株式会社オリエンタルランド 代表取締役社長(兼)COO 上西 京一郎 氏

財部:
久しぶりに東京ディズニーランドにお邪魔して、変わっていないように見えて、実は変わっている、それも素晴らしい変わり方をしていると思いました。東京ディズニーランドの雰囲気はかつてのままですが、アトラクションは新しく変わっています。「キャプテンEO」をこの時期にやっていただくのも、マイケル・ジャクソンが亡くなったということで、また違う価値もあると思います。それにしても、アトラクションは14年前にクローズしましたが、「キャプテンEO」を観て、「3Dでこんなに素晴らしいクオリティの画像が楽しめるのか」と驚いたことを覚えています。

上西:
そうですね。87年に「キャプテンEO」がスタートしてから10年弱、上映を行いました。当時は3Dが出始めの頃で、かなり最新の技術だったと思います。現在の3D技術と比べると、全然フィールドが違いますが、いまご覧になると逆に斬新な感じがすると思います。これは私どもというよりも、ディズニー社はお客様に喜んでもらうために常に新しいことに取組んでおり、そういう面でディズニー社のチャレンジングな意欲は凄いと思いますね。

財部:
でも、東京ディズニーランドには、アメリカにはないアトラクションもずいぶんあるのですよね。

上西:
はい。とくに東京ディズニーシーの方は、計画段階から共同でコンセプトから練り上げました。他のパークにあるアトラクションも設置されていますが、東京ディズニーシーはオリジナルのものが多いですね。これはおそらく、ディズニー社にとっても初めてのことだと思います。東京ディズニーランドについても、ベースは向こうにあるものの、日本に導入する時は、ゲストの方により受け入れられるように、日本側の意見も入れて完成形にしていくというパターンになってきました。そこが、アメリカにあるパークとの違いであり、日本人をベースにして考えていますから、逆にヒットしているのだと思います。

財部:
オリエンタルランドさんの意思をアメリカ本体に伝えることができるようになり、日本のお客様をベースにしたパークが実現するようになった背景には、どういう変化があったのですか。実力が評価されたということなのでしょうか?

上西:
そうですね。東京ディズニーランドの開園当初は、ディズニー社も初めて米国外にテーマパークをつくるということで慎重になっていたため、ディズニー社の考え通りにやるように言われていたと思います。しかし、お互い人間同士ですから、コミュニケーションを取っていく中で、こちらのスタッフもだんだん意見を言うようになり、それが少しずつ認められ、いまでは対等に意見交換ができるようになりました。逆に、こちらの良いものを向こうに導入するというような関係になってます。加賀見も「昔は先生と生徒の関係だったが、いまでは仲の良い兄弟だ」とよく言っていますが、東京ディズニーランドや東京ディズニーシーは、アメリカからも高い評価を得ており、私たちはそれを自負しています。

財部:
それは素晴らしいですね。確かにロスもオーランドも、単純に大きさの問題ではなく、非日常の空間というコンセプトそのものでディズニーワールドを演出しています。ところが東京ディズニーランドは、非常に限定された土地の中で、レストランもアトラクションもかなり濃密に設備配置されています。そういう濃密な空間は、東京ディズニーランド独自の世界ですよね。

上西:
確かにそうですね。私たちはディズニー社とさまざまな意見を交換してパークをつくり上げていますが、ソフトだけでなくハード面でも、彼らは東京ディズニーリゾートに理想形を求めています。

財部:
ほお、なるほど。

上西:
ですから、彼らは理想を追い求めてきますし、私たちも当然、それにしっかり応えるように、あるいはもっと良いものをつくろうと努力しています。彼らは相当にクリエイティブな能力が高いので、私たちも良いと思えばそれを導入すればいいわけです。もちろんキャッシュの問題はきちんとジャッジしなければなりませんが、そこまで理想を追求している姿勢が、ゲストには自然と伝わるのだと僕は思います。それだけに、手を抜くとすぐにわかってしまうでしょう。

規模や量では測れない「幸せ」や「喜び」を大切にする

財部:
上西さんは先ほど10年、20年先を見据えてとおっしゃいましたが、10年後あるいは20年後に、東京ディズニーリゾートはどうなっているのでしょうか?

上西:
そうですね。まさに、そこをしっかり考えていく必要があります。この東京ディズニーリゾートには2つのパークがあり、ほかにディズニーブランドのホテルが3つ、モノレール、イクスピアリ、シルク・ドゥ・ソレイユ シアター東京とありますが、それらをもっとゲストに受け入れられるように、さらに進化させなければなりません。加えて、まだ土地が若干ありますので、東京ディズニーリゾートとしてさらに提供できる価値もあるでしょう。そういうものを通じて、より滞在型のリゾートにシフトしていくために、お客様がここにいる時間が長くなるだけのものを提供できるような存在価値をもっと高めていかなければならないと思っています。

財部:
なるほど。

上西:
もう1つ大事なのは、舞浜以外でもさまざまなビジネスを展開することです。あくまで企業使命にのっとった範囲での「さまざまなビジネス」になりますが、私どもの強みを発揮しつつ、舞浜以外のエリアでもビジネスを展開していきたいですね。

財部:
たとえば、それはどんなイメージのものですか?

上西:
テーマパークとは、そこに滞在した人が素晴らしい時間を過ごせるように、ホスピタリティを尽くしてもてなすもの、ということがベースにあると思います。当社には、その部分に長け、使命感を持っている人財が数多くいます。そこでリゾートやホテルといった形にはあまりこだわらず、すばらしい時間を消費できるような空間を事業化できないかと考えています。単純にリゾートと言うと「それありき」になってしまうので、表現には難しいところがありますが、やはり「幸せな時間を過ごすことができる」というものを提供するビジネスがいいと思います。そこが、私どもの強みをいちばん発揮できるところですから。

財部:
共同事業のお声がけも、たくさんあるのでしょうね。

上西:
はい。いろいろお声がけはいただいています。ただ、イメージは描いていても、いまからしっかりと方向性やコンセプトを作り上げようとしていますので、すぐに具現化する話ではありません。もう少し、オリエンタルランドの中で固めてからですね。

財部:
オリエンタルランドの収益規模で、新しいビジネスの方向性はどんなものになるのですか。

上西:
そこは非常に難しいところですね。当然ですが、しっかりとしたリターンがなければ会社の永続性は保たれません。だから、ビジネスとして確立できることが前提になります。しかし、誤解されると困りますが、利益だけを追求すればいいというのではなく、大事なのは世の中に受け入れられるものをつくること。世の中に受け入れられるものを事業として提供できれば、おのずと利益はついてくると思うのです。

財部:
オリエンタルランドの思想やホスピタリティを、別の形で具現化していくという方向性でいくわけですね。

上西:
そうですね。新事業をやっていくとすれば、それらを別の形で具現化できるフィールドの延長上にあるものになるでしょう。しかし、それは必ずしも、テーマパークをやるという意味での延長線ではありません。東京ディズニーランド同様、人に喜ばれるものを提供していきたいと考えていますので、その意味では「東京ディズニーランドの延長」ということもできますが。いずれにしても、フィールドという意味では、「人々に喜んでもらうところ」が根底にあるビジネスに出て行くことになりますが、あまり枠にとらわれず、何か当社の強みを活かせることや、自分たちがやりたいこと結びついた事業を、現在探索中です。

財部:
たとえば、教育との連携はあり得るのでしょうか。

上西:
教育も1つあるかもしれません。たとえば、私どもの事業の中に「ディズニーアカデミー」というプログラムがあります。それを教育と言っていいのかわかりませんが、ディズニーのホスピタリティを外部の方々にご理解いただこうというもので、お客様の数もずいぶん増えてきています。それだけディズニーの良さを感じていただき、ディズニーの中から何かを学びたいという方が多いのだと思います。その意味で、これも1つの教育事業かもしれません。

財部:
最近、さまざまな業界において、デフレの中で、皆が本当に価値あるものを提供しようと原点回帰をしている話をあちこちで聞いています。たとえば先日ブライダル雑誌の方と会ったのですが、かつてブライダル産業が成長する中で、その雑誌はいかに豪華に結婚式を演出するかというところで収益を挙げてきました。ところが最近それが行き詰まり、もうハードではなく、結婚式そのものが持っている価値を見直そうという路線になってきたのです。

上西:
そうなんですか。

財部:
たとえばホテルの結婚式でいうと、どこかの牧師さんがやって来て、1組あたり8分でチャペルを回していかないと披露宴が追いつかない。だから新郎も新婦も決められた誓いの言葉を話して終わり、という状態でした。ところが、もうそれではいけないということで、本当の誓いの言葉とは何か。どうすれば、わずか数十分の儀式が、その後数十年にわたる夫婦生活を担保する意味のあるセレモニーになるのか、ということを軸にして、ブライダル産業の方向性を変えていく必要があるという話を聞きました。僕は取材をするたびに、人のために何かをすることが、実は人間が幸せになる道だという思いを強くしています。ディズニーのテーマパークのキャストの皆さんの生き方がまさにそうで、そういうことを広く教えていってほしいという意味で、「教育はいかがでしょうか」と申し上げたのです。あくまでハウツーとしてではなくて。

上西:
ええ、マニュアルではないですよね。ディズニーアカデミーでも、まさに「人に喜んでもらうことが自分の喜びになる」ということを教えています。また、いまのブライダル雑誌のお話にも、私は非常に賛同しています。先ほど収益云々という言い方をしましたが、ボリュームを追いかけることが本当に幸せなのかといえば、私はそこだけに価値を求めるのは違うと思います。私たちが提供するものがしっかりと世の中の人に受け入れられつつ、着実に成長して大きくなることが一番の理想です。大きさだけを求めるような進み方ではあまりヒットしませんし、おそらく当社の社員たちも、そこに価値を置いていないのではないかと思いますね。

財部:
そのように、会社の評価は変わってきてるというか、変わらなければならない時代に来ているという気がします。企業が量的拡大だけを求めるのは、もはや時代に合いません。おそらく現在の日本の不幸は、評価の軸が単純で、いまだに規模や量にしか価値基準がないことにあるのでしょう。

上西:
先程のブライダルの話でいうと、新郎新婦にとって良いセレモニーを提供できるようになれば、ボリュームは抑えられてしまうかもしれませんが、時間とともに賛同者は着実に増えていくと思います。その過程で日本人の個性も磨かれていくと思います。そのような本質的なものを追求していけるかどうかが、企業の新たな存在価値になっていくと思いますね。

財部:
そうですよね。本日は長時間にわたり、本当にありがとうございました。


(2010年7月27日 千葉県舞浜市  株式会社オリエンタルランド本社にて/撮影 内田裕子)