富士通株式会社 間塚 道義 氏

現場の「見える化」を推進する「フィールド・イノベーション」

間塚:
そこで当社では、黒川社長の時代から、「フィールド・イノベーション」という新しい手法のご提案を始めました。やはり、お客様にとって良いシステムを作るためには、経営サイドにも、現場の課題をきちんと認識していただくことが必要です。そのため当社の「フィールド・イノベーション」ではまず、現場の「見える化」から取り組んでいきます。その一方で、現場で働く人たちは「いま自分たちがやっていることが一番正しい」と思いがちですから、まずは経営の視点を入れてそういう意識を変えたうえで、仕事のやり方を改善し、そのあとでITについての議論を行うという「ビジネスソリューション」をご提案しているところです。

財部:
そうなんですか。

間塚:
じつは、そうは言っても、現場の「見える化」を推進するのは非常に難しい話です。そこで当社では2年前から、お客様の現場に入り込んで現場の課題や問題を抽出する「フィールド・イノベーター」という新しい職種の人材を養成しています。昨年10月に、第1期生のフィールド・イノベーター150名が卒業しまして、彼らがいま、お客様の現場で「見える化」を進めているところです。すべてが順調とは言い切れませんが、お客様からの評価は総じて高いですね。

財部:
たとえば、何か問題を抱えている部署に、フィールド・イノベーターがしばらく常駐して問題を分析していく、ということですね。

間塚:
はい。最近では「見える化」についても様々な技術が出てきていて、担当者が顧客先に常駐し、現場を見せていただいて進める「フィールドワーク」という手法もあります。また、システム側から現場を「見える化」していくという手法を、富士通研究所などでも開発しています。たとえば、業務のデータベースへのアクセスを分析し、業務フローを逆に「見える化」していくという技術もあるんですね。

財部:
ほお。

間塚:
まあ、いくつかの技術が考えられると思うのですが、そういう新しい手法を利用して「見える化」を推進し、お客様にとっての重要課題や問題を抽出していくのです。いま実際に、当社のフィールド・イノベーターがお客様の現場に入り込み、社員の方に何日間か付きっきりになって、そういう作業を行っています。彼らは、たとえばお客様に「いま、あなたは伝票を書いていますね。その作業は、何のために行っているんですか?」と質問し、「じつはいまこんな状況で、こういう作業をやっています」ということを聞いてくる。そういう中で、「業務フロー全体からみれば、その作業はあまり必要ないのではないか」というものも出てくるわけです。実際、最近では銀行さんの営業店でも、スタイルが随分変わってきましたよね。

財部:
ええ。

間塚:
銀行さんによっては、カウンターを取り払ってロビーを広げ、お客さんとの対話の機会を増やしていこうとされています。また、これまで銀行さんの営業点では、まず窓口の第1線があり、その後ろに第2線、第3線ぐらいまであって、最終的に支店長がハンコを押すという仕事の流れがありました。こうした現場にフィールド・イノベーターが入ることによって、たとえば「仕事を全部、第1線で完結させましょう。そのためには、こういう業務をシステムで処理し、この部分については人で解決した方がいいですよ」と提案させていただき、業務フローの切り分けが行われた結果、営業店の見直しがなされたわけです。

財部:
そのフィールド・イノベーターの人材育成ですが、どういうタイプの人たちが集められて、どんな教育が行われるのですか?

間塚:
だいたいが40代の部長職で、富士通社内の現場を担当していた第1線の人材を選抜し、フィールド・イノベーターとして育成しています。彼らは、生産現場や物流の現場、あるいは研究開発などに関わってきた人たちですから、現場の業務自体は熟知しています。ただし、これまで社内の業務ばかりで、お客様に関わったことのない人がほとんどですから、まずはビジネスマナーを教えるとか、あるいは「見える化」技術について1年間教育を行いました。

財部:
それで去年、第1期生が出たのですね。彼らは大きな力を発揮しそうですよね。

間塚:
そうですね。現在、第2期生150名がお客様や社内での実践を始めており、さらに第3期生の教育も開始したところです。

財部:
それは面白い試みですね。じつは先日、この「経営者の輪」の企画でフューチャーアーキテクトの金丸恭文会長にお目にかかり、金丸さんにも一部、同じような質問をしました。彼が言うには、自分のところは大きな会社ではないので、かえって東大工学部の学生がピンポイントで応募してくるようなことがある。そこで、そういう優秀な学生たちに、まずは簿記3級の資格を取ってくるように勧めるのだそうです。若干ニュアンスの違いはあるにせよ、彼らはそういうやり方で、いわゆるフィールド・イノベーター的な要素をSE個人の中に埋め込んでいくことを重要視していて、なかなか面白いなと思いました。僕自身、じつはそういう問題意識もありまして、先ほど「組織体として型を作っていく」という部分について質問させていただいたのです。

間塚:
ああ、そうなんですか。このフィールド・イノベーターの育成を通じて、こうした「型」を作っていきたいと思います。

財部:
その意味で、フィールド・イノベーターとは、じつに首尾一貫した仕組みですね。

間塚:
たぶん、海外のベンダーさんを含めて、IT業界で初めての取り組みだと思います。いまお客様が、現場の課題や問題に向き合う中で、どんどん企業の形態を変えようとしていることを考えれば、やはりこれを手がけてきてよかったと思います。実際、あらゆる分野で競争が激しくなる中で、お客様自身が、自ら必要とするシステムについて、要件や仕様を決められなくなってきているケースもありますからね。

財部:
そうですね。

間塚:
もちろん、われわれは「(要件や仕様については)お客様の責任で決めてください」と申し上げていたときもありますが、今は必ずしも、そういう時代ではなくなってきているのかもしれません。あまりにビジネス環境の変化が激しく、なかなか要件を決められないというお客様もおられるでしょう。だとすれば、われわれは自ら現場に入り込み、お客様と一緒になって「このビジネスをどう変えていかなければならないのか」ということを考えなければならないし、実際にそういう要請も出てきています。その意味で、いち早くフィールド・イノベーターの養成を手がけていたことが、今後大いに効いてくるだろうと考えています。

財部:
文字通りのイノベーションですよね。僕は講演会で、一般企業のシステム担当者に、「システム担当者がシステムだけを手がけていては、もはや意味がない。皆さんが、自社の抱える問題点について、システム的に解決できるところはどこなのか。場合によっては、ビジネスモデルを転換するにはどうしたらいいのかを理解していなければ、役に立てないのではないか」と話したことがありますが、分かっているような人もいれば、「自分には関係ない」という顔をしている人もいる、というのが現実です。

間塚:
そうですね。IT部門というのは本来、経営の視点と現場をつなぐというタテの部分と、全社を横串でつなぐという部分の、いわばタテとヨコの両面で重要な部門だと思っています。

財部:
あえて指摘させていただければ、一般の事業会社では、システム担当者だけに任せていては、本当に企業に役に立つシステムの開発はおぼつかないでしょう。もっと言えば、システム化できる可能性が現在の何十倍もあるのに、その部分になんら手を付けられず、誰も気がつかないままに放置されるということにもなりかねません。その意味でフィールド・イノベーターとは、本当に素晴らしいアイデアだと思いますね。

情報システムがもたらす「思わぬ付加価値」

間塚:
いま、お客様のビジネス環境の変化に伴って戦線がかなり広がっている中で、即応体制が求められています。だから現在IT部門の人たちだけに、それを要求しても難しいでしょう。それゆえ、先ほど申し上げたように経営と現場とIT部門が一体となり、どういう方向性でシステムを構築していくのかという体制を構築していかなければならないと思います。

財部:
そうすると、間塚さんご自身も、トップセールスを行われたりするのですか?

間塚:
そういう意味では、お客様との信頼関係を向上させていくことが、会長になってからの私のミッションですね。ソリューションビジネスは結構地味なビジネスで、お客様と一緒にコツコツとシステムを作り上げていく中で信頼関係が生まれ、次のビジネスも見えてくるものです。したがって担当者たちは担当者同士で、幹部社員や役員はそういう人同士で良い関係を作ることが欠かせません。私はその意味で、企業のトップ同士でつねにコミュニケーションを図り、「これは富士通に頼めば大丈夫だ」という信頼関係を醸成していくという、大きな役目を負っているわけです。

財部:
そうですね。たとえばお客様からいろいろ話を聞いてみると、経営者がほとんどITを理解していないことが、ビジネスの大きなカベになっているということも、案外多いのかもしれませんし…。

間塚:
かつてはそういう面もありましたね。

財部:
実際、いくら現場から改善提案が出ても「ITの予算はこれだけ」といわれることが少なくありません。そもそも「それはITの問題というより、むしろ全社的な問題ではないのか」という理解を、経営者自身ができていないケースが多いという話を、結構あちこちで聞くのですが。

間塚:
以前は経営者にしろCIO(最高情報責任者)という、コンピュータや情報を担当している役員にしろ、どちらかと言えば、企画を通して予算を取ったら「あとは担当者でうまくやってくれ」という人たちもおられました。でも最近では随分様子が変わりました。ITは、企業あるいは経営を変えていくうえで、もはや必要不可欠な要素の1つですから、「これをきちんと理解しなければ、自社の次の飛躍はない」と考えておられる経営者の方が増えていますのでね。

財部:
はい。

間塚:
まあ、これからも様子がかなり変わってくるのではないかと思います。確かに日本の場合、どちらかと言えば、ITに対する投資を効率化などの側面から捉えがちです。その一方で、欧米では、ITは企業の戦略的な投資対象で、今回のような経済危機を経験しますと、たとえば「最前線をどうやって強化するのか」ということが、経営者の大きなマターになるわけです。

財部:
僕は、その部分で少しがっかりしていて、日本では本当にマクロ経済がドーンと落ちると、業種も業界も関係なく一律に予算カットになります。厳しい経済状況のもとで、どこに戦略的に投資するのかを考えなければならないこの時に、「システムを通じて現場を耕す」という意思決定があってもよさそうなものですが、単純に「今年は設備投資を削減」という話ばかりです。実際のところ、設備投資が全体的に減少している中で、システムを通じて会社や経営を変えていくという話は、あまりないのでしょうか?

間塚:
もちろん直近のIT投資の予算について言えば、「サーバーなどの機器の更新は1年ぐらい先に延ばそう」という企業さんはありますが、そういう中でも、システム作りについては「やはり先に一緒に考えていこう、知恵を出してほしい」というお客様が数多くいらっしゃることも事実です。ですからわれわれとしては、いまこの時点で、そういう部分について知恵を出せるか出せないかによって、この先の状況が大きく変わるのではないかと思っているのです。