株式会社穴吹工務店 代表取締役社長 穴吹 英隆 氏

財部:
穴吹さんは引かない、と。

穴吹:
まあ、物品サービスをすることがある程度ですかね(笑)。「ご予算に合わなければ、別の物件も紹介させてもらいます」ということですね。まあ、それは間取りなどのさまざまな条件、それから場所にもよりますけれども。

財部:
いずれ撤退する業者と値引き戦争してもメリットはありませんよね。

穴吹:
当社は、「嘘をつかない」ことを原則にしてやっていますから、営業マンにしてみれば苦しいところです。しかし、頭から値段を引いている業者もたくさんありますね。

財部:
材料費の高騰の中での値引き競争は厳しいですね。

穴吹:
土地を買っているし、いま建物の材料費も2割上がっています。マンション建設にかかるコストは非常に大きいですからね。たとえば当社では毎年5000戸を手がけていますが、だいたい1戸あたり鉄を12トンぐらい使うので、今年、(鋼材のトン当たり価格が)5、6万円上がるとすれば、それだけでも30億円以上の利益が飛んでいく計算になります。

財部:
はい、はい。

穴吹:
セメント価格は少々安定していますが、人件費などいろいろなものを含むすべての集合体が建築費ですから、どうしてもそれがだんだんと高止まりになってくる。するとデベロッパーの信用代もあるから、結構、高く発注せざるを得なくなってしまう。そうなってくると、皆が建物を建てるのをやめて、一度ご破算にしようという動きが始まりますからね。

財部:
そうすると、穴吹工務店にしてみれば、もう少し我慢をしていれば、状況はまた変わる?

穴吹:
まあ、詳細はお答えできないのですが、大幅なコストダウンが可能な当社独自のやり方もありますからね。それともう1つは、いま多くの業者が土地を手放したり、無理なダンピングをしていますが、それが落ち着いたら、地方都市では競争相手がかなり減少すると見ています。だから今はわれわれにとっては辛抱の時だと思っているんです。

財部:
1年後には、さらに穴吹工務店にとって有利な状況になるというわけですね。

穴吹:
これはもう需給の関係で、お分かりいただけると思いますが、限られた供給であれば需要はついてきます。そこにある程度価格抑制した作品が提供できれば、それはもうお客様に買っていただけると思います。それから、いま金利がだいぶ落ち着き下がってきていますから、ここ1年の辛抱でしょうね。

財部:
未上場の強さというものを、徹底的に生かしているという感じですね。それから資料に「非常に顧客満足度が高い」とありますが、これは何によるところが大きいんですか?

穴吹:
コンプライアンスもそうなんですが、地方でやっていく限り、お客様の考えについていかないと、必ず淘汰されると思うんです。だから、お客様本位の考え方を基本とする。そのために言葉遣いも全部決めて、実践するようにしているんです。

財部:
言葉遣いとは、どういうことですか?

穴吹:
たとえば「お客様」は「お客さん」と言っては駄目なんです。「さん」とは、先輩でも誰でも、知らない人にでもつけられる言葉ですが、「様」というのは目上の方につけるものだから。また「神様でも『お』がついていないのに、『お客様』にはついているんだから、もっと大事にしよう」といっているのです。また、現場の考え方がお客様本位になっているので、たとえば「下請け」という言葉が当社にはありません。皆「お取引先様」になっているんですね。「金融機関様」も「協力会社様」もそうなんですが、当社の現場に来ていただくと、「お取引先様」「協力会社様」の方が上で、社員の方が下なんです。

財部:
なぜ自社の社員よりも「協力会社様」の方が上なんですか?

穴吹:
なぜかというと、お客様を紹介していただけるからです。当社の紹介成約率は、去年は少々落ちて38%でしたが、いい時には42%ぐらいです。だから当社では、作ったものの4割近くは紹介営業で決まります。これは、地方だから紹介の割合が多くなるのはもちろんですが、当社は工事もやっているので、他のデベロッパーよりも紹介分が多いんです。協力会社様の中には、「案件が売れないと、俺たちもまた仕事がなくなるから」と言って、自主的にチラシを持って帰って、ご近所に配りに行ってくれる人たちもいます。

財部:
なるほど。そのお話も、いろいろと記事で拝見していたんですが、なぜだろうと思っていたんです。その意味で「お取引先様」という言葉は、ちょっと意外でしたね。というのも、建築の世界には非常におかしなヒエラルキーがあって、その「お取引先様」は普通ならば、徹底的に下請け扱いをされるものですからね。

穴吹:
要は「協力会社様」に、こういう気持ちをわかっていただいているんだと思います。当社では毎年6月に当社の建設工事に携わる協力会社様にご出席いただき、安全に関する大会(安全大会)を全国各地で行うんですが、各「協力会社様」の社長さんは一番奥の方に座られ、職長さんや現場で働いている皆さんが一番前のテーブルに座り、表彰を受けるんです。皆、慣れないネクタイをしてとても緊張されていますが、喜んでいただいています。もちろん私の席も後ろの方ですが、アットホームで雰囲気が全然違いますよ。

財部:
そうなんですか。「協力会社様」の社長さんだけじゃないんですね。

穴吹:
ええ。社長さんたちが来られたら、後ろの方にお座りいただきます。現場で仕事をしている人たちが大事ですから、この辺りはきちんとしていなければなりません。その点、現場で働いている皆さんも、いつも仕事をしていただいている職長さんが一緒だと、「それだったら座ります」と喜んでいただけますからね。

財部:
いつぐらいから、そういう習慣があるんですか?

穴吹:
1994年に、私が社長になってから、やり始めました。

財部:
それは何がきっかけで?

穴吹:
やはり、全国をずっと回ってマンションを建てていく中で、お客様を最も紹介していただいているのが「協力会社様」なんです。それが、非常にありがたいのですね。実際、「俺が(お客様を)連れて来るわ」って、そういう感じなんです(笑)。マンションを作ってくださっている型枠、鉄筋、鳶、左官、土工さんは、もともと地元の方ばかりですからね。

財部:
そうですか。それは頼もしいですね。

穴吹:
それから当社では、竣工式をやっているんです。分譲マンションで竣工式をやっているのは、当社ぐらいかもしれないですね。

財部:
そうですか。あまり聞かないですね、マンションの竣工式って。

穴吹:
当社では、もう15年ぐらい前から、すべての地方でやっています。「なぜ、竣工式をやるのか」という声もありますが、私としては「なぜやらないの? 当たり前じゃないのか」と思っていましてね。当社の竣工式は、物件が売れている時も、売れていない時もやります。お客様、地元町内会様を始め、型枠、鉄筋、大工などの職人さんから電気屋さん、水道屋さんにまで来てもらい、当社社員も含めて、「この人がここを作りました」と紹介していきます。そこで、いろいろと質問が出ると、皆さんが「わしが作ったから大丈夫や」と言ってくれたりするんです(笑)。

財部:
ははは(笑)。先ほどの紹介成約率40%の話にしても、竣工式を行って「わしが作ったんだ」という話までしたうえで「これはまだ売れ残ってる」となると、「じゃあ、皆で売るか!」という雰囲気が自然に醸成されていくんでしょうね。

穴吹:
ええ。でも竣工式、皆さんやらないんですよね。ある財閥系デベロッパーの方に理由を聞いたら、「いろいろと文句を言われるから」ということでしたがね(笑)。

財部:
なるほど。でも、エンドユーザーからすると、実際に建築に関わり、マンションの中身や建設途中のプロセスを知っている地元の人から「この物件を買わないか」と言われるなら、これほど透明性の高い商品はないですね。

穴吹:
実際、大工さんや鉄筋屋さんが、「穴吹の現場は鉄筋が多すぎて歩きにくい」と言うんですが、当社は建築基準法に規定する構造基準に加えて、独自の社内基準を設けています。どこかで1棟、1戸でも問題が起こったら、すべてが影響を受けますから、結局そういう基準にせざるを得ないんです。当たり前のことを当たり前にしているだけなんですが、当社の中古物件は良いと思いますよ。

お客様に必要とされるところに、企業の価値がある

財部:
社長はいわば、跡を継がれたわけですよね。そういう思想や考え方、哲学はお父さんから学んだものなんですか? それとも自分で身につけてきたものなんですか?

穴吹:
当社の社風じゃないですかね。父が「お客様は一番やけんなー」ということを、いつも方言まじりで喋っていたんです。その通りですよね。お客様に「要らない」と言われたら、企業の価値はなくなってしまうのと一緒ですからね。そこで私が基本的に言っているのが「先義後利」。すなわち、義を先んずれば、利益はあとからついてくる。いい時、悪い時はあるものですが、「先義」でやっていればお客様が戻してくれる。その考え方だけを話しているんです。

財部:
そうですか。

穴吹:
で、もう1つは、当社はデベロッパーでありながら、ゼネコンでもあるマンションメーカーですから、どうしてもメーカー的な考えになります。これはもう、電気製品を作っていらっしゃるメーカーさんと一緒ですが、「営業マンはモノを売る前に技術屋であれ」という考えでいましたから、当社の幹部クラスは技術系が多いんです。昔は営業マンを採用してこなかったということもありますし、1985年前後にマンションをずっと増やしていった時にも、技術系で応募してきた人に「営業をやってくれれば採るよ」と話していましたから。

財部:
実際に、いまでも技術者で営業マンという人は結構いるんですか?

穴吹:
上の方にはいますね。ただ最近は、営業マンはもう営業サイドで採れるようになりました。