楽天株式会社 代表取締役会長兼社長 三木谷 浩史 氏
「多面的な価値提供」でITのグローバル・ジャイアントに挑む
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「多面的な価値提供」でITのグローバル・ジャイアントに挑む

楽天株式会社
代表取締役会長兼社長 三木谷 浩史 氏

財部:
辻調理師専門学校の辻芳樹理事長とは、どういうご関係なのですか。

三木谷:
17年前になりますが、辻調理師専門学校のある方から、同校で出版しているレシピ本をネットで売りたいという話をいただき、「1度うちの校長に会って下さい」と依頼されました。僕は当時30歳で、辻さんのお父様はもう亡くなっていたので、相当年上の方なのだろうと思っていたのですが、じつは同い年でした。辻さんは「楽天市場」がまだ10店舗か20店舗の規模だった頃に出店してくださったのです。

財部:
そういうご関係なのですか。

三木谷:
それ以来、ずっと親しくさせていただいていて、同世代の経営者としていろいろな話をしています。お酒を飲んだり、仲間のような感じでお付き合いをしています。

財部:
2000年代初頭にIT起業家が多数登場しましたが、その中で存在感を大きく高めた人もいれば、市場からの撤退を余儀なくされた人もいるというように、現実は非常に悲喜こもごもです。IT分野に限らず、ありとあらゆるジャンルで同じようなことが起こっていますが、三木谷さんは、リアルなビジネスとITを両立させてパッケージ化し、「流通サービス産業」とも言われるようなビジネススタイルを作り上げた、数少ない経営者の1人です。2008年以降、本格的なグローバル化にも着手されました。この15年で、三木谷さんが経営者として一番変わったことは何でしょうか。

三木谷:
変わったことですか。自分自身のことについて判断するのは結構難しいですね。自分の中では本当に、まだ駄目だと感じているので、より戦略的にならなければなりません。自分の周りは変わったと思いますが、逆に言うと、自分自身はほとんど変わっていないのではないかと感じています。

財部:
ご自身は変わっていない、と。

三木谷:
自分の周りでは、たとえばアメリカに行けば、ほとんどのインターネット企業が僕のことを知っていて、いろいろな提携の話もできるようになりました。そのように周りの「景色」は変化していますが、私本人は性格的にも能力的にもあまり変わっていないと思うのです。

財部:
事前にお答えいただいたアンケートを拝見し、「好きな本」に挙げられていた『死ぬことと見つけたり』という回答に目が釘付けになりました。小説家の隆慶一郎さんの作品ですが、この本の主人公はおそらく究極の自己完結型の人物だと思います。三木谷さんはそういうところに、ある種の共感を覚えていらっしゃるのかなと推測していたのですが、いかがですか。

三木谷:
これは、起業の原点ですよね。

財部:
起業の原点。

三木谷:
はい。この15年間でインターネットの世界には多数の企業が登場し、さまざまな企業が急成長しては、姿を消していきました。浮き沈みが激しいというか、非常に新陳代謝の激しい業界なので、本質を常に見極めていくことが重要であり、失敗を恐れてはいけないと思います。当然、間違えたと思ったときはすぐに修正しなければなりませんが。いずれにしても「他の人がやっていないから」とか「世の中のトレンドがこうだから」というだけでなく、さらに「世の中になぜそういうトレンドが起こっているのか」という本質を見極めたうえでやればいいのでしょう。でも、トレンドをチェイス・アフター(追いかける)しているだけでは、なかなか成功しないのも事実です。もっと言うと「なぜその事業をやりたいのか」という本質的な部分がなければ、永続的なものは生まれないと思います。

財部:
そうですね。

三木谷:
最近、僕はシュンペーターを研究し直していて、自分なりに「イノベーションとは何か」を再定義しようと思っています。改めて(彼の本を)読み直すと、今インターネットの世界で実際に起こっているさまざまな現象は、シュンペーター的なフレームワークに当てはめると、ほとんど説明できてしまうのです。僕が、なんとなくこうだと感じていた将来観や世界観、その中でビジネスを進めていけば、ある程度うまくいくだろうと思っていたことが、すべてここに書いてあったという感じです。起業15年目にして、シュンペーターがすべてを語り尽くしていたと気付きました。リベラル・アーツ(一般教養)が、小手先の技術やインターネットのトレンドに対する若干の理解よりも重要だということを思い出したところが、今までとは違う部分かもしれません。

財部:
今お話を聞いて改めて伺いたくなったのですが、最近、猫も杓子もグローバル化と言い始めています。ところが僕自身は取材をする中で、日本企業はグローバル化しているとか、メーカーはグローバル化しているというのは大間違いだと感じています。「モノがあるからメーカーは国際化しやすい」というアナリストや評論家が多いのですが、彼らは本質を見誤っていると思うのです。

三木谷:
なるほど。

財部:
それはなぜかというと、日本の自動車業界もエレクトロニクス業界も、はっきり言うと成功したのは先進国だけなのです。つまり、良いものを作って売ったときに代金が回収できる社会的なインフラや商慣行、あるいは代金が未回収になったときの法的な担保の仕組みがあるところでのみ、うまくいっている。その一方で、これからは新興国だと言ったとたんに、ロシアもインドも中国もすべて失敗です。自動車メーカーを始めとして、おそらく誰も中国ではまだ利益を上げていないのではないか、と言いたくなるようなレベルなのです。

三木谷:
そうですね。

財部:
なかでも中国は新興国ビジネスの難しさを象徴する国です。僕も約20年取材していますから、とんでもない国だということはわかっているし、逆に見事に変わってきている部分があることもわかっています。いずれにしても、中国では本当にごく少数の企業しか代金の回収ができていない、つまりビジネスが成り立っていないのです。だから僕は、三木谷さんが2010年に中国に行かれたとき、本当に中国に進出していいものかと、じつは少し冷ややかな目で見ていました。

三木谷:
失敗しましたけれどね(笑)。

財部:
でも、素晴らしかったのは撤退の早さです。中国の大手検索サイトの「百度」(バィドゥ)と提携してバーチャルモール「楽酷天」(ラークーティエン)をオープンしたのが2010年10月で、それから約1年半で撤退しています。なぜ中国進出が失敗したのかについての分析と、なぜ早期に撤退したのかという理由、それからなぜ「もう1回やる」とおっしゃっているのかについて、考え方を聞かせていただけますか。

三木谷:
撤退というよりも「一時後退」という気持ちです。eコマースやインターネットショッピングの重要なポイントとしては、品揃えが十分あり、買い物をしやすいインターフェイスがあること、商品に対する信頼感があり、価格的に魅力があること。そこに集客力がついてくればビジネスがうまく回り出すのですが、そこに到達するのが難しい。とくに、われわれのような市場型のビジネスでは、このグロース(growth)のサイクルに入るまでが難しいんですね。

財部:
他にも中国市場ならではの難しさがありますよね

三木谷:
そうですね。僕たちが日本でやってきたやり方を中国で実践しようと思いましたが、悔しいけれどそれでは通用しませんね。別の方法でやらなければ駄目だと思いました。正直な話、中国には偽物が多いこともありますし、バブル状態ということもあって、とくにeコマースでは、中国企業は利益のことなどあまり考えていないんです。加えて、商品に対する信憑性や信頼感は気にしなくていい、商品の配送もそんなに考える必要はない、という感覚なんです。そんなところに、日本と同じビジネスモデルを持って行っても難しいですね。

財部:
顧客に対する責任感が日本企業とはまるで違いますよね。細かいところに一切こだわらないと言いますか。今、中国で成功しているeコマースモデルは。

三木谷:
「楽天市場」の真似をした「淘宝」(タオバオ)というECサイトが成功しています。うちの真似をして成功したからと言って、文句を言う筋合いもないのですが、こうした状況の中でやっていくには、今の延長線上に成功はありません。組織の作り方から現地での人材登用の方法、ビジネスモデルまでを含めて、別のアプローチでいかなければ駄目だと実感したのです。そこで面子を失うことなどどうでも良いと思いまして、いったんサイトを閉じました。じつは、もう新しいプロジェクトも始まっています。

財部:
それは、いつ頃にサービスが立ち上がるのですか。

三木谷:
まだ決まっていませんが、今までやってきたことの反省と、今後中国市場の分析、中国での現地マネジメントの方法など、あらゆる角度から(プランを)もう1回練り直しているところです。

財部:
僕が中国をずっと見てきて非常に印象的だったのは、日本の製造業と今の「楽酷天」の話は、ある意味で重なっているということです。業種業態は違いますが、中国という国の固有の文化や仕組みが影響しているのだと思います。多くの日本企業が中国で失敗している中で、圧倒的に成功しているのが、サントリーや味の素、キッコーマンなどの食品会社。機械系のハイテク商品を売っている会社は、ほとんど失敗しています。

三木谷:
どこに違いがあるのですか。

財部:
サントリーが90年代の終盤に中国でビールを売り始めた頃、類似品は出てくる、卸業者は商品を店舗に卸さずに自分たちの間でぐるぐるまわして、いったい誰から代金を回収すればよいのか分からない状況でした。当時サントリーには中国の専門家がいなかったので、海外営業に長けている社員を10人ほど結集させた。キリンとアサヒなどのビール大手は最初から中国全土で売ろうとしていましたが、サントリーはまず上海だけでやろうと目標を定めました。サントリーは上海を100余りのブロックに分けて、ブロック内でサントリービールを扱う業者を「1小売1卸」と決めて、誰に商品を渡して、誰から代金を回収するのかを明確にしたんです。

三木谷:
そうですか。

財部:
そして、サントリーの現地法人の日本人社員と中国人社員が自転車に乗って、屋台のような店舗まですべて回り、「あなたのところにビールを売りに来る人はこの人です。この人以外から買ったら2度と取引しません」と言って卸しを紹介し、正規商品の取り扱い店である証としてサントリービールののぼりを配った。こういうところから始めたわけです。気の遠くなるような話ですが、あの国にはきちんとした代金回収のインフラや、約束を守るという社会的な習慣がない。だから約束を守る人たちを選び、それを維持するためのインフラを自分たちで作ったのです。いま中国で成功しているケースは、ほとんどがこのパターン。中国とは、そういう部分が依然としてお構いなしの国であるということに注意して、独自の仕組みを作っていかなければ駄目ですね。

三木谷:
本当に、別のやり方が必要ですよね。言い方は悪いですが、僕は(中国では)商品を買っても代金を払わないということまでは、正直考えていませんでした。それをどうしたら良いのか考えた時、中国で成功したいなら既成概念にとらわれず、今までのやり方を変えなければダメだと分かりました。いずれにせよ、今回は失敗したと認め、いったん退いてやり直そうと思います。