日本郵船株式会社 代表取締役会長 宮原 耕治 氏

財部:
対策はどうなっているのですか?

宮原:
国連の安保理で何度も決議を行い、20数カ国が艦艇をそれぞれ2、3隻ずつ派遣して警備に当たっています。日本からも自衛艦を2隻出してもらっていますが、全部で30隻ぐらいしかありません。私も去年の夏に現地に行って、上空から見ましたが、広大な水域なので、海賊が乗った小船がいったん海に出てきたら、もう捕まえられません。未然に防ぐことは不可能で、襲撃されたという通報があって初めて駆けつけるという状態です。そのため現在40隻ぐらいが拿捕されたままではないかと思いますが、今のところは日本の船はないですね。

財部:
それはなぜですか? 日本は安全保障上、何も手が出せない国だと思うのですが。

宮原:
日本の自衛艦の護衛がなかなか優れているのです。P3Cという哨戒機も2機出ていて、上空から素早く情報をキャッチしていることもあると思います。実は当グループの貨物船も1隻、海賊に乗っ取られて約4カ月拘留され、先日にやっと解放されました。

財部:
そうなんですか。

宮原:
このような状況なので、もう一段上の警備体制を、国連で構築していただくしかないと思います。そのイニシアティブを日本で取っていただけないかと、国交大臣、外務大臣や防衛大臣にお願いしてきました。それから石油連盟の天坊会長にも先日お会いして、「これは船会社だけの問題ではない、もしホルムズ海峡が通行不能になると原油が来なくなってしまうので、一緒に声を上げていきましょう」とお願いしました。これ以上エスカレートしていくと、シーレーン(海上交通路)というか、日本の生命線である同海域が非常に危なくなります。

財部:
素人の質問で恐縮ですが、海賊の問題について、そういう話があることは認識していますが、大型の船舶が襲われて拿捕されてしまうのは、何となくイメージしづらいものがあります。体当たりをしてでも逃れられないのか、という気もするのですが、難しいのですか。

宮原:
海賊は機銃を乱射したり、最近はロケット砲まで持っていますから、抵抗すると撃たれて人命に問題が出たり、船に穴があいて大変なことになるので停船せざるを得ません。ただし、海賊に襲われて捕まる率は2割程度です。残り8割は、おっしゃるようにフルスピードでジグザグに航行して(海賊船が)近づけないようにしているため、7、8万トン以上の大型船はこれまで比較的捕まっていません。ところが3〜5万トン以下の小さな船はスピードがあまり出ないため、狙われて拿捕されるのです。

財部:
税も海賊も、日本国内でもう少しきちんと認識してもらわなければならない問題です。特に海賊については、いまだにソマリア限定の話だと社会的には認知されていますよね。

宮原:
業界紙ではいろいろと書いていますが、一般紙にはもう少し、その辺も書いてもらいたいと思って動いています。それから税制の問題は結局、投資能力の差になってきます。デンマークのA.P. モラー・マースクという世界最大の船会社がありますが、同社はつい先日、世界最大級のコンテナ船を30隻注文すると発表しました。そのコストは全部で57億ドル、約5000億円ですが、彼らにとってはそれぐらいの額は何でもありません。というのも、同社の税引前利益が今年5000億円ぐらいで、おそらく税金は10%も払いません。その差は毎年積み上がってきていますから、2、3年分で(30隻の船が)買えてしまいます。しかも、自己資金で金利も発生しないので、これが次の5年、10年の競争力になって出てくるわけです。

財部:
それは大きな差になりますね。

宮原:
昨年、成長戦略について前原前外相などと話したのですが、これは決して海運業だけの話ではありません。これまでも海運会社が利益をあげた部分は、投資に回してきています。われわれの場合、新しい船の発注先は8割が日本の造船会社。2割は韓国や中国に行くこともありますが、日本の造船会社もそれで潤うわけですから、と申し上げております。

財部:
私も家電業界の取材をしていますが、サムスン礼賛はもうやめたほうがいいですね。同社にも確かに良いところはありますが、結局は為替と税制の話であり、投資余力についてもまったく同じ構図です。サムスンも5000億円規模の投資はどうということはないので、パナソニックやソニーは厳しい状況に追いやられています。そういうアンバランスな競争環境を一概に比較するのは間違いで、ましてや「日本は駄目だ」と落ち込んでいくのはナンセンスな話だと思います。

宮原:
本当にナンセンスですね。為替も、ウォンの話もありますし、サムスンにもさまざまな税の控除があるのではないですか。

財部:
実際、10数%ではないかという人もいますね。

宮原:
実効税率がですか、それは大きいですね。

財部:
ところで、この「経営者の輪」ではアンケート(「経営者の素顔」)をお願いしているのですが、吉村昭さんの本は私も大好きです。吉村さんの本を挙げられる方は結構少ないのですが。

宮原:
少ないですかね。

財部:
これは具体的にいいますと、どんなところがどんな風に?

宮原:
司馬遼太郎さんの場合、読み物としてははるかにドラマチックというか、そういう味付けがしてあります。吉村さんの方は、多少の推測はあるかもしれませんが、本当に事実、事実ですから味気がないですよね。そこがいいんです。記述も良いし、同世代というと大先輩に失礼ですが、人間の捉え方がやはり近いものを感じます。吉村さんが書いた『私の流儀』という小さな文庫本があるのですが、私はそれをトイレに置いて時々読んでいます。短文ですが、どれも「う〜ん」と唸らされるところがありまして。たるんではいけない、という感じですね。

財部:
私もジャンルこそ違いますが、書くという意味では同じ職種です。ところが私から見ると司馬遼太郎さんはまったく別分野。吉村昭さんの場合は、人間のむき出しの性のようなものが、もの凄いリアリティで書かれていて、私はそういう部分を相当意識しています。会長もアンケートに書いておられますが、吉村さんは日本人というものを意識して物事を評価したうえで作品を書いており、私も時々本を読み返すたびに、うまいなあと思っています。

宮原:
最近は、若い人の小説もあまり読めないし、読んでも分からない世界になりますが、吉村さんの本を読むと安心しますね。

財部:
たとえば『漂流』という作品は、無人島に1人取り残された主人公が、アホウドリを食べながら生き残っていくという話です。その中にも、日本人の生きる執念や工夫を始め、今の日本企業にも丸々通じるような姿がところどころに描かれています。会長ご自身は、日本人や日本について、どのように考えておられますか。

宮原:
日本人について言えば、龍馬伝ではないですが、江戸時代の後半頃から蓄えられた力が明治維新を引き起こしています。それがまだわずか150年前ですが、当時あのように開国して、国際的にも地位を高めていく力があったという意味で、日本人の持っている能力は非常に高いと思うのです。ただ、その使い方、あるいはそれをさらに伸ばす力、たとえば語学などに問題があるのではないでしょうか。

財部:
はい。

宮原:
世界でちゃんと話せば、日本人や日本はもっと理解されると思うのですが、なかなかそういう訓練の場がありません。だから、教育も問題でしょう。(日本人が)もっともっと外へ出て行けば、日本という国や日本人が、より理解されて評価が高くなると思うのですが。今の政治などを見ていると少し大変ですが、その話は置くとして……。

財部:
私は、政治は見ないことにしています。語るべきものがないというか、語っても仕方がないですね。特にこの半年、1年は、気持ちを整理していないと、嫌な気分になってしまいます。日本を語りたくなくなってしまうのです。

宮原:
そうですね。日本は村社会とよく言われますが、国内のことの方がまず大事だとなりがちです。マスコミで報道されるニュースの順番などを見ても、やはりそれを痛感します。先日、ダボス会議に行き、パリ経由で帰国しましたが、待合室ではCNNがエジプト動乱の模様をずっと伝えていました。エジプトはどうなるのだろうと思いながら日本に帰り、NHKの7時のニュースを観たら、最初に出てきたのは大相撲の八百長問題でした。4つ目ぐらいのニュースでやっとエジプト動乱の報道が出るような状態です。それが悪いとばかりは言えませんが、NHKさんにもその辺を変えていただきたいと思いますね。

財部:
はい。

宮原:
国際放送もあるようですが、まず日本人に対して世界で今起きていることを伝えるために、必要なポーションをきちんと割いて、番組を編制しなければならないと思います。

財部:
私は去年3月まで15年間、サンデープロジェクトという番組に出て、特集を65本作りました。特集1本に半年から1年の時間をかけて、複数を並行しながらやってきたのですが、その中で痛感したのは、日本人は海外ネタにまったく興味がないということです。確かにメディアも悪いのですが、自分で番組をやっていて、外国のネタを外国の話だけで進めると、視聴率が山を下るように落ちてしまうのです。

宮原:
そうですか。

財部:
そこで仕方なく、視聴率も上げたいという気持ちもあって、必ず日本の企業を取材するようにしました。ブラジルを語るにも、インドを語るにも「日本の会社がこんなに頑張っています」という部分を入れないと観てもらえないという、驚くべき現実があるわけです。私が知る限り、サンデープロジェクトの特集で、外国のネタを外国の話だけで進めて視聴率が落ちなかったのは、北朝鮮のネタだけですね。

宮原:
困ってしまいますね。

財部:
私から見ると、エジプトの話でも、最初は面白いから大々的にやるのですが、しばらくしてカダフィが撃ってくると「そちらの方が面白い」というノリですね。リビア情勢も、本当は非常に緊迫している事態が続いているのに、国内的にはマンネリ化してしまうので、斎藤佑樹投手が投げるとそちらが1番になってしまいます。この感覚の悪さは何なのでしょう。外向きの感覚を持っていた私よりも上の世代の人たちと、私よりも若い世代とでは、グローバル化に対する認識がずいぶん変わっているような気がします。

宮原:
中学、高校の時に社会の時間はありますが、そこで教わるのは日本のことがほとんどですし、今起きている、あるいは最近起きた国際的な問題をどう考えるかということが教えられていません。高校の歴史でも、日本史や世界史では昔のことはたくさん教えますが、今これからというところが、非常に欠けているのではないかと思います。

財部:
今日は長時間どうもありがとうございました。

(2011年3月2日 東京都千代田区  日本郵船本社にて/撮影 内田裕子)