株式会社三越伊勢丹ホールディングス 代表取締役社長 大西 洋 氏
座右の銘:「夫子の道は忠恕のみ」
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リスクと覚悟を持って自ら変革し「真の百貨店」を目指す

株式会社三越伊勢丹ホールディングス
代表取締役社長 大西 洋 氏

財部:
最初に、今回ご紹介いただいた三陽商会の杉浦昌彦社長とお取引があるということですが、どういうご関係なのでしょうか。

大西:
私は、1979年に伊勢丹(現三越伊勢丹)に入社してから7年ほど紳士服売り場におりました。今のメンズ館はまだなくて、「男の新館」という名前でした。杉浦社長は私より3歳年上なので、私が入社した当時は4年目で営業をなさっていました。ずっと伊勢丹のご担当でしたので、もう33年のお付き合いになります。

財部:
杉浦さんは稀に見る率直な方ですね。本社の移転についても、「アパレルというのは、地に足が着いていた方がいい」という素晴らしいお話をしていただいたと同時に、現在のオフィスのコストが少々高いということも含めて、非常に率直に語ってくださいました。取材後に「どなたかをご紹介下さい」とお願いしたところ、最初に「大西社長が面白いですよ」と言っていただいたのです。

大西:
そう言っていただけるだけでも、ありがたいですね。

財部:
早速ですが、百貨店業界の売上高が15年間連続で減少しています。私もこういう仕事をしていますから、業界がどんな環境に置かれているのかということは十二分に承知していますが、「それにしても」という印象を受けますね。

大西:
まさしく、財部さんが思われている通りだと思います。小売業全体の市場規模は約135兆円でほとんど変わっていないにもかかわらず、百貨店が落ち込んでいる。スーパーも店舗数は別にして、既存ベースでみると売上高が落ちています。ではその売上高はどこに行ってしまったかと言えば、第1に家電量販店。10数年前にカテゴリーキラーが出現して百貨店は、それこそ「八十貨店」や「七十貨店」になってしまいました。かつては百貨店の中に大きな家電製品売り場があったのですが、それがそのまま外に出ていったような形です。最近ではその家電量販店に加え、ドラッグストアやネットビジネスの業績が伸び、百貨店の売上高を超えました。これが、10数年前には年間約9兆円あった百貨店の売上高が、約6兆円にまで減少した経緯です。

同質化で弱体化した「顧客との関係性」を取り戻す

財部:
なぜここまで百貨店は衰退してしまったのでしょうか。

大西:
結論から言うと、百貨店で働いている人たちの視野が、あまりにも狭かったのです。「お客さま、お客さま」といくら言っても、本当にお客さまの満足度を高め、お客さまに対して新しい価値を提案しようとするなら、自ら相当のリスクと覚悟を持って取り組まなければなりません。そういう厳しい時に、逆に動いてしまったということなのです。

財部:
逆に動いてしまったとはどういうことでしょうか。

大西:
本来は厳しい時こそ自分たちでリスクを負い、商品や売り場の同質化を防ぐために新しいことにチャレンジしていくべきです。ところが逆に、業界が厳しい状況に陥ったと同時に、お客さまを置き去りにしてしまい、サプライチェーン全体がリスクを取らなくなってしまった。その結果、最終的にお客さまからそっぽを向かれたのです。お客さまにしてみれば、同質化が進む一方で小売業の形態の多様化が進んでいるので「オリジナリティが高く独自性のある店舗で買いたい」とか「そういう環境を楽しみながら買い物をしたい」という気持ちは当然あると思います。そういう中で、当社は比較的リスクを負って商売をしていると思っていますが、ご存じのように百貨店のサプライチェーンでは、たとえば衣料品メーカーが商品を作り、それがアパレルを通じて店頭に並び、売れなければ返品されるというパターンが一般的で、そういう取引では(百貨店側には)何のリスクもありません。(リスクを取って従来のビジネスモデルを変える努力をしないまま)もともと低い営業利益率がさらに低下し、入店客数も減少し、売上が落ち込んでいくという悪循環に歯止めがかからなくなってしまったのです。

財部:
逆に言うと、伊勢丹新宿本店のメンズ館はその問題に対する新たな答えとして、かなり以前から大胆なチャレンジを行い、結果も残してこられました。これは決してお世辞ではなく、私自身も洋服を選ぶのが好きなので、公私取り混ぜて売り場を見に行き、商品が良ければ買うということを実際にやってきて思うことなのです。その点、伊勢丹本店のメンズ館であれほど劇的なイノベーションが起こったにもかかわらず、たとえば首都圏にある御社の他の店舗がそれほどとも思えないのはどういうわけなのか。あるいは他社の百貨店に足を運んでみても、今大西社長がお話になった問題が山積しているにもかかわらず、あのメンズ館イノベーションがなぜ広がらなかったのだろうと、不思議でならないのです。

大西:
そうですね。厳しい時に何もしなければ、楽ではあっても自然に落ちていくだけです。でも、お客さまのニーズが多様化しているにもかかわらず、自分たちがそこについていくことができていないことを皆が認識しているのは確かです。にもかかわらず、自分たちでリスクを負い、お客さまが何を望み、将来(マーケットが)どうなるのかということを踏まえて新しい店舗作りにチャレンジした例は、メンズ館のあとにはほとんど見当たりません。今振り返ってみてみると、全体的にイージーな方向に走っているのも1つの要因かと思います。

財部:
イージーな方向というのは、どういうことですか?

大西:
百貨店の中に、家電量販店やユニクロさんを始めとするファストファッションが入ったりしていますが、単純に考えると「お客さまを動員するためには、流行っているものを引っ張ってくるのが当たり前」という傾向に移ってしまったと思います。わたしたちがメンズ館を手がけた時とは考え方が違います。わたしたちは今年、伊勢丹新宿本店を大規模リモデルしますが、メンズ館の時以上のリスクとモチベーションの中で事業を推進していきます。ここが完成すれば、日本の百貨店の姿は大きく変わると私は思います。

財部:
私も非常に楽しみにしています。今年秋と来春に新宿本店の婦人服部門を全面改装するということですが、今度は女性という、ある意味で百貨店にとって主力顧客が対象ですから、一番難しいところでもありますね。

大西:
新宿本店ではメンズの売上が全体の17、8パーセントを占めますが、一般の百貨店ではだいたい6、7パーセント程度で、10パーセントには届きません。まさに百貨店全体の7割以上が婦人のお客さまなので、今回は当社も婦人服にスポットを当てて大規模なリモデルを行います。三越の日本橋店は固定客が非常に多いお店で、三越に対する高いロイヤリティを持っているお客さまが約8割を占めます。一方、伊勢丹新宿本店の場合、お客さまにロイヤリティを持っていただいてはいるものの、流動性が高い店舗ゆえ、われわれがご期待に応えられなくなった瞬間にお客さまが離れていってしまうという特徴があります。そういう面からいきますと、「(こんな店舗は)今まで見たことがない」、「さすが伊勢丹だ」という、これが百貨店の本当にあるべき姿だというものを組み合わせ、同質化の一途をたどってきた百貨店の形を変えていくことが1番大きなポイントだと思っています。

財部:
どう変えていくのでしょうか。

大西:
モノだけではなく、環境面から空間、衣・食・住・遊のバランスに加え、販売員のおもてなしの仕方に到るまで今回すべてを変えます。ある意味で、店舗を支える基幹部分における新たなチャレンジなので、企業としては非常に大きなリスクでもあると言えます。でもこれをやらないと、毎年2、3パーセントずつ売上高が落ちていく今の百貨店業界の現状を変えられません。この自然減だけは、なんとか止めたいのです。

財部:
私の非常に個人的な体験で言えば、私が洋服をすべて伊勢丹さんに切り替えたのは、『カナーリ』というブランドの店長さんとの関係でした。テレビ局のスタイリストに同ブランドを紹介してもらい、銀座の直営店に行ったのですが、そこで「本当に良いのは伊勢丹さん」だと聞いたのです。その時、たまたま伊勢丹新宿本店にある『カナーリ』の店長さんが銀座店に来ていて、「新宿の店舗に出ている服の数は少ないですが、バックに品物は十分あるので、私がコーディネートします」と言うので、そこに通うようになりました。

大西:
そうなんですか。

財部:
ところが、最近その『カナーリ』が撤退すると聞き、大変だと思っていたら、その店長さんが別ブランドに残ると言うので私もブランドを乗り換えることにしました。それが『コルネリアーニ』です。その店長さんと付き合うようになってからは自分ではとてもチャレンジできないようなコーディネートまで開発していただくようになりました。たとえば今日着ているのもそうですが、私は「こんな派手な服にこのネクタイは無理です」と言ったのです。

大西:
そんな事はないですよ。当時からスタイリストの方はいらっしゃったのですか。

財部:
いません。今日着ているコートにも内側にファーがついていて、「私はこういうのは無理です」と言ったのですが、熱心に勧めるものですから、結局首もとまで閉めると暖かいという理由もあって買いました。勧め上手ということもありますが、私は彼のコーディネートをとても重視しているので、店を訪れると、彼が選んでくれたものを全部買わないと気が済まなくなるのです。スーツを買いに行く時には、その人を通じてワイシャツやネクタイも買っています。40代の終わり頃からですが、洋服にはこんな楽しみ方があるのかということを、この伊勢丹新宿本店で本当に教えていただきました。

大西:
そうですか。