三菱商事株式会社 小島 順彦 氏

三菱商事はここが違う

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財部:
一般的には「総合商社」というくくりで三菱商事はとらえられますが、三井物産や住友商事など、他の総合商社と三菱商事の違いはどこにあるのでしょうか。

小島:
他の商社のトップとは結構会って話す機会がありますが、お互いにどんな経営をしているかという話はしませんから、他社との違いはよくわかりません。ただ、三菱商事としてここだけは気をつけていこうと意識していることは、社内に6つある営業グループに横串を刺して、互いに意見交流が出来る場を作ることです。組織があればそこには必ず縦割りの壁ができますよね。6つの営業グループどうしの競争も大切ですが、社内競争にばかり意識が傾くようでは会社全体の利益を損ないかねません。競争も大切ですが、これほど世の中の変化が激しくなると、それぞれの営業グループが情報を独占するのではなく、持っている情報を他のグループと共有しなければならない時代になっていると思います。情報の共有を徹底的にやること、そこですね三菱商事の特徴は。

財部:
それを始める何かきっかけのようなものはあったのですか。

小島:
2000年に出来た営業グループですが、組織図をみると、6つある営業グループの中で1番上に「新機能事業グループ」と書かれています。名称だけ見ていると分かりにくいかもしれませんが、この営業グループは本当に「機能」を扱っているのです。具体的にどんな「機能」なのかというと、組織図には"IT""金融""物流"そして最後に"ヒューマンライフ"と書いてありますが、"ヒューマンライフ"というのはマーケティングだと思っていただいて結構です。どれもみな「モノ」ではありません。商事会社がこれまでのさまざまなビジネスのなかで培ってきた「機能」なんですね。金融機能だとか、IT機能だとか、物流機能だとか、マーケティングの機能を使って新しいビジネスを作り上げようというのが「新機能事業グループ」なのですが、このグループのビジネスは、その他の5つの営業グループと常に一緒になってビジネスを展開しています。たとえば「機械グループ」のなかに開発建設というセクションありますが、そこに「新機能事業グループ」の"金融"を結びつけて不動産の証券化ができるわけです。

財部:
他にはどんな例がありますか。

小島:
「新機能事業グループ」の"物流"と「生活産業グループ」が結びつくことで、中国の物流ネットワークができあがりました。三菱商事は中国の物流ネットワークを日通さんと一緒に構築しているんですよ。中国には日系企業が数多く進出していますが、彼らは自分たちが生産した製品や、自分たちが使う原材料をできれば日系の運送会社に運んでもらいたいと考える。それを我々は「新機能事業グループ」の新しい機能を使うことで実現し、ビジネスを作りあげていくわけですが、そのためには他の営業グループとのコミュニケーションが欠かせません。

財部:
2000年にこの「新機能事業グループ」ができて、組織横断的な存在として新しいビジネスを創り出したというお話ですが、従来からある他の営業グループとくらべて、最初は利益がでませんよね。そこはどのように推移してきたのでしょうか。

小島:
「新機能事業グループ」が立ち上がったのは佐々木前社長の時代なのですが、そのグループCEOを命じられたのが私だったのです。その時私が言ったのは「グループの利益を評価する際に、他のグループを支えているんだということも含めた評価にしてくださいよ」ということだったんですね。他のグループと一緒に並べて、同じように数字で争うようになると、他のグループの協力が得にくくなります。初めから「新機能事業グループ」が単独で稼ごうとすると、他のグループとのコミュニケーションが悪くなりますからね。もっとも今では、自ら利益を上げられるグループになりました。

財部:
それにしても「新機能事業グループ」が誕生したことで、三菱商事全体に組織横断的なコミュニケーションが必然的に起こるようになった、というわけですね。

小島:
 実は私が社長になってから「グループCEO朝会」というのを始めました。6つの営業グループのトップはみな代表取締役なんですが、月に一回朝8時半から10時半くらいまで、私中心にこの6人がフリーなディスカッションをする。これが大きい。「そんなビジネスをやっているのか」「うちも協力できるよ」といった話がお互いにできるのは、すごく大事だと思いますね。

インド経済をどうみるか

財部:
じつは先日インドに取材に行ってきました。BRICsの取材で。中国はずっとやってきていたので。日本のマスメディアで取り沙汰されているイメージとは随分と違っていましたね。

小島:
どんな印象ですか?

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財部:
日本国内ではITがインド経済全体を牽引しているかのような論調が目立ちますが、それはちょっと違うなと感じましたね。「過熱するインド経済」という表現も実際に行ってみるとものすごい違和感がありましたね。インドには人々の喜びや活気というものがまったく見当たりませんでした。中国の発展のプロセスと比べると、ここが決定的に違います。頑張れば金持ちになれる、欲しいものが手に入るという当たり前のエネルギーがインドの街の風景には見当たらないんですよ。カーストの重さが、市場経済の足かせになっているなという印象でしたね。

小島:
そうですか。

財部:
インド社会ではカースト制度は厳然と存在しているし、それがまた大きなタブーになってもいます。カースト制度に関する公式な取材はすべて断られてしまいました。たしかにインド経済は成長していますが、中国とは全然違うものだと感じましたね。

小島:
たしかにインドと中国とではスピード感はまったく違いますね。ただそうは言ってもインドのITは凄いですよ。実は先日もインド人とミーティングをやったんですが、インドのITのレベルは相当なものです。日本はその技術力を使いきれていません。アメリカはITのアウトソースをインドにしているし、コールセンターもインドを頼みとしています。それから最近、アメリカ企業は財務会計と法務もインドに頼むようになっています。財部さんはバンガロールには行かれましたか。

財部:
行きました。インド第2位のIT企業であるインフォシスにも取材にいきました。

小島:
バンガロールにはIT企業がたくさんあります。IT企業のおかげでカーストの低い人たちでもお金が儲けられるようになりましたね。しかしカースト制度自体は壊れていません。例えば、結婚するなら同じカーストでなければならないとかね。それから、インドは元々社会主義でしたから、物事を決めるのに時間がかかる国ですね。しかし、そうは言っても10億人の人口は無視できません。実はその2割くらいの人たちが、中産階級になりつつあるのではないかという印象を私は持っています。我々はインドで冷凍物流をやっているんですが、このビジネスが黒字になり始めたのは2年ほど前からなんです。冷蔵庫のある家と冷凍ショーケースのある店が増えましたね。ようやくインドは動き出したな、という感じが去年くらいからし始めたんです。

財部:
もちろんITはすごいということは理解しているんですけれど、ITがインド経済を牽引するというのはちょっと違うのかなという感じを僕は持っています。たしかにIT企業に勤めている人たちは高所得で、彼らが消費の原動力になっているというのもその通りです。しかしインドの場合、GDPの形成に関与しているのはせいぜい2億人で、残りの8億人は無関係だという話を現地でずいぶん聞きました。しかもIT産業がインドのGDPにしめる比率は3%です。全人口の5分の1(2億人)しかGDPの形成に関与しておらず、なおかつそのうちの3%しかIT産業は占めていないということです。たしかにITの技術レベルは高いけれど、IT産業がインド全体を牽引して、中国のような急成長をとげるとはとうてい思えません。

小島:
そういうことでしょうね。たしかに中国の経済成長と比べるとスピード感は違いますが、そうはいってもインドは止まってはいなくて、動いています。もっとも中国は中国で沿岸部と内陸部との所得格差が大きな問題になっています。中国政府がいま一番悩んでいるのはそこですね。

財部:
そうですね。しかしそうは言っても中国は、共産主義を逆手にとって、上手にハンドリングしているなという印象を僕はもっていますね。

小島:
そうそう。中国では、例えば、道路を造ろうということになったら、すぐできてしまいますからね。

BRICS

財部:
BRICsという言葉があります。2003年にゴールドマンサックスが発表したレポートの中に登場した造語ですが、そのレポートによれば2050年の世界のGDPランキングは現在とはさまがわりになります。世界の第1位は中国、2位がアメリカ、3位がインドで、4位が日本、5位がロシア、そして6位がブラジルだというわけです。このシナリオにどの程度のリアリティがあると思われますか。しかしアメリカもすごいですよ。私はニューヨークに1985年から1992年まで7年いたんですが、その当時のアメリカの人口は2億1千万人でした。それが今や2億9千万から3億になろうとしています。先進国であれだけ人口が増えているというのは凄いことなんですよ。ヨーロッパも日本も人口減少社会を迎えようとしています。それを考えると、アメリカは凄い。しかし中国が今の勢いを続けていけば、トータルのGDPでいずれはアメリカを抜くでしょうね。一方、インドが日本を抜いて世界第3位になることがあるとしたら、それがいったい西暦何年になるのか。それはちょっとわかりませんね。

小島:
人口一人当たりのGDPであれば、やはりアメリカ、日本というのは2050年になっても上位にいると思いますけどね。たしかに中国はあれだけの人口を抱えているわけだから、経済規模だけをとれば、侮れないことも事実です。

財部:
しかし中国もインドも大きく成長していくことはまちがいない、ということですね。

小島:
そうですね。中国とインドはたぶん大きな消費市場を作っていくと思います。一方、ロシアとブラジルは、どちらかというと資源でもの凄く盛り上がっている国です。資源大国ですね。

財部:
ロシアの将来性はどうご覧になっていますか。

小島:
ロシアというのは、なかなか難しい国ですね。資源の価格高騰でロシアは国際社会の中で自信を持つようになりました。そのことで、我々のビジネス展開上、どのような影響があるのか、よく考えなければいかんなと思っています。従来、ロシアは第1次産業と第3次産業が非常に強いのですが、第2次産業は得意ではないという印象を持っています。ロケットや飛行機などの軍事関連技術は高いけれど、民生用の製造業は決して得意ではない。ただし、トヨタさんが今、工場を建設しているし、旭硝子さんなども進出しておられます。ロシアは変わりつつありますから、そこはきちんと見ていかなければいけませんね。

財部:
ロシアの第1次産業と第3次産業についてもう少し詳しく聞かせていただけますか。

小島:
第1次産業についていえば、金属資源もエネルギー資源も豊かですね。これがロシアの大きな強みです。我々もサハリンでエネルギー開発をやっています。第3次産業の活況ぶりはモスクワやサンクトペテルブルグの消費をみればわかります。金持ちがいっぱいいるんですよ。世界で一番ベンツが走っているのはモスクワだといわれています。100ドル紙幣についても面白い話があります。アメリカでは100ドル紙幣は高額だからあまり使われないというのに、モスクワへ行くと100ドル紙幣があふれているという話もある。要するに金持ちがたくさんいるんですね。ただし、投資をして簡単にリターンが出る国だとは思っていません。我々は、資源投資はしていますが、実はそれ以外の投資についてはそれほどしていないですね。資源以外はこれからです。

財部:
そうなんですか。今日は長い時間、ありがとうございました。

(2006年3月15日 千代田区丸の内 三菱商事本社にて/撮影 内田裕子) photo