株式会社ザ・アール 奥谷 禮子 氏

財部:
結局のところ、派遣の問題について、マスコミだけが無責任に企業を批判しておきながら、その一方では「雇用をどうやって創出するのか」という、トンチンカンな話をしている。この派遣の話ほど、日本という国の現状や、日本のマスコミの実情を象徴する話はありません。

奥谷:
アメリカでは日本のように、派遣の問題でどうのこうのという話もないですね。アメリカでは、雇用は個人と会社との契約ですから、一定の条件でサインを交わして、実際に働いてみて駄目だったら、そこで契約が切られるというように、出入りがはっきりしています。また、派遣労働に職種の制限がありませんから、タクシーの運転手やホテルのフロントスタッフなどもすべて派遣社員です。

財部:
そうなんですか。

奥谷:
要するに、アメリカではサービス業が圧倒的に産業の中心を占めていますから、景気の波もそれなりに大きい。だから、そういう経営環境に合わせて人材を調達できるようにするのは当たり前だという意識があります。

財部:
そういえば奥谷さんは、北欧の労働事情についても、いろいろな雑誌で触れられていますよね。

奥谷:
ええ。デンマークのフレキシビリティーとセキュリティーの話ですね。たとえば判例主義の日本では解雇規制が厳しく、会社が倒産でもしない限り、従業員を解雇できないというのが現状です。ところがデンマークでは、企業が従業員を解雇しやすくするかわりに、解雇された従業員にかなりの程度の失業給付金を与えるという政策を採っているのです。そうすることで、非正規労働者がすぐに正規労働者になれるという、入れ替わりを促進するような仕組みを作ったわけです。

財部:
僕もデンマークにも行きましたし、北欧を回ってずいぶん取材しましたが、やはり本当によくできている仕組みだと思います。企業は時代によって絶えず業態変化を求められますから、新しい試みが駄目になったら従業員を解雇することができる。その一方で、従業員も1社に固執することなく、次から次へと転職することも可能というわけですよね。

奥谷:
つまり基本的には、個人の能力で動いているわけです。ところが日本の場合、終身雇用や年功序列という古い歴史がありますから、やはり就職より就社という意識が強い。だから会社から解雇されるということに対して、昔でいえば、お殿様から本当に首を切られるというイメージを抱いてしまうのでしょう。「会社を辞めて楽になった。次に行けばいいんだ」という前向きな部分がないですよね。

財部:
そうですね。

奥谷:
その理由は、日本には労働市場がないからだと思うのです。そこで私は昔から、労働市場を作ろうということを繰り返し主張しているのですが、なかなか実現しません。端的にいえば、労働団体や労働組合が既得権益や組織を守るために、余計に正社員をかばっているのです。

財部:
日本の労働組合は、本当に組合員のことを考えているとは到底思えませんね。たしかに北欧では労働組合の力が非常に強いのですが、それは組合員の生活を守るうえで最も重要な、「雇用の確保」に深く根差した活動を行っているからです。

奥谷:
そうです。雇用を与えるということです。

財部:
実際、北欧の労働組合では、雇用の確保という意味で、自分の能力を高めたいという組合員に対して勉強の機会を数多く設けています。日本ではいま盛んに、政府が「後付けの論理」で労働教育といっていますが、そういうことは本来、高い組合費を徴収している労働組合の中でやるべきではないでしょうか。

奥谷:
そういうことです。むしろ組合側も、社内の人事システムや能力開発をどう改善していくのかということを、企業側にどんどん提案していくべきです。加えて、組合費の一部を、労働教育のための助成金として提供するなどの動きがあって然るべきだと思いますね。

財部:
なるほど。僕はデンマークに行って、ブロックのレゴという会社を取材してきたのですが、同社は一時期、倒産直前にまで追い詰められて、社員の半数以上を解雇することになったそうです。結果的に、ある程度業績が回復したお陰で解雇は行われなかったのですが、そこに至るプロセスを取材して驚きました。同社では、本当に1つひとつのパーツを手がけている末端の労働者でも、「私はもう単純労働は嫌だから、英語の勉強をしたい」と思えば英語を勉強できるし、「私は結構数字に強いから、事務をやりたい」という人は、経理の勉強もできるんです。

奥谷:
個人の能力に如何に付加価値をつけるかということですね。

財部:
結局、全員が一生ものづくりに携わり、生産現場で働き続ける必要はないということです。その意味で、日本企業は本当の意味で、個々の従業員が持っているさまざまな可能性を見出していないのではないか、と思いましたね。

奥谷:
「人ありき」ではなく「ハードありき」というか、国が考えた枠組みが先にあって、そこに人を無理やり押し付けようとしているような気がします。いわゆるミスマッチとはそういうことであり、いくら国が若者たちに、介護業界への就職や就農を奨励したところで、そこに行きたくない人は選択しないわけです。

「派遣禁止」で企業が日本を見捨てる日

財部:
そうですね。そこで今日は奥谷さんに、派遣労働の実態について教えていただきたいと思っています。たとえば、あまり世間には知られていない派遣のワークスタイルや、いわゆる「多様な働き方」について、わかりやすく説明していただきたいのですが。

奥谷:
まずは当社の場合、登録者は女性が圧倒的に多いですね。大企業を辞めて家に入ったとか、お子さんがある程度成長したので、また働きたいという方など、さまざまです。そういうケースでは「どうしても5時までには家に帰りたい」とか「保育所に子供を迎えに行きたいので、時間をきちんと決めて働きたい」というご要望が多く、PCスキルや接客、受付、セクレタリー業務など、自分が以前持っていた能力を生かしたいという方も少なくありません。

財部:
なるほど。

奥谷:
あとは「週3日間働いて、残った時間は学校に通って勉強したい」など、自分のライフスタイルに合わせて仕事を選んでいる人が多いですね。その一方で、本当に生活のために週5日間働きたい、残業も厭わないという方もいらっしゃいます。いずれにしても、当社に登録されている皆さんは、職種や賃金、労働条件などの面からいって、派遣労働者の中でもわりと恵まれている方かもしれません。

財部:
そうですか。

奥谷:
ところが、中小企業を主なクライアントにしている派遣会社の中には、いい加減なところも数多くあって、中には、社会保険や雇用保険などに加入していない場合もあります。また、じつは派遣スタッフでも正社員並に有給休暇を取ることができるのですが、そういうことすら教えていない派遣会社があるのも事実です。

財部:
有給休暇もあるんですか。

奥谷:
ええ。多くの場合、1年経てば10日間ぐらいは有給休暇を取ることができます。その際、有給分は派遣会社が負担しなければならないので、有給分から雇用・健康保険料、事務費まですべてを計算して、クライアントから派遣料をいただかなくてはなりません。いずれにしても、そういう仕組みをきちんと派遣スタッフに説明したうえで働いてもらう決まりになっているのに、それらをすべて隠してしまう業者があるんです。だから派遣スタッフが雇用保険に入っていなかったとか、有給休暇が取れるということも知らなかった、という問題が起こるのです。これは派遣会社側に問題があるケースですが、その一方で「保険料が給料から天引きされるから、雇用保険に入りたくない」という派遣スタッフもいます。

財部:
なるほど。派遣スタッフ個人がそういう要求をして、会社がそれに応じてしまう場合もあるんですね。

奥谷:
はい。いくら派遣スタッフがそういう要求をしても、「これは法律で決まっていることだから、許されません」といわなければいけません。それでも説得できなければ、派遣会社側は「そういう方は、もう働いていただかなくて結構です」という姿勢をきちんと示さなければならないのです。

財部:
奥谷さんは、きちんと表に出てこられたうえで、「そういう部分も自信を持って行っている」といえるわけですよね。

奥谷:
当社では、その点は100%徹底させています。じつは上場に向けて準備をしていたので、コンプライアンス上の問題にならないように、すべてパーフェクトに処理したわけです。

財部:
そうですか。ところで現在選挙を控えて、世間の受けがいいからということで、政治家もマスコミも「派遣禁止」という話を盛んにいい始めていますよね。奥谷さんはそういう動きについて、どうお考えですか。

奥谷:
もう、何を考えているのか、と思いますね。かつてアメリカでも、不景気の時に派遣システムが機能して、800万人ぐらいの雇用を創出しているわけです。また当社でも、正社員として大企業に入れなかった人が、まずは紹介予定派遣などで実績を積んだうえで正社員になるというケースもよくあります。そのように、派遣労働は広い意味での「チャレンジの窓口」の1つにもなっています。逆に、企業側にしても、日本では従業員を解雇することが難しいので、一度派遣でトライして、うまくいけば正社員として採用しようという動きもあります。にもかかわらず「派遣禁止」といって、すべての道を閉ざしてしまったら、解雇規制が厳しい日本では、企業が従業員を雇うのがさらに難しくなりますよ。

財部:
そうですね。僕も女性の働き方をみていて、いまのお話には非常に同感するところがあります。もう20年ぐらい前の話になりますが、僕の子供が小さい頃には派遣というシステムがありませんでした。そのため、いくら優秀なお母さんであっても、いざ働くとなると、パートでスーパーのレジ打ちをするぐらいが関の山でした。ところが最近では、状況が大きく変わり始めています。私の住んでいるマンションに、昔、上場会社の法務部にいた優秀なお母さんがいるのですが、彼女は結婚退職をしたあと、派遣で別の会社の法務を手伝っていました。その経験が評価されて、お子さんが中学、高校に行くようになってから、彼女は元の会社の法務部にストレートで戻ることができたんです。派遣というシステムがあったからこそ、そういう生き方を守ることができたわけですよね。

奥谷:
私がこの会社を作ろうと思った理由も、まさにそこにあります。昔は、いったん会社を辞めたり組織を離れた女性たちは、たとえ英語が話せるとか、秘書としての高いスキルを持っていても、働く場所がまったくありませんでした。だから、これだけ優秀な女性たちを埋もれさせるのはもったいない、そのためにも世の中に打って出なければならないと思って、この会社を作ったんです。

財部:
なるほど。そういう点は、優秀な女性に対しては見事に機能していますよね。

奥谷:
ええ。ですから、女性たちが派遣社員として、さまざまな企業に通訳や秘書として入ることができたんです。

財部:
いま問題になっているのは、そこから先の話ですよね。当初は職種がかなり限られていましたが、徐々に一般労働に対しても、派遣を認めるようになってきましたよね。

奥谷:
1985年に労働者派遣法が成立したのですが、労働組合は「非組合員が増えると、組合によるストが打てなくなる。だから絶対に派遣労働者を増やしたくない」といって、かなり反対しました。そのため当初は、派遣業の適用対象業務も13種類と、単純労働でほとんど女性が担ってきた仕事しか認められませんでした。ところが法改正を重ねるごとに、「なぜ男性も派遣労働を活用できないのか」という声が高まってきた。実際、男性に関しては長年「無職か正社員か」という選択肢しかなく、その間を埋める方法が何もなかったのです。そこで私たちは、派遣業の対象となる職種を増やすことで、男性にもチャレンジの場が広がるのではないかと考えて、規制緩和を叫んできたのです。

財部:
そうなんですか。

奥谷:
こうした中で、工場労働における派遣の問題も指摘されるようになりました。しかし、たとえば「日雇い派遣」については、雇用保険および健康保険制度もあるわけですから、派遣会社がそういうことをきちんと守っていれば、受入先の工場にとってもよりプラスになっていたはずです。いずれにしても製造業の場合、派遣スタッフの受入期間には最長3年という制限がありますし、企業側としても、その間に派遣から正社員雇用に切り替えることはかなり難しいのです。そのことを派遣スタッフ自身もよくわかっているはずでから、その3年の間に、自分の生活スタイルをいかに築いていくかを考える必要がある。もっとも、今回の世界同時不況が起こっていなければ、より多くの派遣スタッフが正社員になることができていただろうと思うのですが。