株式会社小松製作所 坂根 正弘 氏
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坂根:
そういう話に加え、(米)ドルがこれだけ安くなったいま、コマツはアメリカで積極的に生産投資をしたくなるかといわれたら、そういう気持ちはまったくありません。というのも、コマツのアメリカの工場は日本国内の工場にくらべて、変動コストだけみても1ドル=115円換算で約25%高い。

財部:
ええ。

坂根:
ですから、われわれはいまアメリカに更なる生産投資をしようという気はまったくないわけです。仮に1ドル=90何円になったとしても、アメリカ製と日本製で戦っている第三国で、競争力がどうなるのか、という点については、まったく心配ありません。だからいま、為替相場が変わったからといって、われわれの世界生産戦略を変えることはないですね。もちろんドルはたしかに安くなっていますが、アメリカの生産コストは高いので、われわれは基本的にアメリカへの投資は行っていません。たとえばテネシー州にあるチャタヌガ工場では、北米の需要レベルがミニマムの時を想定して、定時で残業無しの仕事量を決め、そこからオーバーフローしたものについては、タイなどの他のアジア諸国から持ってくるようにしています。

財部:
そんなことをやられているんですか!

坂根:
ですから、いまのようにアメリカ経済が落ち込んでいても、チャタヌガ工場の操業量はまったく変わらないんです。タイから持って行く量が減るだけで、そのタイの分にしても、他に振り向けるところがありますからね。

財部:
なるほど。

坂根:
ですから逆に、米ドルがいま安くなってきているので、チャタヌガ工場から中南米に(製品を)出してみようかという微調整はやりますが、基本的に現在の為替状況で、グローバルな基本戦略を変えるということにはならないですね。

財部:
たしかに、学者やマスコミの為替をめぐる議論そのものが、数十年前と同じような古い感覚で語られていますね。

坂根:
じつは以前、米キャタピラー社が発表したアナリストとのやりとりの議事録を読んでびっくりしたんですが、キャタピラー社は「皆さん、当社ではドルが安くなったら収益が良くなると思われるでしょうけれど、それは違います」と言うんです。要は「いま当社は海外生産を行い、また海外から部品などを多数仕入れているので、為替バランスから言って、そうはならないのです」というわけです。私自身、「キャタピラーはそんなことはないだろう。アメリカであれだけ製品を作っているのだから、ドル安は有利だろう」と思っていたんですがね。

財部:
はい、はい。

坂根:
まあ、そのときアナリストから「ドル安になっているのに、収益が出ないのはなぜか」という質問があって、そういう言い方をしたのかもしれません。それにしても、彼らにとってもドル安のメリットはあまりないようですね。やはりアメリカのコストは高いんです。

財部:
こういう為替のお話は非常に面白いですね。一般に「トヨタの場合、1円の円高で350億円の為替差損が発生し、10円円高が進むとそれが3500億円になる」といいますが、この計算は――。

坂根:
コマツも同じような表現を便宜上使っていますが、為替問題は単純ではありません。

財部:
そうですよね。ドルのポーションだけを見ているわけですからね。

坂根:
トヨタさんは北米比率がウチより高いから、影響は大きいでしょうけれど、ウチは北米比率が20%を切りましたから。それでもドルと一緒になって動く通貨、たとえば人民元については、これだけ急激に円との関係が変わっていますから、もっと急速に「元高」に振れても不思議ではないですよね。たとえば3年前は1人民元=12円ぐらいまで「円高」が進みましたが、現在は14円台で(08年5月10日現在、1人民元=14.72円)、当時に比べると「円安」ですから。

財部:
つまりその分、日本製品の競争力も増しているということですね。

坂根:
コマツの世界戦略にとって基本的に重要なポイントは、日本がふたたびグローバル生産拠点になった、ということなんです。もちろんわれわれは、アメリカではアメリカで生産拠点を作り、中国では中国で生産拠点を作り、欧州では欧州にと、大マーケットで現地に生産拠点を作り上げてきました。ところがそれでも、世界中180カ国に輸出を行っている中で、日本でしか作っていない製品がまだ半分もあるんです。その意味で、ビジネスのグローバル化にともない、コマツでは日本の生産拠点の重要性がふたたび高まってくるようになり、それに加え、最近の新興国通貨に対する円安で為替メリットも発生しています。ひとくちに「円安」といっても、コマツの場合、ドルに対する円安よりも、新興国通貨に対する円安の方が、もの凄くメリットがあるんです。現在、ドルに対する円高が進行していますが、少なくとも新興国との間では、それほど円高は進んでいませんよ。

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財部:
その点は、非常に重要ですね。

坂根:
たとえば南アフリカの「ランド」、ロシアの「ルーブル」とか、そういう新興国の通貨と円との関係を見ることの方が、コマツの生産拠点における為替戦略としては非常に重要。今後、資源国の通貨が安くなっていくということは、まず考えられないですね。

財部:
基本的に、新興国が高度成長期に入っていけば、その通貨が買われて為替レートが上昇することになりますから、逆に円安傾向は長期化する、ということになりますよね。

坂根:
ええ。人民元にしても、中国政府が強力なマクロコントロールを行っていますから、現在の水準で収まっていますが、そこが完全にフリーになったら、1人民元=20円を超えてもおかしくないと思います。

財部:
コマツさんのグローバル化は、日本企業で最も進んでいると私は思っているのですが、他の日本メーカーでも、基本的に新興国との関係については、相当グローバル化が進んでいると考えていいですか。

坂根:
そうですね。トヨタさんでも、北米のダメージは大きいと思いますが、新興国市場での伸びは非常に勢いがあるし、将来は更に非常に大きなポテンシャルがありますよね。

財部:
最後に、プライベートはどうお過ごしですか?

坂根:
とくに何にもしないですね。家内に「ハイハイ」って、文句1つも言わない(笑)。

財部:
そうなんですか(笑)。基本的に、土日はお休みですか?

坂根:
そうです。昨日もゴルフをしましたし、あとは家でTVを観ることが多いですね。私は経済番組、たとえば『日経CNBC』や『ブルームバーグ』をよく観ていますが、土日はリピート番組が多いんです。土日に何か、面白い番組をやってくれればいいんですがね。

財部:
ご家庭で、それ以外のときには何をしていいらっしゃるんですか?

坂根:
家内と散歩をしたりするぐらいです。でも、この4年間、台湾に赴任していた息子が3月末に帰国しまして、土日は孫たちと遊んだりしています。その意味でいえば、この4年間は、楽しみがなかったですね(笑)。いずれにしても、プライベートについては、皆さんに紹介するようなことはあまりないですね。

財部:
それだけ、仕事が面白いということですか?

坂根:
月曜日は、朝出社したらすぐにメールを打つんですが、社長当時は短期的な課題が数多くあったので、あまり先のことを考えることができませんでした。だからいま、少し先のことを、長いスパンで考えています。たとえば当社が以前史上最高益を出したのが82年で、その年は、アメリカが、いまとは比べものにならないような、もの凄いリセッションにありました。もちろんキャタピラー社も大赤字で、日本の建機も悪かったんですが、コマツは当時の資源高のもとで経済が活発だったウチはロシアと中近東で稼いでいたんですね。

財部:
そうなんですか。

坂根:
要するに、コマツのビジネスは成熟経済市場ではなく、1960年代の日本や、一過性に終わってしまいましたが、1980年前後の中近東、ロシア、そして今の中国のような高度成長経済でこそ出番のあるビジネスなのです。

財部:
なるほど。

坂根:
その意味で、現在のコマツのビジネスについていえば、中国経済がおかしくなったら大変なのですが、いまのところあまり心配する必要がないというのは、先に話した通りです。それから今後、仮に為替が1ドル=95円になった場合でも、アメリカに新規投資するのは適切とは言えない。むしろ新興国や日本国内で積極的に生産投資を行っているコマツにとっては、今後、資源国の通貨がどうなっていくのかということの方が大事――。土日には、そういうことを考えているんですよ。

財部:
休日は、思索の時間なんですね。

坂根:
まあ、たいした思索ではないですがね。

財部:
いえいえ、今日は面白いお話をありがとうございました。

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(2008年3月17日 東京都港区 コマツ本社にて/ 撮影 内田裕子)