コクヨ株式会社 代表取締役会長 黒田 章裕 氏
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「お客様の価値を生むため“信頼の連鎖”をつくっていく」

コクヨ株式会社
代表取締役会長 黒田 章裕 氏

財部:
今日はありがとうございます。まずは、ご紹介者のセーレンの川田社長とはどういうご関係でしょうか。

黒田:
セーレンさんにはコクヨの事務用回転イスの生地などを作っていただいております。セーレンさんとは長く取引があったのですが、川田社長のことは存じ上げていませんでした。川田社長が社員の投票で社長になられた頃、ずいぶんメディアで取り上げられて、ああ、セーレンの川田社長はすごいのだな、と知ったのです。川田会長のご自宅がご近所と知り、以来ミズノの水野社長と3人でゴルフをご一緒したり、福井のセーレンさんの工場を見学させていただきました。業容を海外に拡大されたり、M&Aをされるなどユニークかつ大胆、スピード感をもって経営されています。福井のほかに神戸にもご自宅があるのですが、じつはご近所でして、それからゴルフをご一緒したり、工場を見に行ったりとお付き合いが始まりました。ビスコテックスという巨大な工場をほんの数人でオペレーションしているのを見て本当に驚きました。ボタンを押すだけでタイの工場で同じ生地ができたりと、すごい工場でした。自宅へも呼んで頂きまして、じつはミズノの水野社長もご近所で、ミズノさんもスポーツウエアをセーレンさんで作っておられる。三人でいろいろな話をしています。川田社長は非常にユニークな経営をされていて、新しいことを恐れずにどんどんやっておられますよね。

財部:
そうですね、ずいぶん革新的だと思いました。セーレンさんの工場はぜひ行ってみたいですね。

黒田:
川田社長へ一方的に心服をしていたところに、今回、財部さんとの対談のお話を頂きました。私のような会社が、財部さんと話をするというのは分不相応だとは思うのですが、せっかくの機会ですし、会ってお話すれば川田さんも喜んでくださるということで、今回お受けした次第でございます。

財部:
そうでしたか。確かに川田社長には人にノーを言わせない迫力がありますよね。

黒田:
はい、そう思います(笑)

コストから成果へ、オフィスの評価基準が変わってきた

財部:
今回はお受けいただきありがとうございます。僕はこのようにいろいろな会社に伺って、経営者の話を聞いているのですが、最近、日本のオフィスはずいぶん洗練されてきました。コクヨさんの仕事の質もずいぶん変わってきたのではないでしょうか。

黒田:
そうですね。企業のオフィスには大勢の人が働いておられます。高度成長期の日本において価値を生み出す場といえば生産現場。工場への投資が優先していました。ところが1990年頃から流れが変わり、オフィスへの投資が行われるようになってきました。もちろんそれ以前もオフィスへの投資はありましたが、事業拡大の中、新社屋を建設したが、予算が余ったのでイスや机も新しくしよう、または、優秀な人材を確保するため働きやすく見た目も綺麗なオフィスにしよう、という感じでした。今はマネジメントの意識もまったく変わり、生産現場で生む価値だけでなくオフィスで創り出す、すなわち「人」が創り出す価値も大変重要だという意識が大きくなってきました。社員の一人ひとりが価値を生み出すオフィスが要求されるようになってきたのです。そこでは「人」が主役です。「人」がやり甲斐をもって働ける場、そのためにも人と人とのコミュニケーションがストレスなくとれるオフィス環境といったお客様の新しい期待値が出てきています。

財部:
そこに到るまでにはコクヨさんの様々な取り組みがあったとだと思います。いまではホワイトカラーの生産性を高めるためには、まずオフィスを変えるというのが、当たり前になってきましたね。

黒田:
ありがとうございます。振り返ると、昔は100人社員がいたら、同じイスを100脚そろえるというのが普通でした。しかし日本経済が低迷し合理化が進む中、業務の見直しが起こり、一律に価格が安ければよいという考え方から、その業務に求められる価値を社員が十分発揮するためのレイアウトや機能、特徴が求められるようになりました。受付、来客接遇コーナー、企業PRコーナー、一般事務ゾーン、役員ゾーン、食堂など、求められる目的・機能は違います。各所で役割を担っている社員にどのような環境やレイアウト、家具があれば価値を発揮し続けられるのか、といったことを考え、投資される企業が増えてきました。

財部:
オフィスへ投資という点でいうと日本はずいぶん遅れていたと思います。海外取材でグローバル企業の本社を訪れると、どこも素晴らしく洗練されたオフィスです。中でもとくに強いインパクトがあったのはスイスのジュネーブにあるプライベートバンクでした。顧客をもてなす部屋、バンカーたちのオフィス、頭取の部屋もすべて見せてもらいましたが、どれも最高級のしつらえです。銀行内に最高級のレストランが入っていたのも印象的でした。

黒田:
そうですか。

財部:
世界の富豪たちを相手にするビジネスとはこういうことかと、オフィスを見ただけで思想が伝わってきました。その後、2000年頃になるとIT企業の取材が増えました。シリコンバレーに行くと、今度はもう建物自体で会社の思想を表現している。強烈なオリジナリティと革新性ですね。中に入るとオフィスの概念を越えて自由そのもの。モチベーションアップ、リラックス、クリエイティビティを発揮させようと、いろいろなしかけがありました。

黒田:
日本も遅ればせながら、そういうオフィスを希望されるお客様が増えています。トップ自らが「このオフィスではこういう成果を出したい」とはっきり仰るようになりました。我々は予算の中で出来るだけ希望に沿うものを提案させていただきますが、ずいぶん変わってきたのは、以前は見積もりをお見せすると「わかった、で、いくらでやってくれるの」という値下げの要望が真っ先に来たのですが、最近はプランニングしながら、お客様が求められる価値を出すためにはここはちょっと費用がかさみますが、その分のこのエリアではコストダウンが可能ですがいかがでしょうか、というご提案を重ねて、完成させていくということが多くなりました。

財部:
クライアント側も、安くできれば良いという単純なコスト意識から抜けだして、新しいオフィスが完成した後に、どこまで業務効率が良くなるか、どこまで生産性を高められるか、というプラスαの価値観に変化したということでしょうね。

黒田:
まさにそのとおりです。私の過去の経験ですが、ある大企業のオフィス新設を担当した時、金額面のご協力でお客様の予算を削減することができ、クライアント側のご担当者が社長賞をもらったことがありました。数年後、その会社にまたオフィス新設の話が出まして、ご担当者は今度も社長賞をもらおうと意気込んで、また弊社に値引きを頼もうと思っていたら、社長から「今度は海外事業部だからアメリカ流のオフィスをつくってくれ」と指示があり、これは弱ったなという状況になったのです。

財部:
前回と同じようにはいかなくなったのですね。

黒田:
そうなのです。困ったご担当者が私に「黒田くん、うちのニューヨークオフィスがちょうど引越しを終えたばかりだから、できたらちょっと見てきて欲しい」と依頼されました。そこで、米国出張の折にニューヨークに足を伸ばし、社員の皆様たちにオフィスの感想を聞いてまわったのですが評判はよくありませんでした。アメリカ流オフィスは日本人には働きにくかったのです。

財部:
アメリカと日本では人事システムが違いますね。日本のような年功序列というヒエラルキーもありませんし、人が流動的ですからボスや同僚がどんどん変わります。文化が違うのにオフィスの形は一緒というわけにはいきませんね。

黒田:
やはりそこで働く人が働きやすくなければ作業効率は下がります。帰国し、現地の意見を盛り込みながらプレゼンをしたら高く評価してもらえました。既製品だけで希望のオフィスを実現するのは難しかったので、カスタマイズしたものを織り込んで提案した結果、金額はずいぶん上がってしまいました。社ご担当者は渋い顔をしましたが、なんとか予算内に収めることで納得してもらい提案通り納品させていただきました。前回ほど費用は圧縮できませんでしたが、その方はまた社長賞をとったのです。受賞理由は、働きやすいと社員が評価したことでした。オフィスそのものが評価されたのは本当に嬉しかったですね。

財部:
本質的なところで評価されるようになったのですね。

黒田:
そうです。オフィスに対する評価基準が以前と変わっていました。その後、ご担当者から聞いた話ですが、前回社長賞を受賞した時、社長から金一封と表彰状をもらったのに、翌週エレベーターで会った時に一言も声も掛けられなかった。でも二回目の受賞の時、もっと間をおいて会ったのに、「○○くん、あのオフィスで皆は元気に働いているか」と、名前を呼んでもらえたと喜んでいました。価値を生むことはこのように評価されるのだ、と感じたそうです。

財部:
象徴的な話ですね。

黒田:
これは良い体験だったと思います。