野村ホールディングス株式会社 グループCEO 永井 浩二 氏

お客様の「何かいいの」の「何か」の理解を深めていく

財部:
この10年、銀行の窓口や銀行系の証券会社で、投資信託などリスク商品を売るようになりました。とても印象的なのは、かつての証券業界には、顧客のニーズというよりは、供給者の都合で、これを売ろう、あれを売ろうという風潮がありました。ですから銀行業界が参入してくることで僕が期待したのは、投資家保護も含め、金融商品を取り巻く環境はこれでずいぶん変わるだろうということでした。ところが驚いたことに、誰が担い手になっても変わらなかった。投資信託ビジネスは結局、手数料×量、なんですね。残念ながら顧客ニーズとは関わりなく販売されているわけです。

永井:
顧客ニーズに合わせてということを強く意識していますが、まだ商品ありきという部分はあります。

財部:
こうした販売の仕方は証券業界の悪しき慣習だと散々言われてきたわけですが、誰が参入しても同じだったという、ここはどう考えたら良いのですか。

永井:
これは本当に難しい問題です。 私が社内で良く言っているのが、金融、特に証券会社は、「目に見えないサービス」を売っているということです。例えば、クルマを買いたい人はあらかじめ欲しいクルマを決めてから買いに行くと思います。あのクルマ、とまでは行かなくても、スキーに行くから四輪駆動が欲しい、高速道路を飛ばしたいからスポーツタイプが欲しい、と方向性は決まっていると思います。ですからセールスサイドもそれを察してスポーツタイプを買いに来た人には四輪駆動は勧めたりしません。しかし、証券会社に来られるお客様というのは、例えば「グロソブ(グローバルソブリン)を下さい」とか、具体的な商品名を言うお客様はまだ少ないです。

財部:
なかなかいませんよね。

永井:
「今、お金があるのだけど、何かいいの、ない?」と来る人がほとんどですよね。

財部:
そうですね。

永井:
そうすると、「何かいいの」の「何か」とは、そのお客様がどのくらい金融知識や投資経験を持っているのか、バックグランドを理解したうえで、そのお客様にあった「何か」を勧めなければいけません。その理解が不十分だとお客様にとっての「いい」ではなく、セールスサイドにとっての「これが一番いい商品です」になってしまいます。そこが、目に見えるものを販売するメーカーさんと、目に見えない有価証券を販売する証券会社では違うのだと思います。証券会社のお客様には、商品を買って頂いているというより、その商品を通して、それを勧める営業マンの価値感や人生観といったら大げさですけど、そういったものを買って頂いているのだと思います。

財部:
そうですね。お客様自身もどうしたいのかはっきりわかっていない場合が多いですね。ですからセールスサイドの都合で商品を勧めてしまう。その際、銀行は個別の対応ではなく、支店として商品を勧めて、支店として説明責任を果たしていくことが大切だといいます。それはそれで正しいのですが、営業個人の能力に光を当てていないという点では、まったく証券会社とは対照的なカルチャーだと感じます。

永井:
私は銀行員をやったことがないので正確なことはわかりませんが、預金や融資といった銀行業務に比べて、証券業務では、担当者の価値観や判断による部分が大きいのではないだろうかと思います。

財部:
永井社長はずっとトップセールスで来たと聞いていますが、心がけてきたことはありますか。

永井:
あまりかっこ良くないのですが、やはり努力の量だと思います。営業にはあまり才能は関係ないというのが持論でして、若い頃に言われたのは、「トップセールスとは、もっとも多くの断りを受けた者の称号である」と。なるほどな、と思いました。1日100件外交する人と、1日200件外交する人。両者にどれだけ才能の差があっても、200件外交する人にはかなわないと思うのです。

財部:
普遍的な真理なのでしょうね。

永井:
そうだと思います。

財部:
野村證券の歴史を振り返ると、不祥事の後に経営陣の空気感は変わりましたよね。僕の言葉で言えば、自由奔放にやり過ぎて、管理型の会社へとシフトして、また流れが変わったような気がします。そんなものは時代が変われば変わるのだと言ってしまえばそうですが、ここ最近の野村證券という会社の存在感は、寂しい感じがします。僕はほんのわずかな期間しか野村證券にいませんでしたが、このまま銀行系証券との差がなくなってしまうことは、マーケットにとって良くないことだと思っているんです。資本市場とはこういうものだ、直接金融とはこういうものだ、というのを野村・大和で強烈に見せてほしいなという個人的な思いがあります。

永井:
確かに、同じ金融でも、資本市場や直接金融に本業を据えている会社は、独立系大手では当社と大和証券さんくらいしかありません。銀行を中心とした間接金融は決済機能をもっていますし、やや違う立場だと思います。まだまだ間接金融王国である日本の経済において担っている役割は結構大きいと思います。恐らく我々が意識している以上に大きいのでしょう。ですからその役割はきちっと果たしていきたいと思っています。

「グローバル化のためのグローバル・ビジネスから、お客様のためのグローバル・ビジネスへ」

財部:
海外戦略についてお伺いします。長いこと取材してきて、多くの日本の会社はいまだドメスティックで、真のグローバル企業はとても少ないと感じています。海外売上高比率が高ければグローバル企業とみなすのかもしれません。でも実際、新興国を取材していますと、どこも苦戦しています。新興国でモノを造るのはそんなに難しくはありませんが、モノを売るのは大変難しい。先進国相手の商売が上手く行っていたのはビジネスのためのインフラが整っていたからで、代金を取りっぱぐれるということはあまりありませんでした。ですから先進国と同じ感覚で新興国に進出した企業はみんな痛い目にあっていて、取材を申し込んでも断られるケースが多くありました。

永井:
そうでしたか。

財部:
ところが、いつでもどこでも歓迎してくれる日本企業が数社ありました。味の素、ヤクルトなどがそうでした。何が違うのかというと、上手く行っている日本企業は、日本人が徹底的に現地化して、それによって、現地の従業員との信頼関係を構築していたのです。 日本企業の駐在員はみんな同じマンションに住んだり、同じ地域に集まりたがりますが、そうすると日本人村のようになってしまい、現地人や現地の文化に触れることがなくなってしまいます。味の素は、日本人駐在員は同じ町に住んではいけないというルールがありました。

永井:
日本人同士でかたまるなということですね。

財部:
そうです。現地の人と日常的に付き合って下さいということですね。それが現在セキュリティ上、許されるかどうかという問題はありますが、そういう事をやっている会社はやはりマーケティングがずば抜けています。日本人がマネジメントとして君臨しているのではなく、現地社員と一緒に小売店に出向いて市場開拓をするのです。そうすると例えばブラジルには「味の素」のようなうまみ調味料は概念として理解されない、このままでは売れそうもない、とわかる。すると、「ブラジルの人はスープ好きだから、まずスープを売ろう」と、現地社員に任せて商品開発を進めて、テレビコマーシャルまでつくってしまう。その結果スープが大ヒットするのですが、「このスープが美味い理由は味の素なんです」といって、そこからうまみ調味料を売っていく。このようなやり方で中国でもタイでも成功しています。

永井:
そうですか。参考になりますね。

財部:
現地法人をマネジメントする際に、先ほどのお話ではありませんが、「断られた数こそがトップセールスの証」を日本ではできるのに、海外に行くとまったく出来てないというイメージがすごく強いのです。永井社長もこれからはアジアの時代だという話をされていますが、そういう所が改めて問われてくるのではないかと思っています。

永井:
そのとおりです。たしかに、グローバル化というのは、すごく難しい経営テーマですね。 昨年CEOに就任した時に、あらためて、「当社は何のためのグローバル・ビジネスをやっているのか」という点について考えてみました。下手をすると、グローバル化のためにグローバル・ビジネスをやっているみたいなところがあったのです。野村證券は1925年に創業し26年に営業を開始したのですが、その翌年にはニューヨークに出張所を出している。「だから海外進出は野村のDNAなのだ」と言うわけです。誤解を恐れずに言えば、良くわからない中で、何となく、そうなのかなということで、当社はグローバル化をやってきたような所もあるような気がします。 では、なぜグローバル・ビジネスをやるのかと本気で考えた時、出した結論は「お客様のニーズがそこにあるからだ」ということですよね。少子高齢化で内需は伸びない。企業のお客様は必死になって海外に出て現地化をやろうと思っておられる。そういう時に野村に相談しても、当社にまったくその機能が無い、ファシリティーがないということになったら、当社は全然相手にされなくなってしまいます。

財部:
そうですね。