株式会社三陽商会  代表取締役社長 杉浦 昌彦 氏

財部:
具体的に、国内におけるものづくりを通じて、売上高を向上していくための何かが必要ですね。

杉浦:
負の遺産は、ここ7年でほぼ一掃しましたから、あとは売上いかんでどうにでもなると思っています。最近、減収増益という言葉をよく聞きますが、売上高が落ちに落ちてきた今、ここで増収増益が見込めるような新しいブランドにトライしていかなければなりません。ファッションには100点満点はなく、仮に「これができれば100点」だと言われるものに予算をつけても、必ず100点が取れるとは限りません。絶え間ない創造を、日々実践していなければならない業種だと思いますね。

財部:
その意味で、暖冬の影響で、レインコートに対する需要が防寒からファッションに変わっている、という先ほどのお話は、確かに面白い視点ですよね。

杉浦:
昔は、バーバリーの玉虫カラーのトレンチコートやステンカラーコートが代表格でした。私は最近よく電車に乗りますが、乗客の服装が以前とは変わっています。特にビジネスマンが着ているものが、ナイロン系やポリエステル系の軽い素材になり、少しショートレングスになっています。車社会になってショートコートの汎用性が高まっていることが背景にあるのでしょう。最近、ダウンもかなり薄くなったような気がしますね。

財部:
もう誰も、モコモコの分厚いダウンは着ませんよね。相当、薄くなっているような気がします。

杉浦:
女性ものの場合、今年は試行錯誤をしながら、ファーや毛皮をつけたコートの生地を薄くしたり、バッグにファーを少しつけたりしています。今、そういう部分で視点を変えていろいろやっていますが、絶えず新しさを出していかなければなりません。

財部:
なるほど。

杉浦:
今年においては、銀行さんの役員クラスも、当社に来る時にはほとんどネクタイをされず、実際、彼らは5月から9月頃まではクールビズで良いと言われていますから、「申し訳ありません」と言いながら顧客先でもネクタイを外しています。来年もそのように、ずっと節電ムードの中でつながっていくでしょうから、当社でも「来年はメンズでクールビズ対応をしよう」と言って皆を集めて、いろいろと計画を立てているところです。

財部:
どういうことを話しているのですか。

杉浦:
たとえばスーツの裏地に、キュプラやポリエステルではなく、半袖のワイシャツ地をつけたらいいのではないか、ということがあります。ほかにもワイシャツで、ペンを挿すことができるものはできないか、ポケットはもう少し大きいほうがいいのではないか。前かがみになった時に、ポケットからものが落ちてこないように留めることができればいいのではないか、といったことを研究して、来年やってみようかと思っています。今年、半袖のワイシャツは前年比300%ぐらいに伸びたのではないでしょうか。

財部:
私は、半袖のワイシャツほど格好悪いものはないと思っていたのですが、今年はさすがに暑くて、白い半袖のワイシャツを着ていました。ところが、半袖のワイシャツのうえに上着を着ると、腕に裏地が貼り付くなど不快感があり、いつも上着を持ち歩くような状態になってしまうのです。

杉浦:
そういうことも、少し研究していったらいいですね。その一方で、当社では今年はウォームビズにも力を入れていきます。現在、当社が扱っているブランドは26にのぼりますが、その中で16ブランド程度をセレクトし、同じ素材(体内から発する蒸気で温まる)でさまざまなニーズを落とし込んでやってみようと思います。クールビズは非常にわかりやすいのですが、ウォームビズはイメージしづらいですね。

財部:
そのウォームビズアイテムについて、「マルチストール」の資料に、ストールとしてもカーディガンとしても着用できるとあったのですが、これはどういったものなのでしょうか。

杉浦:
ウォームビズは、一着で、一日の温度差に対応するさまざまな着方ができる洋服です。たとえば、フラジールという百貨店向けの婦人服ブランドで、筒状になっているニット(2WAYドルマンスリーブニット)があります。普段はワンピースとして着るのですが、素材が柔らかいのでストールにもなり、形状が筒状なのでチュニックのような着方もできます。そういうものをいくつか集めて、各ブランドで展開しています。

財部:
確かに、今年の冬は勝負ですよね。夏以上に節電だと言っているわけですから。

杉浦:
でも最近は、完全に季節感がずれましたよね。小さい頃を思い出すとわかるのですが、昔は確かに3月には暖かくなっていたのです。ところが今では、3月はかなり寒く、4月でも寒い日があるほどです。逆に9月が夏のように暑くなっていますから、私は日本の気候は最低でも1カ月は、ずれたと思っています。

財部:
単純に温暖化が進んだのではなくて、ずれているのですね。

杉浦:
はい。かつて女性もののコートは、11月15日を境にして、非ウールの素材からウールに変わるという1つのポイントがあったのですが、今ではまったくなくなりました。それこそ8月に防寒のウールを買う人がいるかと思えば、逆に非ウールのイヤーラウンド的な動きが強くなっています。ところが、百貨店の小売形態をみると、7月と10月、つまりこれから売るべき時にマークダウン(値下げ)をしているわけです。

財部:
それは私たちも普段よく話していることです、「欲しい時に欲しいものはなし」と。実際に、暑いから半袖を買いに行くと、もう秋物が出ていますからね。

杉浦:
それはやはりよくないですね。最近、小売サイドも認識し始めているのですが、サービスが衰えてきています。

フォレスト・ガンプのひたむきな姿に元気をもらう

財部:
ずっとお仕事のことを伺ってしまいましたが、事前にいただいたアンケートについても、いろいろとお聞きしたいことがあります。好きな映画に『フォレスト・ガンプ 一期一会』を挙げていらっしゃいますが、これは意外と、あるようでない回答ですね。

杉浦:
この映画を観ると、(自分がとても)前進しているような気がするのです。

財部:
素晴らしい映画だと、私も感動したことを覚えています。

杉浦:
社長さんには、こういうことを言う人は少ないかもしれませんが、『フォレスト・ガンプ 一期一会』はなかなか元気が出る映画です。何年かに1度は観ていますが、いつも良い映画だと思いますね。物怖じしないというか。

財部:
確かに、社長になられるような方がフォレスト・ガンプの話をされるのは珍しいですよね。

杉浦:
なんとなく、そういう風に育ってきているのです。私は営業畑でしたから、「あまりくよくよしないで行こう」というように。実際、私は30年間ストレスというものを知らずに過ごしてきたのですが、最近はストレスを感じるようになりましたね。

財部:
それは凄いですね、30年間もストレスを知らずに過ごしてこられたというのは。やはり社長業にはストレスがあるのでしょうか。

杉浦:
やはり溜まりますね、色々な場面で(笑)。フロントというか川下の現場では一切そういうことはありませんが、後方ではいろいろとストレスを感じます。

財部:
その意味で、何でも一所懸命にやれるフォレスト・ガンプの姿が、逆に羨ましいと感じている部分もあるのでしょうね。もう1つ、好きな本に、物理学者の寺田寅彦さんの随筆集を挙げられていますが。

杉浦:
私は中学1年の時に東京に出て来ました。その時、たまたま引っ越した場所で進学校に通ったのですが、親類が「いい人がいるから、昌彦君につけてあげたら」と言うので、ある家庭教師にお世話になりました。彼は、東大の理科T類から宇宙研究所に行った非常に頭の良い人で、「中学の勉強は暗記力でどこまでもいけるものだから、そんな勉強はやめたほうがいい」と言って、車のナンバープレートにある4桁の数字を見て、その確率を出せというような問題を出すのです。一所懸命にやったのですが、私は1週間経ってもできませんでした。物事を数学的見地で考えるような人で、彼がよく持ってきてくれて、読むように勧めてくれたのが寺田寅彦さんの本なのです。

財部:
中学1年生の時とは、凄いですね(笑)。

杉浦:
寺田寅彦さんは「天災は忘れた頃にやってくる」ということを言った人です。関東大震災を経験していて、「平生からそれに対する防御策を講じなければならないはずであるのに、それがいっこうにできていないのはどういうわけであるか。そのおもなる原因は、畢竟そういう天災がきわめてまれにしか起こらないで、ちょうど人間が前車の顛覆を忘れたころにそろそろ後車を引き出すようになるからであろう」と、「天災と国防」(昭和9年)という文章に書いています。今回の震災にも、まさにその指摘が当てはまるのですが、彼はこういう時に人間はどう振る舞うべきかということを、数学的見地で語っています。私自身、寺田寅彦さんの本は非常に良く読み、ためになったと思います。物理学者でありながら随筆家でもあるという人は、なかなかいないですよ。

財部:
それから、好きな音楽が「'60・70 ソウルミュージック」というのも初めてのお答えです。

杉浦:
60、70年代の音楽は今でも聞きます。2006年12月25日にジェームス・ブラウンが死んだ時は泣きました。今でも、アーティストが日本に来た時はライブに行ったりしますよ。

財部:
そうですか。車なり何なりで、年中聴いているのですか。

杉浦:
今はDVDやCDの時代ですが、当時のアナログレコードを800枚ぐらい持っています。向こうのレコードは品質が悪いので曲がってしまうのですが、それがまたいいんですよね(笑)。

財部:
私も、先日「iTunes」でスリー・ディグリーズの曲をダウンロード購入したのですが、泣けるものがありますね(笑)。

杉浦:
ああ、スリー・ディグリーズも良かったですね。でも、私たちの時代はマイケル・ジャクソンではなくジャクソン・ファイブであり、ダイアナ・ロスではなくシュープリームスなんですよ。やはり当時の音楽は、芯があって良いですね。

財部:
大変興味深いお話ばかりでした。今日はお時間を頂戴してありがとうございました。

(2011年9月26日 東京都港区 三陽商会本社にて/撮影 内田裕子)