株式会社三越伊勢丹ホールディングス 代表取締役社長  大西 洋 氏

財部:
銀座三越が増床リモデルして間もない頃、私も大きな期待を持って店舗を見に行きました。確かに店は大きく変わっていたし、変わろうとしている情熱も伝わってきました。それと、非常に個人的な見解なのですが、私にとって、新宿を訪れる理由は伊勢丹のメンズ館で買い物をすることであり、ほかに新宿に来る理由がないのです。

大西:
今おっしゃっていただいたことは非常に重要で、「行く理由がない」ということが、百貨店が衰退した1つの理由だと思います。また商品にしろ建物に入った時の感触にしろ、お客さまが店舗に足を運んで何も感じないのなら、「べつに他のところでも買えるのだから、ここに来る必要はない」ということになってしまいます。いわゆる同質化と言ってしまえばそれまでですが、お客さまの心を動かすことができる店作りをしない限り駄目なのです。結局、先の話に戻ってしまうのですが、お客さまが「行く理由がない」という潜在的な気持ちを読み込まない限り、お客さまの心を動かす店を作ることはできません。そこの勝負だと思います。


財部:
その意味で、今年秋および来春の、伊勢丹新宿本店のリモデルにも期待しています。リモデル後の新宿本店が、グループ全体が目指す「真の百貨店」のイメージを牽引していくことができれば、大きく変わるのではないかと思いますね。

大西:
そうしなければならないと思いますし、リモデルをした年だけ売上が伸びるのでは意味がありません。だから最低3年なり5年間は伸び続ける、お客様から長く支持される店を作る必要がありますね。

財部:
先ほどの大西社長のお話に、サプライチェーンの話題が出ていましたが、ローソンの新浪剛史社長も、ある部分でよく似たコメントをしていました。コンビニエンスストアの右肩上がりの成長が終わり、同社も危機を迎えた中で、生鮮食料品を売るようになって新たな成長への展望が開けてきたという話です。彼が言っていたのは、「売れ行きの良いものだけをピックアップして他から持ってこさせて、どんどん入れ替えていくという時代は終わった。惣菜までやるとなると、ローソンはセブン−イレブンのようにグループで惣菜を作ったことがなく、スーパーもないから負けてしまう。しかし、野菜をカットするぐらいのところまでは勝負できるだろう」ということでした。その時、新浪さんは「自分はもともと商社出身で、小売よりも川上を得意にしていた。その自分の一番の得意分野が今、重要になってきた」と話していたのです。

大西:
おっしゃる通りですね。

財部:
要はコンビニの店舗を、サプライチェーン全体の中でどう見直していくのかということですが、業種業態は違っても、消費の構造や人口構造が変わる中で勝ち残りをどう目指すのかという意味では、共通したものがあります。

大西:
そういうことですね。(消費の構造や人口構造が変わる中で)商品を売る側が、品物の価値や品質に加え、それらと価格とのバランスをきちんと見極めたうえで品揃えをしなければ、商品そのものが評価されないということになってしまいます。またある意味で、従来の百貨店のサプライチェーンには無駄があったことも事実です。さまざまな機能が(サプライチェーン全体に)分散し、結局そのコストがお客さまに跳ね返っていたので、そこに焦点を当てて構造改革をしていかなければなりません。それにしても、コンビニエンスストアは本当に凄いですね。生鮮食料品もそうですし、『ゴディバ』のチョコレートやアイスクリームまで売るようになりました。従来の業態の枠を越えて、本当に新しいことに挑戦していることの現れだと思います。


感動が自分自身を鼓舞するモチベーションになる

財部:
先ほどいただいたアンケートについても少し伺いたいのですが。「趣味、今ハマっていること」にはスポーツ観戦とお答えになっています。「最大の努力をして練習をし、苦しさを乗り越え必死に戦う姿が好きである」と書かれていますが、大西社長が1番お好きなスポーツは何ですか。

大西:
スポーツは何でも好きですね。野球にしてもマラソンにしても、ラグビーにしてもサッカーにしても、あれだけ汗をかいて一所懸命に勝負し、勝っても負けても違った意味で涙を流す。その涙の背景には、おそらくわれわれには想像できない努力があり、その結果がそれぞれの勝負で人間ドラマとして外に現れてくるのでしょう。これは美しいというか、自分でも泣けてくる。その意味で好きなのです。

財部:
その次の「好きな映画」という項目には「『マイフェアレディー』と『ローマの休日』」と書かれていて、「主演女優の美しさと演技の素晴らしさ」を理由に挙げられています。私にとって、これは意外な回答でした。大西社長と私とは1歳違いのはずですが、この映画は私たちよりも1世代上のカルチャーですよね。

大西:
ちょうど中学生の頃だったと思います。当時はさまざまなブームがあり、映画もその1つでした。オードリー・ヘップバーンが流行っていた時期でしたから、われわれの上の世代だと思いますが、その時の印象が非常に強いのです。『マイフェアレディー』も『ローマの休日』もそうですが、ああいうストーリーや主演女優の持つ何とも言えない雰囲気が大きな感動として、自分自身にもの凄く響いてしまい、それがずっと頭の中に残っているのです。

財部:
そうなんですか。

大西:
今年の春場所で優勝した大関把瑠都が、インタビューで母親に向かって「産んでくれてありがとう」と呼びかけました。私は若い時からそうなのですが、何かに感動することが、自分の次のモチベーションになるのです。たとえば店舗のスタッフがお客さまをおもてなしして、お褒めの言葉をいただく時も同様で、それもお客さまの感動があってこそ。そういう感動を自分の頭の中でリンクさせるなり、つなぎ合わせていく中で、「この商売をやっていてよかった」という今の自分のモチベーションを得ていくわけです。

財部:
大西社長は「感動する売り場」作りについても数多く発言されていますが、それは本当にプライベートな生活なり人生観とリンクしているのですね。

大西:
そうです。もの凄くリンクしています。「辛い時でも頑張ろう」と跳ね上がっていくようなモチベーションは、感動もしくは「こういうことがあって良かった」とか「日本人で良かった」という思いが自分を後押ししてくれるからこそ、湧き上がってくるのです。

財部:
私もそういう思いは共通しています。「もしスポーツで生きていくことができたら、それほど幸せな人生はない」と思うほどスポーツは好きですし、試合を見ていても泣けてきます。把瑠都のお母さんが泣いたのを見て自分も泣けるし、それはやはり貴重なところだと思います。私は製造業の取材をいろいろと行っていて、『サンデープロジェクト』が終了したあとも『報道ステーション』で時々特集を担当しています。とくに中小企業の社長を取材した特集を見ていると、自分でも本当に泣けてくることがあるのです。

大西:
そうでしょうね。ご自身で直接取材されているから、感動もひとしおですよね。

財部:
最初はロジカルに「こういうものが必要だ」とか「こういうテーマでやろう」と考えて企画を提出し取材を行うのですが、実際の取材では、「相手のためにここは応援しなければ」という意識になります。そして、その番組がテレビで放送されると、ほとんど視聴者と同じレベルになって見ているのです。

大西:
現場に行って取材する中で、自分もある意味で当事者のようになり、できあがった番組を視聴者と同じように見て、そこでまた感動するというのは凄いことですね。

財部:
私は非常に情緒的な人間で、いろいろな事柄に対して感動するのです。もう1つ、「学生時代に取り組んだこと」という質問項目に、「勉強もせずスポーツも中途半端と、強いて挙げれば家庭教師」とありますね。最近の学生はよほど勉強しているか、何かに打ち込んでこないと入社試験に受からないという状況ですが、私たちの時代は、むしろそれが普通だったのではないかという気がします。

大西:
私はゼミにも入っていませんでしたし、本当に何をしていたのかという感じです。入学してから1年間は体育会でスポーツをやっていましたが、2年目から同好会に変わってしまいました。実際にはそれで時間を費やしていたので、今振り返ればもっと勉強しておけばよかったと思います。

財部:
でも、家庭教師はかなり一所懸命にやっていたのですね。

大西:
毎日、本当にダブルヘッダーやトリプルヘッダーをこなしていたので、そこでかなり時間を取られていたのは事実です。もともと恵まれた家庭ではなく、自分で稼がなければならなかったという事情もありましたし、教えることも割と好きだったので、結果的にそうなりました。でもよく考えてみると、こういう質問をいただいて、自分が大学4年間で何をしていたのかを反省する良い機会を得たような気がします。

財部:
家庭教師のダブル、トリプルというのは人気講師ですよね。そうすると逆に、家庭教師を通じて学んだものが相当あるのではないですか。

大西:
そうですね。大学受験生の家庭教師もしていたのですが、自分でも勉強しないと駄目だったので本当に大変でした。しかも、その高校生は理科系だったので数学が非常に難しく、毎週きちんと勉強して教えていました。あとは中学生と小学生に教えていましたが、自ら好んでというよりも、自然に家庭教師の依頼が入ってきたのです。

財部:
今の社長業と当時の家庭教師の経験は、何がつながる部分はあるのですか。子供を一所懸命に教えるというのは奥深いことですから、何かあるような気もしますが。

大西:
そうですね。社長も家庭教師も、自分で相当勉強しなければ務まらない仕事ですし、いろいろなケースを考えなければならないので、そういう面ではつながる部分がありますね。特に、自己啓発をずっと続けていないと経営者としての仕事をきちんと回していくことができないという点では、(家庭教師と)つながっている部分が大きいと思います。

財部:
最後に「天国で神様にあった時なんて声をかけてほしいですか」という質問ですが、非常に素晴らしいご回答だと思いました。大西社長の答えは「『人生を精一杯生きてきましたか?』と尋ねてほしい」と「生きている時に大切にしてきた人たちの近況を聞いてほしい」の2つです。特に2つ目の答えのように、今までに登場していただいた経営者の中で、自分以外のことに言及された方は初めてです。

大西:
そうですね。私の座右の銘は「夫子の道は忠恕(ちゅうじょ)のみ」という『論語』の言葉です。先輩も後輩も含めて、きっとこの業界もそうだと思いますが、結局は人ですよね。私は(友人や知人に)1、2年間会っていなくても、たとえ音沙汰がなくても、相手がどういう生活をしていて、今どうなっているのかということを非常に気にするタイプです。だから私は、たまたま久しぶりに会った人に「今度会いましょう」と言いながら、ずっと会わないでいるのが嫌なのです。実際、「今度会いましょう」と言った以上は、相手にきちんと会い、どういう生活をしているのか知ることを含めて、お互いを認め合うことを大事にしてきました。その意味で、私が神様のところに行っても、自分は下の人たちをきちんと見つめていなければならないし、また自分を育ててくれた人たちが今どういう目で見ているかということを常に意識していたいと思い、そのように書かせていただいたのです。

財部:
素晴らしいお答えですね。今日はどうもありがとうございました。

(2012年1月23日 東京都新宿区 三越伊勢丹本社にて/撮影 内田裕子)