アスクル株式会社 岩田 彰一郎 氏

競争に勝つ構造を、他社に先んじて作ることが経営者の仕事

財部:
僕が、アスクルさんは凄いと感じたのは、最初から「『大アスクル』で働く人はみな平等」というコンセプトでオフィスを作られた点です。日本企業は、実は役所とかなり似通っていて、縦割り構造や権威が大好き。実際、商品を買う会社は、売り手側であるメーカー等の上位に位置し、「もっと値段を下げろ」という立場になっています。それこそ「下請け」という言葉に象徴されるように、上下関係が日本企業のビジネスモデルだと言える部分が少なくないですよね。

岩田:
そうですね。

財部:
ところが90年代が終わって2000年代になると、バブル崩壊で、皆がいよいよ厳しくなってきた。それで2003、4年頃から商社も含めて、「何か新しいことをやらなければ」と考え始め、ようやく自社のビジネスの川上なり川下に出て行かなければ商売が拡大しないことに気付いたのです。そこで初めて、「対等の関係」という考え方を持ってパートナーに接していこうという意識が、多くの企業に芽生えたのではないでしょうか。結局、追い詰められ、追い立てられた結果、ようやく今の状態に至っているというのが現状であり、アスクルさんのように、最初から物流業者を含めて、周囲のパートナー全体が対等な関係にある、というコンセプトを貫いている企業は少ないと思いますね。

岩田:
僭越ですが、当社は、最初から「大アスクル」と言っていました。

財部:
「小アスクル」、「大アスクル」というコンセプトはどこから生まれたのでしょうか。岩田社長の個人的な考え方ですか?

岩田:
それは、僕がずっと思い続けてきたことです。正社員も派遣社員もみな対等、お客様と私たちとも対等だと考えていました。そもそも「お客様対業者」という関係が、ひとたび会社に帰ると「企業対顧客」に変わるのは、おかしいのです。僕はお客様も、私たちと「横の関係」にあると思っています。もともとアスクルは4人でスタートしたこともあり、お客様は私たちの友人だという視点でやってきました。今後、お客様を含めて「大アスクル」が共存共栄していこうとする中で、「小アスクル」の私たちは、お客様にとっての事務局的な存在になっていくだろうと思います。

財部:
お客様にとっての事務局、になっていくのですね。

岩田:
「すべては志ありき」、「宇宙の始まりは意志」だという信念が僕にはあって、意志があればそこに到達していけると信じています。ビジネスデザイン、あるいはビジネスモデルを構築していくにあたり、最初から競争に勝てる構造を作るのが経営者の仕事。私はかつて勤めていたライオンの時代に、花王さんとずいぶん戦いましたが、花王さんは、丸田芳郎さんが社長をされていた時代に販社を作り、その一方でライオンが卸政策を維持した結果、現在のような状況になったのです。僕は当時、競争に勝てる構造を作ることが、経営者の責任であると痛感しまして、ビジネスモデルを重視するようになりました。その先に、今のアスクルのビジネスモデルがあるわけです。

財部:
アスクルのビジネスモデルは、今後どう進化していくのでしょう?

岩田:
1つ大事なことは、「会社モデル」だと考えています。ベンチャー企業について言えば、これからの時代、経営者ひとりが大金持ちになり、独善的になっていく会社は、間違いなくおかしくなっていくでしょう。やはり会社は皆のものであり、そういう考え方の下で努力してこそ、皆がハッピーになれる。そんな新しい「会社モデル」が、今後さらに大切になると思います。そして、その努力の「エンジン」になるべきものが、お客様志向であり、これが当社の「勝てる構造」なんですね。

財部:
「会社モデル」とビジネスモデルを分けているところが、非常に面白いですね。

岩田:
とくに「皆がハッピーになれる」という部分については、私自身ずっと思い続けていまして、最近ではオフィスのお客様だけでなく、個人のお客様にもサービスを始めようと考えています。僕は、ビジネスモデルを考えるうえで、社会に最も適した者が生き残っていくという、「社会最適」が重要なキーワードになると思うのです。

財部:
逆に言えば、社会に適応できない企業やビジネスモデルは淘汰される、ということですね。

岩田:
はい。従来のビジネスモデルを見ると、卸を含めたさまざまな仕組みが社会不適応を起こしています。日本の社会自体も、いまある意味で不適応を起こしており、改革が必要だと思うのですが。もともと、「社会最適」ではないものは生き残れない、という考え方が僕自身のベースにありまして、そこから、お客様をも含む共同体である「大アスクル」のような概念が生まれたのかもしれません。それともう1つお伝えしたいのは、アスクルは物流や商品調達の需要予測などの部分において、テクノロジーを相当に駆使している会社だということです。

財部:
資料を拝見しますと、岩田社長ご自身が「ビジネスとは問題解決の連続」だと語られています。そうは言っても、ひとたび「アスクル」という成功モデルができあがってしまうと、ビジネスモデルのバージョンアップを行う際、どうしても固執してしまう部分が出てくるものかもしれません。ところがアスクルさんは、今度は「SOLOEL」(ソロエル)のような、これまでとは違うビジネスを、相当に力を入れて立ち上げていこうとしています。

岩田:
そうですね。

財部:
僕が非常に驚いているのは、「新規事業を立ち上げてからしばらくは、ビジネスモデルをお客様と一緒に作っていく。だが4、5年経てば、こうなっていくだろう」という、将来的なビジネスの姿が、すでに岩田社長の頭の中にできあがっていると思わせるようなコメントが、随所に見られることです。まずは「SOLOEL」のご説明をいただく前に、新規ビジネスにおける4、5年先の姿を、なぜそれほどまでに確信を持って描けているのかについて、教えていただけますか。

岩田:
1つには、花王の丸田元社長がおっしゃっていた「ラグビー型経営」という考え方があります。われわれは本来フォワードであろうが、バックスであろうが、今グラウンド内のどこにボールが転がっていて、ボールに向かって突っ込むべき時なのかを皆が判断しなければならない、という意識を共有しなければ駄目なのです。それゆえ当社は、常に情報はオープンにしていこうという方針を貫いています。それから、今後10年間におけるアスクルの事業を見据えた「5つの課題」という実在モデルについて、今社内で話をしているところです。

財部:
それは、どんな課題なのでしょうか?

岩田:
1つは、デジタル化が急速に進行する中で、現在の紙ベースのカタログ事業は本当に続くのか、ということ。デジタルインフラを活用し、インターネットや携帯電話、あるいは高齢化社会になったらデジタルテレビ放送などで、紙のカタログに代わる情報発信ができないか。最近のデジタル技術の進歩におけるペースから見て、われわれは2011年を1つのポイントに設定していますが、それまでに当社が、ビジネスモデルをどのようにシフトできるか、という課題があります。

財部:
なるほど。

岩田:
2つ目が、先ほど話していただいた「SOLOEL」で、これはお客様からの要望でもあったのですが、間接材の購買業務を代行する企業向けのサービスです。今後、大企業は本業に集中し、間接業務を効率化する動きが強まるはずですから、そういったものをやりましょうということです。

財部:
すみません、「間接材」という言葉の定義がよくわからないのですが。

岩田:
間接材とは、たとえば事務用品や印刷物、書籍などがありますが、ほかにも製品の原料以外のもので、レンタル・リース料からビルの管理費、宿泊交通費や通信代など、あらゆるものが含まれます。

財部:
製品の製造に関わる原材料以外のものが、間接材なのですね。

岩田:
その間接材の市場規模が、約30兆円あるんです。その巨大なマーケットの一角を「SOLOEL」で対応していこうというわけです。
そして3つ目が、今後ますますお客様主導の傾向が強まっていく中で、お客様が中心になって作り上げていくものが「大アスクル」であると認識すること。われわれ「小アスクル」は事務局≠フ役割を全うし、お客様の意見をできるだけ吸い上げて、きちんと還元しなければなりません。次の「お客様主導社会」の中で、当社はどう変わっていくべきかが問われています。
さらに4つ目の課題が持続可能型社会で、環境対応をきちんと行っていく必要があることを、皆が共通認識として持つ。
そして最後に、5つ目が中国市場です。僕はアジアの中で、中国は圧倒的に伸びると思っています。

財部:
そうですね。

岩田:
それらを、いわば次の戦略展開の軸として、当社はお客様のために進化していきます。お客様が変われば社会が変わります。そして、お客様が変われば、われわれも当然変わらなければなりません。そういうわけで、当社は上海に愛速客楽(上海)貿易有限公司を設立したのですが、僕は2050年頃には日中逆転が起こるだろうと思うのです。そこで今、私たちはアジアに軸足を置きながらグローバル化していこう、という議論をしています。

財部:
はい。

岩田:
こういうレンジで見ていると、やはり会社が今のままで良いはずはないわけで、「思い切った改革を進めよう」というのが、社員およびパートナーの方も含めた全員の共通認識。僕は昨年9月7日に社員に向けて戦略説明会を行った際、「お客様や社会から喜ばれて信頼され、尊敬される会社になっていこう」とか「いつでも、どこでも、誰にでも、欲しいものを欲しいときにお届けする」、「革新的な生活インフラを最もエコロジーな形で実現しよう」と話しました。当社が目指しているのは、こういう方向です。

財部:
エコロジーの方は、具体的にどんな活動をしていくのですか?

岩田:
たとえば当社のPB商品であるコピー用紙の例を挙げると、当社ではインドネシアの管理された植林木の確認をきちんと取りながら商品の調達を行うなど、お客様や社会、地球環境にとって最適でローコストな「エコプラットフォーム」の構築を目指しています。そういう取り組みを経て、森林保全に貢献しよう、生物多様性を保護しよう、あるいはトレーサビリティを確認したり、製品に有害な化学物質が含まれていないかをきちんと確認しよう、という活動を行っています。やはりCSR(企業の社会的責任)は必要ですね。

財部:
その「エコプラットフォーム」を、どう構築していくのですか?

岩田:
グループのいち物流部門であったBizexを物流子会社として昨年 4月に買収したのをきっかけに、まずはお客様先での廃棄物削減に貢献しゴミゼロ配送を目指す、通い袋・通い箱で商品を届ける「ECO-TURN配送」を始めました。そして、まだこれからの話ですが、お客様にもご協力をいただきながらトラックの台数を減らし、CO2の排出量を削減するという計画もあります。加えて、商品をお届けした帰りの便で、お客様のところにある不要なものを引き取り、リサイクルしようという話もあります。

財部:
先の「5つの課題」を解決していく中で、「SOLOEL」はどんな役割を果たすのですか?

岩田:
「SOLOEL」はいわば、よりお客様の側に入った「電子ふるい」サービスのようなもの。間接材を購入する際、商品の品質や価格、CSR、環境対応などの要素を選別する「ふるい」のような役割を持つシステムです。こういう概念を皆で共有したうえで、何をしようかと考える機会が「MD合宿」であり、3日間にわたり300人ぐらいが一堂に会して「次の時代に向けて、こういうことをしましょう」ということを議論するのです。

財部:
どんなメンバーが、その300人の中に入るのですか?

岩田:
商品の開発・選定を担当するマーチャンダイザーに加え、全社の全部門から入ります。実は「MD合宿」では、「次のカタログのビジュアルはこうしよう」とか「ビジュアルに音楽を加えて、こんなイメージで行こう」ということも決めてしまいます。そして、そのイメージに沿いつつ、皆が一斉に6カ月間をかけて、通販カタログを制作していくわけです。それについてはPDC(Plan Do Check)が良く回っているのですが、ウェブ・カタログのように毎日スピーディに変化する売場になると、一体どの程度のサイクルで回すことができるのか、そのPDCA(Plan Do Check Action)は私たち自身も見当がつきません。

財部:
確かに一般論として、やはりウェブ上のカタログは、まだピンと来ないという意識を僕は持っています。やはりアナログ、ということになるのでしょうか。

岩田:
そうなんですよ。