川崎重工業株式会社  代表取締役社長  長谷川 聰 氏

財部:
川崎重工さんが取り組んでいる中で、水素がありますね。

長谷川:
はい。

財部:
実はこの「経営者の輪」で、新日本石油(現JXホールディングス)の会長だった渡さんにご登場いただいたときに、「石油の時代はもう終わる。ガソリン車の次に来るのは電気自動車ではなくて水素自動車だ」とおっしゃっていて、水素エネルギーに経営の舵をきっているんだというお話がありました。その後、福岡県の麻生前知事にお目に掛かったときに、福岡県は水素の技術に取り組んでいると。長谷川社長は水素の可能性、エネルギーとしてどんな風にお考えになられていますか。

長谷川:
我々も期待をしてやっています。日本には一次エネルギーがありません。エネルギーの安全保障上から考えてみて、ここは原点に立ち返ってエネルギーをつくることから考えてみたらどうだろうと思っているのです。私がガスタービンの事業に携わっていたときに、本社研究所が水素を燃やしたいと言ってきたのです。エネルギーをチェーンで考えたときにOPEC、ロシアと、やはりエネルギー資源を持っているところが強いですね。そう考えたときに、水素を燃やす社会が来ることを前提とするならば、水素をつくるところから考えるべきだ、という事でスタートしたのです。

財部:
そうですか。

長谷川:
今はオーストラリアで、褐炭というあまり利用されていない低質の石炭から水素を取り出そうとしています。これには日本の化学肥料プラントの技術がそのまま使えるのです。水素精製に際してはCO2が出ますが、それはオーストラリア政府が地中に埋める計画です。オーストラリア政府にとって、石炭の輸出は非常に重要な産業の一つですが、石炭というと世界にCO2をばら撒くようでイメージが悪い。オーストラリアはクリーンなエネルギーの供給国になりたいという思いを持っているのです。そこで日本が技術面で協力することで水素をいただき、オーストラリアは水素というクリーンエネルギーを世の中に供給する、ということで連携してやっています。既に、当社はLNG運搬船や、種子島の宇宙センターにありますロケット燃料用の水素タンクや、液体水素を運ぶローリー(車)などを製造しています。また、水素を燃やす技術を研究しているところです。

財部:
そうなんですか。


長谷川:
はい。しかし、いずれ褐炭の利用も進むと思いますので、将来的には自然エネルギーから水素を作り出そうと考えています。例えば、洋上風力発電。一般的な洋上風力発電は、電線をつないではるか向こうから電気を引っ張ってくるのですが、この経済的問題、更に、電気は発生した時に消費しなければなりません。そこで、いったん電気を水素に変えてしまう。そうするといつでも使えるようになるわけです。水素というものは、再生可能エネルギーの延長上で、クリーンでしかも貯蔵できる、そういうメリットもあるのです。他にも、未開発地域で水力発電をおこなって水素をつくり、日本に運ぼうという動きもあります。調べてみますと水力発電のポテンシャルは現在、世界で使っている電気の発電量の1.5倍くらいあるのです。

財部:
そんなにあるのですか。

長谷川:
アマゾン川やナイル川の奥地などで水力発電が可能になれば、1.5倍くらいになると。例えばそこで日本が協力して水力発電所をつくって、電力の半分を水素に変えて日本に持ってくるなど、いろいろな可能性があると思うのです。ですので、まずはきちんと「水素を作って運ぶ」というテクノロジーを確立しようと、我々は一生懸命にやっているところです。

財部:
新興国を取材していると、多くの国がいまだ電力不足であり、すぐに電気自動車がグローバル化するとは思えません。それでは何が代替になるのかというと、一番は水素ではないかという意見も結構聞きますね。

長谷川:
実は日本の自動車メーカーの方にも、当社のオーストラリアのプロジェクトを一緒に見に行ってもらいました。研究所の方でしたが非常に興味を持たれていました。オーストラリア政府も我々だけではなかなか信用できないわけで(笑)、日本の自動車メーカーが興味を示したことで、消費する側のニーズもあるのだなと、感じていただけたみたいです。このような感じで、JXさん、岩谷産業さんなど、水素に関心がある方々と一緒にグループを組んでやっているところなんです。

財部:
これは、世の中で実際に水素エネルギーが使われるようになるのは、どのくらいの時間軸でお考えですか。

長谷川:
はい、じつは震災の影響で政府筋からも水素エネルギーをもっと早く実現できないかと、そうしたご意向もあります。そういう周りからの支援ですとか、一緒になってつくるんだという風土ができあがりますと、20年ぐらいのスパンで実現するのではないかと思っています。それまでに実証フェーズ、商用フェーズと段階を踏んでいくことになりますので、いきわたるまでは20〜30年はかかるかなと思います。

財部:
私の実感で言うと、もし20年で実現したら、それは極めて早いスピード感だと思います。

長谷川:
そうですかね。

財部:
福岡県の麻生前知事も随分早い時期から、水素ステーションをつくって街全体で水素エネルギーをやるんだと言っていましたが、その時に僕がイメージしたのは、電気自動車も良いのですが、それは自動車生産がプラモデルになってしまいます。水素自動車だと技術的に広がりがありますよね。

長谷川:
そうですね。また、電気自動車で使う電気はいったい何でつくるの、となりますよね。

財部:
ええ。

長谷川:
化石燃料から電気をつくるならCO2を排出する場所が自動車から発電所に変わるだけの話です。原子力発電が前提であればCO2は出ませんが、今後の日本が一次エネルギーをどこに依存するかによります。これまでは原子力発電のシェアを5割にしようとやってきて、その流れで電気はクリーン化され、電気自動車も半分はクリーンエネルギーで走ることになるはずでしたが、いま、その5割が危うくなっているわけです。それが現状の2割のままで、あとは化石燃料ならガソリンで走るのとあまり変わらない。ですからその部分を埋めるために水素技術の加速化が期待されていると思っています。

財部:
なるほど、原子力を穴埋めするクリーンエネルギーという点で考えると、水素エネルギーというのは説得力を持ちますね。

長谷川:
ただ、水素エネルギーに至るまではまだ時間が必要で、その間は分散型発電で運用されるのかなと思います。

財部:
お答えいただいたアンケートの中で『文明崩壊』という本が真っ先に出てこられておるのですが、これも環境の話に繋がってきますよね。

長谷川:
私は乱読でして、いろいろなものを読むのですが、これは半年くらい前に読んだ本です。

財部:
2005年の本ですね。

長谷川:
そうです。たまたま読んだのですが、これは当社のメッセージと同じだと思いました。当社のグループミッション(社会的使命)は『世界の人々の豊かな生活と地球環境の未来に貢献する"Global Kawasaki"』。人間が豊かな生活をしようとすると環境破壊に繋がる可能性があり、環境破壊が自分自身の首を絞めていくわけですが、それを両立させようと思っています。生活を豊かにする一方で、やはり地球環境の未来にも貢献する。両方の価値を提供できる会社になろうというのが当社のグループミッションです。「文明崩壊」を読んで非常に近いところにあるなと思いました。

財部:
この本の中で長谷川社長の心を打った部分はどういう所なのですか。この作者は人間社会の具体的な問題に、非常に強い問題意識を持っていますよね。

長谷川:
なかでも面白かったのは、ハイチとドミニカの話です。同じ島の東半分がドミニカ、西半分がハイチなのですが、国境を境にハイチ側の森林はほとんど切り取られてしまっていて、一方ドミニカ側はまだ森林が豊かで、生活レベルもまずまず高いのです。その背景を分析すると、ドミニカ共和国では独裁者のラファエル・トルヒーヨがいて、その後も独裁的な支配が続いたのですが、政治的なバックグラウンドは別として、いわゆる「森林を守るのだ」という強い意志があったのがドミニカ。一方、ハイチの方は民間人が生活に困ってなし崩し的に木を切っていってしまい、今では国境を越えてドミニカの方まで木を盗みに行っているということが書いてあります。同じ島なのに東と西で明らかに違っている。ドミニカの方が多少降水量が多いということはありますが、やはり政治的なリーダーシップによってそれだけ環境に差が生まれるということですから、これは非常に興味を持ちましたね。