アスクル株式会社 岩田 彰一郎 氏

「ゴミクル」から「エコクル」への挑戦

財部:
先ほどの「エコプラットフォーム」なり、環境面への取り組みについて、もう少しお話を聞きたいのですが。

岩田:
たとえば、当社がお客様に商品をお届けするのに必要な段ボールなどの梱包資材の量が、年間約8500トン。それが、だいたい6時間後には、お客さんのところでゴミになる。「ECO-TURN配送」を導入することで、この梱包資材を劇的に減らすことができ、最終的には梱包資材のゼロ化を目指したいと考えています。また、これらの梱包資材を製造する際に排出されるCO2は、当社の事業活動全体から排出されるCO2(現在把握できている範囲で約2万〜2万5千(t-CO2)あります。)の約20〜25%程度にあたると考えています。したがって、その分がゼロになれば、当社の事業活動から排出されるCO2の削減につながります。さらにトラックでの配送や商品の調達においても、CO2排出量の計算を更に細かく行い、さらなるCO2排出量の削減にチャレンジしようとしています。

財部:
そうなんですか。

岩田:
実は、お客様にアンケートを行うと、価格や品揃えに関するご要望がいつも上位を占めるのですが、「ゴミを減らしてほしい」という要望も47%に達しています。お恥ずかしい話ですが、お客様から「ゴミクル」と呼ばれたこともありまして(笑)。

財部:
「ゴミクル」、それは強烈ですね。

岩田:
クレームの中に、そんな言葉があったんです。そこで「ゴミクル」と言われないように頑張ろうということで、緩衝材などを減らしていたのですが、それでもやはりゴミがなかなか減りません。われわれにとっては段ボール箱でも、お客様にしてみれば、それは紛れもなくゴミなのです。そこで私たちは、配送用材料をこういう不織布の袋に切り替えて、リユースすることを考えました。

財部:
その袋から商品を出したあと、袋を持って帰ってもらう、ということですね。

岩田:
はい。ドライバーが袋を持って帰ります。持ち帰ってもらうのは、次回の配送の時でも構いません。ちなみに、最新版となる春の通販カタログでは、「『ECO-TURN』を拡大しました」とか「ゴミはゼロになります」というイメージにするつもりです。当社では、そういう議論を半年前から進めつつ、春に向かっています。

財部:
僕は、CO2排出の25%削減という話に、必ずしも皆が真剣になる必要はないと思っていますが、アスクルさんではそれをきっかけにして、非常に意味のあることに取り組んでおられるのですね。実際、こういう話はなかなか聞けないものです。僕もネットショッピングをよく利用するのですが、膨大な量の緩衝材でゴミ箱がすぐに一杯になってしまうほどで、「こんな無駄はないだろう」と思っていました。これは一見些細に見えても、当事者にとっては大きな問題ですよね。

岩田:
そうですね。先のアンケートでさえ、お客様はあれだけ「ゴミを減らしてほしい」と思っています。もちろん環境を守るという大義名分もありますが、「お客様のゴミをゼロにしてしまおう」という発想をすれば、結局はCO2も大幅に削減できるのです。その意味で、私たちは、「ゴミがクル」を「エコがクル」にしようと思っています。

財部:
お話を聞いていると、「大アスクル」という最初のコンセプトが、ある意味で真実を含むものであり、正しい概念だったので、そこからいくらでも派生的に物事が広がっていくのだと感じました。部分最適からスタートし、自社のことばかり考えているビジネスモデルでは、時代が変わったら単純に「これまでと違うことをやらなければ」という結論にしか達しません。その点、ビジネスモデルを深掘りしてこられたアスクルさんは、会社の成り立ちそのものが違うと思います。

岩田:
僕は「道理」とよく言うのですが、ビジネスモデルに道理がきちんと通ること、当たり前のことを当たり前にやることが、結局は長期間にわたって勝利していくための秘訣だと思います。お客様のために頑張るということが、商売の道理であるはずなのに、それを皆がすぐに忘れてしまう。われわれも、ふと気がつくと、そういうことがたくさんあって、反省してはビジネスモデルを修正していくことを繰り返しています。そういう、競争に勝つための構造や原理原則というものが、ビジネスでは非常に大切だと思いますね。

財部:
今、拝見しているスライドの表示の中に、「お客様に喜んでもらい、信頼され、尊敬される会社」とありますね。「喜びと信頼」という言葉はどの会社でも聞くのですが、「お客様に尊敬される会社」というのは、とても面白いですね。

岩田:
やはり、日本にそういう会社があってもいいのではないかと思います。たとえば今シャープさんが、あそこまで一所懸命に太陽電池をやられていますが、尊敬という言葉が適当かどうかは別として、やはり社員の人たちも含めて、お客様に喜んでもらえることが嬉しくなるような会社になりたいですね。表面をなぞらえるのでなく、深いところまで掘り下げ、きちんとしたビジネスをしなければ、そこに到達することはできませんから。

財部:
「SOLOEL」に話を戻しますが、昔ミスミさんという機械部品の卸問屋兼商社が非常に話題になりました。僕もまだ若い頃、取材で同社を訪れて「購買代理店」という概念を聞き、これはなかなか凄いものだと思いました。そういう「購買代理」と「SOLOEL」との根本的な違いはどこにあるのでしょうか。

岩田:
違いと言うよりも、「SOLOEL」はまさに購買代理そのもので、アスクルというビジネスモデルより、もっとお客様の側に飛び込み、「お客様目線」で購買代理をしていく仕組みです。ただ基本的に違うのは、「SOLOEL」はITシステムを活用した「電子ふるい」だということ。たとえば、お客様を取り巻く市場の中で、固定化した従来のサプライヤーだけでなく、さまざまな業者がイノベーションを起こしつつ、良い商品を作ろうとしているとします。お客様の面前でフェアな競争が行われる中で、商品の品質や価格、CSR、環境対応などの要素について、多数のお客様の評価が入ったデータベースが構築される。それをもとに、お客様が(「社会最適」という面で)最も優れた商品を、絶えず自動的に購入できるシステムを作ろうというのが、私たちの目標です。

財部:
僕も「SOLOEL」について、表面的な概念は理解してきたつもりですが、今のお話を聞くと、場合によっては多くの顧客企業が、同じような商品を使うことにもなりますね。その中で、たとえば「カッターなら、あれこれ使わずにこの商品を使いましょう」という標準化をする場合もあるのですか? だとすれば、同一商品の発注量を増やすことでコストダウンを行うことも考えられますが。

岩田:
はい、そういうこともあります。お客様が、ちょっとした仕様の違いでバラバラに買っている、例えばコピー用紙などの商品についてSOLOEL利用企業の仕様を標準化した共同入札も実際に始まっています。その一方で、「SOLOEL」を、ある商品の寡占化を促すだけでなく、お客様に多様な商品を選択してもらえるような仕組みにもしていきたい。たとえば地方の町工場で非常に素晴らしい商品を作っているにもかかわらず、これまで販路がなかったというケースもあるでしょう。その場合、新規顧客先のために口座を開くのは大変だ、という方でも、「SOLOEL」を通じて市場に参入すれば、本当に良い商品ならチャンスが拓ける、というようにしたいのです。

財部:
なるほど、そうですか。

岩田:
いわば、さまざまな商品を「SOLOEL」という「ふるい」にかけることで、お客様が安心して商品を購入できるというイメージですね。その時々の仕様に基づき、「環境についての基準はこう」とか「CSR基準はこう」という「ふるい分け」の条件は、一流の企業の人々がきちんと決める。それがある種の購買におけるデファクト・スタンダードになり、逆に川下が活性化していくことにもつながります。商品を作る側の皆さんに対しても、お役に立てるのではないでしょうか。

財部:
まさに本当の「社会最適」ですね。

岩田:
そういうものを目指したいですね(笑)。だからこそコンセプトやビジネス構造は、やはりロジカルにきちんと作った方がいいと思います。今当社は、この分野を含めて、物流関係について、約3年にわたり東京大学宮田秀明教授(アスクル顧問)に研究をお願いしています。宮田教授は、世界最大のヨットレースである「アメリカズカップ」に出場した日本艇も設計された著名な方です。

財部:
もともと船舶工学がご専門である宮田先生に、白羽の矢を立てられたのはなぜですか?

岩田:
要するに、シミュレーション技術です。「アメリカズカップ」に出場した日本艇が優秀な成績を収めてきたのも、艇体の形状や波の状態などに関するシミュレーションが優れていたから。その技術を応用し、たとえばアスクルを年間約1000回利用するお客様と、約100回利用される方との間で、購買傾向や発注金額などにどんな違いがみられるか。それをさらに、顧客別、地域等のさまざまな条件で解析したらどうなるか、などの共同研究をしています。また、先の「SOLOEL」の話に出てきたように、ある商品の仕様を束ねて標準化することで、購入コストがどれだけ削減でき、それをどの程度お客様に還元できるのか、という研究もしています。このように、さまざまな条件を設定して科学的なシミュレーションを実施し、最適化を行うわけです。

財部:
ほお。

岩田:
「見える化」を通じて在庫を減らすのはもちろん、「社会最適」のシステムとして、あるいはプラットフォームとして、アスクルなり「SOLOEL」を最も効率的に運営するには、物流を含めたどんな構造を作ればよいか。そういうことを、ビジネスモデルも含めて緻密に考えています。理念とロジックとの両方で、やっていくわけです。

財部:
ところで、これは中国向けのカタログですね。中国国内で、中国企業相手にカタログ通販を行っているのですか?

岩田:
そうです。昨年 の7月から本格的に営業を始めたのですが、本当に面白いです。洗剤なども売れますし、オリジナルでこんなお洒落なボックスティッシュも人気ですよ。

財部:
彼らは 差別化が好きですからね。優良企業などにどんどん売れるのではないですか。

岩田:
はい。

財部:
また改めてお時間をいただけませんか。ぜひ、いろいろとお話を聞かせてください。本日はどうもありがとうございました。

(2009年11月6日 東京都江東区 アスクル本社にて/撮影 内田裕子)