株式会社スマイルズ 遠山 正道 氏

「スマイルズの五感」を軸に「生活価値の拡充」を目指す

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遠山:
ただですね、いま当社がもの凄くいいなあと思えるのは、3人の若手経営陣もそうなんですが、何かやんちゃな雰囲気というか、ユニークネスみたいなものに共鳴して集まってきてくれたメンバーが揃っていることなんです。

財部:
なるほど。

遠山:
彼らはもう、いや、私もそうなんですが、もうやる気満々で「世界一のスープ屋になろう」ということを始終話しているんですね。それで、たとえば「社内ファミリー制度」(新人1人に対して、社員からお父さん、お母さん、お兄さんなどの「家族」を選んで作る)というのを始めたりとか、規模が小さいゆえゆえに、いろいろなことにどんどんチャレンジしています。

財部:
それは面白いですね。

遠山:
だから私自身は、彼らが何かを自分たちでどんどんやっていく姿をみながら、「おー、やれやれ!」というような感じになっていますが、そういう意味では非常にユニークですよね。いま、われわれがいっているのは「世界一憧れる会社になろう」、ということなんです。憧れとは、規模では決してないじゃないですか。昔は「会社の資本金がいくらで売上高がいくら」というものがありましたけど、いまの若い人はそういうところに惹かれるのではなく、その会社がやっていることの意義、価値観をみていると思うんですよね。

財部:
遠山さんにはぜひ、「振り幅」を狭くせずにやっていってほしいですね。

遠山:
そうですね。それでやっていかなければならないですね。

財部:
もう1つ、それとはまた少し違った意味で、どこをどう整合性をつけていくかという話なんですが、遠山さんは、三菱商事に籍を置いたまま起業していらっしゃいます。一方、岡本さんと新浪さんのお2人は、「籍を抜いてやるんだ」と話しています。そこの部分なんですが、遠山さんにとっては、いまの会社がベストなんですか?

遠山:
うーん、そうですね、私はまた商事に戻るという想定は全くしていないんです。商事に戻って「目指せ、本部長!」とかですね、そういうつもりは正直いってないし、期待もされていません。

財部:
はあ――、そうなんですか。

遠山:
はい。自分の言葉に縛られているという感じもありますが、私は正面から行くというよりも、仕事のときには絵を描いたり、個展をやるときにはちゃんと採算が合うようにする仕組みを考えたりして、「個人性と企業性」のバランスを取りながら、それらを自分自身の面白さというか、2枚の「カード」として使ってきたんですね。だからまあ、いまのスマイルズのメンバーは皆プロパーで来てくれていてますし、その意思決定――辞めるという判断は1回しか出来ないですから、いいタイミングを探したいなと思うんです。

財部:
いずれ株式公開、という思いはありますか?

遠山:
うーん、それもですね、「公開を語れるようになりたいねえ」、という感じですね。

財部:
何をするとかは別にして、目的としてそれに突き進んでいこう、という考えは?

遠山:
そうですね、いま集まっているメンバーには、「公開を目指して」という人はいないですね。皆、起業やスープのブランドに共感しているんです。

財部:
それはもの凄くいいお話ですね(笑)。

遠山:
そうですね、はい(笑)。

財部:
ある意味では、生き方そのものに共感していこう、ということなんですかね? 

遠山:
そうですね、あるいは企業理念ですね。私自身がいうのも変ですが、やはり私が会社を始めたのでね、どうしても私の色が濃い感じはあるんですが、「生活価値の拡充」という企業理念や「スマイルズの五感」という言葉を作りました。いま社内でこれらがもの凄く機能していて、スマイルズという会社自身がうまく回ってきているんです。

財部:
もう少し具体的にいうと、どういうことなんですか?

遠山:
「生活価値の拡充」とは、生活そのものに当たり前に価値を見出して、それを少しでも広げ、充たしていくことのお手伝いや提案をしていこう、ということです。それにはまず私たち自身がそうでありたいし、高度経済成長期にまで振り戻すのも変ですが、サラリーマンとしてがむしゃらに働いて、60歳になって「えー、何だったんだっけ、俺の人生?」ということにならないように、生活シーンにきちんとした価値を見出していこうと思うんです。それから「拡充」というのは「広げて充たす」ということなんですが、「生活価値を高める=vとか「豊かにする」というと、「質素じゃ駄目か」、「シンプルじゃ駄目なのか」という感じにもなりますからね。「高める」といういい方が必ずしも正しいとは思わないんです。

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財部:
なるほど。では「スマイルズの五感」についてはどうでしょう?

遠山:
「五感」というのは「低投資高感度」、「誠実」、「作品性」、「主体性」、「賞賛」、という5つの言葉を言うのですが、スマイルズらしさを実現していくための、行動指針です。1つひとつの言葉それぞれが、もともと我々が(ビジネスを)やってきた中から見つけ出してきたものなんです。

財部:
それぞれの言葉は、どう機能しているんですか?

遠山:
まず、@「低投資高感度」は「何でこうなっちゃうの」と感じた疑問への打開策として、私のなかにもともとあったものです。お金をかけさえすればよいものができるというのではなく、さまざまな制約や条件のなかでこそ、センスや知恵をしぼってよいものを作り上げること。たとえば現場でも、「これって低投資高感度だよね」とか、実際によくいいますね。A「誠実」という言葉にしても、ただ「いい人」というだけではなく、「相手に対してきちんというべきことをいう態度をもって誠実という」としています。時には言いにくいことも言い合う、認めたくないことも認める。それが長く続くブランド文化に繋がっていくと思います。B「作品性」とは、例えば芸術家は自分の作品が出来上がった時、最後に名前を入れますよね。スープを作ったり、注いだりするひとつひとつの動作も、作品を作り上げるように、仕事への誇り、個人の思いを追求すること。C「主体性」とは、評論家になるのではなく、まずは自分からやってみようという気持ちを込めたもの。D「賞賛」は「褒められたい」という気持ちです。結局のところ私たちは自分自身を認められたいし、褒められたいという思いがある。お互いに賞賛し、賞賛されるような関係を作っていこうと思っています。

財部:
ほおー。

遠山:
また、面接のとき、「五感」に照らし合わせて評価を行ったり。「誠実何点」とか「人に賞賛できるか」というような見方をするとか、さまざまな場面で自分なりに、その5つの言葉を使っていますね。
でも以前、それは単なる私のイメージにすぎず、社内で「遠山さん、これ嫌いかも」ということになりかねない、と悶々としていたときもありました。でもいま、この言葉を軸に、スマイルズという「人格」みたいなものができあがってきて、社員全員が「スマイルズらしさ」を、いろいろな場面で作り上げていっているんですね。

財部:
理念そのものが、ちゃんと自立しているんですね。

遠山:
ええ、自立してきたと思います。私には最初、自分で会社を始めたという自負もあって、どこか「好き嫌いも1つの魅力だ」と思うようなところもありました。でも、やはり企業理念というものがあると、それぞれの人の思いがきちんと重なっていくじゃないですか。それがですね、エネルギーとしてもの凄く大きいなあ、と感じるんですよね。

財部:
その通りですね。

遠山:
それから、私は「数字は結果でしかない」ということではないと思うんです。やはり目標としての数字があると、皆のエネルギーの向かう方向が一緒になり、「8時で閉店なんだけど、あと15分延ばしてでも予算を達成しよう」という行動が重なっていきます。そして実際にその目標が実現したときに、それらの行動がきちんと賞賛されていくという、企業として当たり前の流れというか、それぞれの人のベクトルがバーッと重なっていくのを感じますね。

財部:
それが目に見えることを実感しながら、会社が回っていくのは、とても楽しいことですね。

遠山:
本当にそうですね。

財部:
それでもベンチャー企業が大企業になると、そうした面が形式化して、誰もそれを実感しないでただ動いているだけ、というのも現実ですからね。

遠山:
ええ。その意味ではほんとうに、スープの「わかりやすさ」に対しても、非常にありがたいなあと思うんですね。スープを作る作業自体、時間ごと、1日ごと、月ごとの需要予測をしながらなので大変ですが、やりがいもありますし。でも何より、自分たちのポリシーである無添加でスープを作ってお客様にそれを飲んでいただき、「ああ、美味しい」といってもらえるのが嬉しいですね。あるいは、お客様にお叱りの言葉をいただいてたうえで、「でも美味しい」といっていただいたり――。

財部:
なるほど。

遠山:
そのように、日々行っているのが前向きなことで、それを皆が好きでやっていますから、踏ん張れるというんでしょうか。単に数字だけで「昨年2500万トンだったものが今年は2540万トンになったね」といっても実感が湧きませんが、お客様に商品を手渡し、「ありがとう」といってもらえるのはとても嬉しいし、わかりやすいですよね。そんな仕事ができてほんとうにラッキーだと思いますし、健全だと感じます。

財部:
ところで遠山さんご自身は、プライベートでは、土日はお休みなんですか?

遠山:
ええ。まあ、基本的にはそうですね。

財部:
休日は、何をして過ごしておられるんですか?

遠山:
そうですね、家族で過ごすことがほとんどで、ええ。

財部:
お子さんは何人?

遠山:
1人で、小学校6年生なんですが、去年家族でトライアスロンのリレーに出たんです。

財部:
余暇の一環で?

遠山:
ウチでは、カミさんが水泳、私が自転車をやり、そして娘が走るというスタイルだったんですが、「そんなの、トライアスロンか」という感じですよね(笑)。でも、そんな競技がロタ島にあるんです。ユニクロ前社長の玉塚さんたちから誘われて行くことになったんですが、とても1人でやる自信がなくて、「じゃあ、ウチは家族でやる」っていったんです。

財部:
はあ――(笑)。でもそこも、遠山さんが持っている「アーティスト」のイメージとはちょっと違う部分ですね。

遠山:
そうなんですよ。これは正直いって私の得意な分野じゃないんです。はっきりいって、 結構辛いですよ(笑)。

財部:
でもまあ、健全という意味では、そういうのは大きいですよね。

遠山:
そうですね。それからウチの家内はアーティストとして活動していて、「日本語と英語で読める文字」というのを作っているんです。だから何か、家族それぞれがユニークで、そうした「家族のユニット」というのが、また楽しいですね。

財部:
ありがとうございました。

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(2006年7月10日 渋谷区猿楽町 スマイルズ本社にて/撮影 内田裕子)