けたのでしょうか。

泉谷:
ナポレオンはワーテルローの戦い(1815年)で敗れたのですが、ジョミニという非常に優秀な幕僚が、過去のナポレオンの戦いを分析し、さまざまな戦略の本も読みながら、綺麗な計画を組んだのです。ところが、その通りにやったら負けてしまった。要するに、自分が最後まで直観で勝負していたら勝てたかもしれないのに、ある時、部下を信じてしまったことで負けてしまう。これも面白い指摘です。

財部:
社員の人にしてみれば、複雑な思いもあるでしょうね。最後はそういう結果になってしまったのですから。

泉谷:
最終的に(部下に)頼るからそうなるわけで、それなら最初から使うのか、最後まで使わないかのどちらかです。私は、(部下と)いろいろ情報交換をしながらやっていますので、最初から使うほうですね。ただし、私はどこを切っても同じ顔が出てくる「金太郎飴集団」の上に乗っていようとは思いません。(われわれは)「桃太郎軍団」です。部下である猿、雉、犬には、桃太郎も勝てないところが数多くあるではないですか。人間だから空も飛べないし、嗅覚もあまり利きません。でも桃太郎はキビダンゴを持っている。つまりインセンティブを持っているから、上手にやれば皆が働いてくれる。要するに、これからは「異能」をどう連携させて、大きなパワーを生むかが求められる時代になると思うのです。

財部:
もう1つ、好きな音楽はという質問に「ジャンル問わず何でも聞く」とお答えですが、そのあとでなぜビートルズの『ミッシェル』が出てくるのだろうと、個人的に思います。

泉谷:
青春時代の思い出です。ビートルズはカーステレオにも必ず入れていますし、家のステレオにも入っています。最近は、フジ子・ヘミングの本を読んで(彼女のピアノが)好きになりました。他のピアニストとどんなところが違うのか、本当のところはわかりませんが、彼女が経験した人生の苦しみのようなものを思い浮かべてピアノを聞いていると、なんとなく心に響く感じがしますね。

財部:
「今思い出しても恥ずかしい失敗」という質問に、「若い頃から広報担当として社長に直接接する仕事をしていたが、中途半端な知識や勘で物を言い、社長から逆質問をされ、立ち往生することがしばしばあった」とお答えです。本当にそういうことがあったのですか。

泉谷:
何回もありました。「こういうことが聞きたいから来い」と言ってくれれば調べて行くのですが、「ちょっと来い」としか言われませんからね(笑)。社長のところに行くと急に質問されるのです。答えられないと「もういい」と言われて、すぐに次の人が呼ばれるのですが、帰れとも言われないので、自分の席に戻るわけにもいきません。

財部:
それは鍛えられますよね。やはり広報担当者には、出世される方が結構多いですね。間違いなく、若い頃から経営全体を見ることができる数少ない部署の1つですから。

泉谷:
はい。私は非常に恵まれていましたし、あつかましかったので、毎日のように社長室に行き、5分でも10分でも話して帰ってきたものです。やはり受け身で仕事をしていると、せっかくのチャンスを逃してしまう。だから、そういうポストで働けたことをオポチュニティー(好機)と捉え、どうチャンスに切り替えていくかという生き方をしなければならないと思うのです。そう考えれば、どこでも、どのポストでもいいではないですか。

財部:
座右の銘は「挑戦」と「無執」(むしゅう、執着心のないこと)だということですが。

泉谷:
じつはこの「無執」という言葉は、村井さん(村井勉元会長)が使っていたものです。遊びにせよ、仕事にせよ、勉強にせよ、その限度は自分ですべて決めればいい、あまりこだわってはいけないということです。でもその一方では、「そうであるからこそ挑戦しよう、勉強にせよ、限度は自分が決めればいいのだから」ということになる。やりもしないで(挑戦と)言っていても仕方がないですからね。

財部:
すると、「挑戦」と「無執」という言葉はセットであって、究極的にポジティブな生き方になりますね。チャレンジしても、失敗して凹んでばかりいては、意味がなくなってしまいますから。

泉谷:
そうですね。

財部:
最後に、「天国で神様にあった時なんて声をかけてほしいですか」という質問ですが、「天国でどんな暮らしをしたいのですか」とお答えになった理由を聞かせて下さい。

泉谷:
私は天国に行くか、地獄に落ちるかわかりませんが、その先に何があるのかわからないにせよ、新しいことが始まると思うのです。天国に行ったからといって終わりではなく、いつでも何かが始まる。(だから天国に行くのも)あくまで節目だと私は考えるようにしています。天国に行ったら行ったで、やりたいことがあるわけですよ。なのに「ご苦労様でした、無事に天国に来れてよかったね」と言われても、「ああ、そうですか」と言ったとたんに先の話はなくなるわけで、面白くないではないですか。

財部:
これは過去に例がない、傑出したお答えですね。皆さんの過去の回答例をみても、「閻魔様的」な発想になる方が多いのです。つまり、褒めてもらいたいとか「お疲れ様」とか、ねぎらいを受ける側になるわけです。ところが泉谷社長のお答えは逆に、「天国での新しい暮らし」を神様に求めているような姿勢が窺えます。これで普段、泉谷社長がどんな経営をされているのかがわかるような気がしますね。

泉谷:
いえいえ、社長が上で吠えているだけでは駄目で、現場が動いて初めて組織と言えるのです。それはなかなか簡単にはいかないことですが、それでも言い続けなければならないし、やり続けなければならないというのは、社長の役割だと思います。あとは、ぶれないことが大切でしょうね。

財部:
本日はどうもありがとうございました。

(2012年7月2日 東京都墨田区 アサヒグループホールディングス株式会社本社にて/撮影 内田裕子)