日本は「技術の資源国」

ですから問題は需要です。幸い、いま日本には一億人ぐらいの人口がいて、さまざまな産業で日本に需要があり、その需要の質も非常に高いから、高度な技術が育ち、その勢いで輸出もうまくいっています。ところが、技術の進歩が止まったり、あるいは需要の伸びが止まったりしたときに、これから日本はどうなるのかという問題が出てくる。（国内需要の伸びが止まったら）海外への技術移転もしなければならないわけです。例えば量は別として、いまでも日本の鉄の品質は最高のレベルにあるということなんですよね。

そうなんですか。

たとえばオートバイの燃料タンクは、鉄の薄板をプレスで深く絞って作るんです（深絞り）。もちろんできあがった製品は、アメリカ製であろうと日本製であろうと、中国製であろうと、さほど変わらないわけですが、製造コストがまったく違うわけですよね。というのも、日本製の薄板は、ワンショットでドンと深く絞っても皺1つ出ない。ところがよその国の製品では、ゆっくり、そろりそろりと何工程もかけて絞らないと、割れたり皺が出たりする。こうなると、製品を作るスピードがまったく違うから、製造コストに大きな差が出るんです。ですから自動車の薄板然り、造船用の厚板にしても、日本は日本の最高の鉄を使っている。しかも日本の製鉄メーカーは、需要の拡大に対応して中国やら韓国にも投資している。財部さんがおっしゃっるのは、日本企業がもっと先をみてドーンと日本国内に設備投資をするべきだった、ということですか？

要するに、あまりにも国内一般の景況感に左右され過ぎていて、なぜ中国というマーケットの台頭をもう少し早く掴めなかったのか、ということですね。

早く掴んで中国を消費国にし、日本を供給国にすればよかったということですか？

業種が違うので、一概に比較するのは難しいかもしれませんが、僕はBRICsをずっと取材してきたのですが、自動車でも電器でも圧倒的にヒュンダイ、サムスン、LGだという話になっていて、日本企業が予想以上に負けているんです。ここが非常に気になるところで、ちょっと申し上げたのですが――。

それはそうだと思いますね。やはり、そのようにして大きな「博打」を打っていく企業体は、韓国でもだいたいが財閥系です。ところが、人のお金を預かって商売をしているときは、どうしても堅く行かざるを得ないという、日本側の資本や経営のバックグラウンドもありますね、やはり博打が大きいですから。で、その博打に対する彼らの保険はですね、雇用なんです。われわれにしても、大規模な設備投資はそれほど恐くない。仮に多少需要予測を間違えたとしても、それで会社が傾くことはまずありません。彼らのように、もし景気が悪くなったときに雇用を調整出来たら、経営は楽になりますよ。その差が大きいと思いますし、皆さんからみて日本企業が「勇気がない」とか「スロー＆ステディ」だというのは、だいたい雇用環境からきていると思いますね。

ほお。なるほど

その点、アメリカ企業なんか無茶苦茶ですよ。ロッキード・マーチンやノースロップ・グラマン、ボーイングなどが何兆円にものぼる軍の仕事で、丁半を賭けた競争を行い、勝った企業に社員がドーッと移るんです。そのときクビになるのは社長以下の経営トップだけで、部長クラスからもう大勢が競合先に移るので、トータルの供給としては一緒なんです。こんなスタイルが日本にとっていいのかどうかは一概にはいえませんが、そういう「雇用の流動性」があれば、リスクの高い競争を行いつつ、開発あるいは生産規模、設備投資でも博打が打てると思うんですけどね。

はい。

それとですね、やはり韓国などの新興国の側に「最後は賃金の差で勝てる」という大きなファクターがあるでしょう。しかし、われわれは彼らのように、雇用を大幅に減らすとか賃下げを一気にやるということを、経営の自由度として取り入れていません。彼らと同じようにすれば、短期的には勝てます。もちろん品質では勝っているから、最後にはとにかく賃下げしてでも、余剰人員を切ってでもやる、となればいけるんです。だから、いまの状態をもって「経営判断が甘いとか勇気がない」と日本の経営者を批判するのはちょっと単純すぎるかもしれません。

いやあ、そうですか。

結局、環境の変化に柔軟に対応するといいながら、日本企業には大きな縛りがありますから。そういう日本のカルチャーを飲み込みつつ世界の相手と戦う１つの切り口は、やはり環境エネルギー分野です。今後はどこもかしこも環境エネルギーの問題になってくるわけですから。ところが環境分野は、まだやはり競争が難しい。というのも、いま環境分野では、コストを負担しない人の方が優位に立っている。つまりゴミを垂れ流して環境を汚す方が勝ち、環境をきれいにする側がへとへとになっているんです。残念ながら、いまのところ環境問題とは、いわばコストを負担出来ない人が垂れ流すゴミを、技術とお金を持っている人たちが処理せざるを得ないという社会的現象なんですね（笑）。

ははは。

ところが省エネの方は逆で、「これはエネルギーをあまり食いません」という製品の方が絶対的に価値があるわけだから、省エネでは日本型のスタイルが強くなると思います。その省エネに加えて安全性という分野も、日本の技術がお金に変わる大チャンスではないでしょうか。まあ、そういうところからいくと、日本では、いろいろな技術者が誇りと使命感を持って、一所懸命に頑張っているから、省エネで世界最高レベルの品質の製品ができるようになっているんだと思いますね。

そうですね。

一般的に、サムソンやヒュンダイ然り、中国企業もそうですが、巨大な新興企業に対して「日本企業はちょっと度胸がない」とか「だらしがない」という見方はあると思いますよ。でも彼らは何も新しいイノベーションで市場に入ってきたわけではなく、既存技術――その多くが日本で開発されたもので、いつでもその技術を手に入れられるという状態で、後は賃金の差を生かしてコストで勝負してやろうという戦略ですからね。比較的にリスクが低いんですよ。

ですが逆に、僕たちからみたら腹立たしく思えるわけですよね。

まあそうなんですけどね（笑）。だからそういうやり方は、ずるいといえばずるいですが、その背景にあるのは彼らの「絶対にコストを安くできる」という自信、繰り返しになりますが、それは設備でも技術でもなく、レーバーコスト（労働コスト）です。これを日本がどのようにみるかということになりますが、日本ではレーバーコストもさることながら、それ以外でも想像を絶するほど規制が多いんです。ですから、皆さんが思っているほど、企業の力に差があるわけではないんですよね。

はい。

最近日本メディアでも「韓国企業が好調だ」といいますが、日韓の貿易収支をみると、なぜいつも日本が黒字で韓国が赤字なのかということですよ。実際、韓国の方は「世界では貿易黒字なのに日本とだけが赤字だ」といってくやしがるんです。ですから、われわれもいつも対話の場で「あんた方、よく考えて下さいよと。日本との間で赤字だからあんたは世界貿易で黒字なんですよ」といっているんですがね。というのも、彼らは日本製のものを中心に巨大な設備投資を行い、日本製の重要部品を組み込んだアセンブリー型産業をやって、製品を安い値段で輸出して稼いでいるわけ。つまり日本は「技術の資源国」だから、彼らは日本の技術を買わざるを得ない。また彼らが作る製品は日本でもできるから、われわれは買わない。だから韓国は日本との貿易収支を黒字にするのは至難の業なんです。

はい。

だから、僕らが皆さんにお願いしたいのは、やはりそういう議論の中で、日本は将来世界の中でどういう立場を取るべきかというグランドデザインを描くことなんです。いまのように、各個がばらばらに最適値を求めて動いていたら、やはりおかしくなってくるでしょう。これから少子高齢化で人が少なくなるわけだから、何もかもワンパッケージで日本で製造するという時代はいずれ終わるわけですよね。

ええ。

僕は満州で生まれているので、ちょっと発想が大陸的かもしれませんが、技術安全保障も含めた国際分業体制をどう構築するのかを考えるべきだと思う。ある面では投資家の顔をして配当を追求し、ある部分では技術供与でロイヤルティを受け取る。またある分野では、最も重要な基幹部品のサプライヤーになり、そこで主導権を握ったらいいのではないかというように。そうはいっても日本にも１億人の人口を背景とする確かな需要があるわけだから、その分はきちんと供給する、ということも大事でしょう。

まあ、国のグランドデザインを誰も描けないところが悲しいですよね。

（国際分業体制をつくるという）そのときにチームを柔軟に組み換えたり、日本ができるだけチームのヘゲモニーを握りたいとかリーダーをやりたいというなら、最終的には人材でしょう。ただ、われわれが若い頃に苦労した体験談は非常にノスタルジックだし、大事なことではあるけど、いまでは環境がすっかり変わっています。つまり、われわれと同じような環境で勉強し、同じような気持ちになって、同じようにすればうまくいくというような状況でもない。

そうですね。ただ明らかなのはですね、この６、７年の間に日本企業が再生していく中で、大きな力を発揮された経営者は、ことごとく海外経験をお持ちの方なんですね。

それはありますね。

それは会社のパーソナルヒストリーとかなり重なる部分があって、異文化の中で違うカルチャーに接しつつ、自分のバリューをゼロから築いた経験がある人ばかりなんですね。英語が喋れるから、ということだけではなくて――。

おっしゃる通り。それはありますよ。でもいまは環境がいいですからね。たとえば海外で経験を積もうとして出て行っても、その人を受け入れる日本食はあるし日本の新聞はあるし、現地で日本人が何も困らないようなカルチャーができあがっている。だから当時と同じような経験をすることは難しいですね。

ブラジルに行ってみるのもいいのではないですか？　いま味の素がブラジルで非常に頑張っていて、ブラジルで経験を積んだ人たちが、みな国際畑の中心に返り咲いています。また、いろいろと問題はありますが、カルロス・ゴーンさんに「あなたの考え方が一番育まれた場所はどこか」と聞いたら「ブラジルだ」というんです。ゴーンさんはミシュラン時代に３０代でブラジルに行き、そこでハイパーインフレを経験されたのですが、「ここで経営できれば世界のどこにいっても経営できるかもしれない」と思われたそうですね（笑）。

ああ、それはいいかもしれない（笑）。ブラジルやインド、ロシア、まあ中国も含めて、いま大きな発展のエネルギーを持っている場所で経験を積むことは、将来経営を目指す人にとって貴重な財産になると思います。先進国での苦労はもう、僕らの時代で一通り済んだわけですから。いずれにしても、企業経営は障害物競走マラソンのようなもので、大きな障害ががたびたびやってくる。そこを乗り切るための問題解決能力、あるいは強い意志、活力を若い頃に培うためには、未成熟な動乱の中に身を置いた方がいいかもしれませんね。

そうですね。

それにしても、どちらかといえばベースはネアカで、英語で「Future is bright」というように「先は明るい」と信じ、常に建設的で積極的な提案力を持っている人たちがこれからも伸びてくる。組織の中で「駄目だ、心配だ」といって足を引っ張るのは簡単ですが、「じゃあどうするのか」と言うことで、ほんとうに何とかしなければならないわけですから。まあ、「美しい日本」を目指すということはそういうことですよね（笑）。

ええ（笑）。はい、わかりました。今日はありがとうございました。