株式会社小松製作所 坂根 正弘 氏

坂根:
たとえば、各事業責任者は月報の第1項で、まず「環境・安全・コンプライアンスに関係する問題があったかどうか」を報告することになっています。当然、月報で報告される以前に、私や社長に対して報告が入っていないといけないんですが、月報でもそれを必ず書きなさい、となっているわけです。社内のあらゆる事項をおさえていきながら、ミスや不正に関する情報をトップまで上げる。そういった報告が実際にトップまで上がった場合、辛いこともあります。個別の問題について然るべきアクションを取るだけでいいケースもあれば、きちんと情報開示すべきケースもあるわけです。場合によっては「すぐに対外発表の準備をするように」、と指示することもあるわけです。

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財部:
ほお。

坂根:
開示することによって、結局、その時に大きな恥をかくんですが、そういうことを何回か重ねていくと、「あのときにきちんと(報告)しておいてよかったなあ」という雰囲気になる。過去に起こしたケースの中には似たようなことを他の会社もやっているだろうと思えることもありましたが、私自身「そういうときに恥をかかなかった人はまた、大きな問題を起こすぞ」というように話してきました。

財部:
そうなんですか。

坂根:
最近の偽装問題についても「こういうミスがありました」と自ら言えば済む話で、結局のところ「隠す体質が悪い」ということになりつつあります。今回のギョーザ問題にしても、中国政府は自らの見解を言っていますが、仮に私が日本の警察関係者として彼らと関わるなら、「とにかく先入観をもたずに調べようじゃないか」と話します。そして、一番避けなければいけないのは、「原因がわからなかった」ということで、原因さえわかれば皆が安心するわけです。それがうやむやに終わると、一見して中国が得したかのように思うわけですが、あとでもの凄いしっぺ返しを受けることになるのではないでしょうか。

財部:
はい。

坂根:
それからもう1つ、「安ければ何でもいい」という姿勢も問題でしょう。海外から安いものを買ってくるという考え方も分かりますが、結局のところ、食料については基本的に、少々高くても日本で作物を育て、日本のものを食べるべきではないでしょうか。そのうち中国でも「日本の食品は安全だ。少々高いお金を払っても、日本の食品を食べよう」という時代が必ず来ますよ。安全は何物にも代えられない価値ですからね。その意味で、日本がこれから国際競争に生きるうえで大切なのは、工業製品然り、食品然り、信頼度をどこまで高められるか、ということだと思うんです。

財部:
話は変わりますが、坂根会長が「コマツの行動基準」第6版に新たな項目を加えなければいけないと思われた、その背景にあったものは何ですか。

坂根:
第6版を発刊したのは、2004年で、私が社長になって2、3年経ったあとですね。私が社長になった後、コンプライアンスに関わる問題が起こり、そのほとんどのケースがかつては許されたと思われるケースが多く、世の中の基準が変わるなら不正そのものを完全に無くすことは困難です。むしろ隠ぺい体質こそ悪だと思うようになったわけです。

財部:
なるほど。

坂根:
実際、世の中のコンプライアンスに関わるケースを見ていくと、もちろん刑事事件は別ですが、多くの部分が、かつては問題として取り上げられなかった事柄です。その意味で、最近(コンプライアンスに対する)社会通念が大きく変わってきています。だからこそ(不正を隠すのではなく)、あえて「不正はある」と言った方がいいと思うんです。

財部:
ほお。

坂根:
「不正をなくせ」とばかり言っていると、必ず不正を隠そうとする人がでてくるんですよ。

財部:
そういう考え方が社内に浸透するまでには、相当時間が――。

坂根:
かかりますね。ですから私も機会あるごとに、繰り返し、そういう言い方をしてきました。だから社内で「バットニュースを隠したときには、ほんとうに怒られたなあ」という事例が多くなっているわけですが、結局は一度「棚卸し」をやらないと駄目なんですね。

財部:
それは、どういう「棚卸し」なんですか?

坂根:
4年前にですね、コマツグループ全体のミスや不正の「総洗い」をするように指示したんです。刑事的な、もう社内では収まりきれない問題は別ですが、「そうでなければ1回は許してやるから『これはどうも怪しいな』と思っていることはすべて報告しなさい」と言って、「それなら、これはこう処置しなさい」とやったんです。

財部:
ほお。

坂根:
やはり1回は、前行をすべて許してやらないとね(笑)。だから日本も1回だけね、「今年一杯は許してやるから、皆綺麗にしろ」と言わない限り、駄目なんじゃないですか(笑)。

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財部:
ええ。それは本当にその通りですよね。坂根さんのお話というのは、世の中で言われている筋論として正しいことを、現実としていかに運用していくかというところまで突っ込んでいるところが、他とは違うと思います。やはりコンプライアンスの話1つをとっても、信じられないようなことが他社では現実として起こっていますし、「コンプライアンス体制の構築」といっても、単なる「書類作り」になっていることが少なくありません。いわゆる「日本版SOX法」にしても、一歩間違えると、社内にシステムを作り終えた満足感で終わってしまう危険性もありますよね。

坂根:
そうですね。体制を作り上げることと、不正を本当になくすことは別ですね。もちろん、われわれの財務報告は米SEC基準に順拠しているので、そういったインフラをきちんと整えていくのは当然です。でもそれでコンプライアンスが万全かというと、そんなことはありません。

財部:
そうですか。少し話を変えますが、コマツさんの売上は日本国内が2割ぐらいですか?

坂根:
建機だけですと、約15%です。

財部:
つまり85%は海外ということですね。その中でも、欧米諸国より新興国での売上が伸びているわけですよね。

坂根:
ええ。

財部:
いま「サブプライムローン問題にともない米ドルの力が低下し、円高が進んでいる。だから日本経済はもう駄目だ」という短絡的な見方が日本中に広がっていますよね。その一方で、それを反映するかのように、ついこの間まで無条件に「これからはBRICsだ」と騒いでいた人たちが「もうBRICsは駄目じゃないか」と突然、極端な認識に転じています。こうした中で、世界経済に対する坂根さんの短期、および中長期的な見方をあわせて伺いたいのですが。

坂根:
私たちの業界が、一般の経済とは違う動きをしているという事実が、まずあると思うんです。この業界は、日本の高度成長期において、日本で一番の成長事業だったんですね。当然のことながら、かつて高度成長期といえども日本経済は安定していたわけではなく、景気の波がありましたから、景気が悪くなると政府はたびたび公共投資を打ちました。いまと違い、当時の公共投資は(景気浮揚の面で)大きなインパクトがありました。われわれ建機メーカーは、もろにその恩恵を受けましたから、1960年代は、コマツは日本でも飛びぬけた成長企業だったわけです。

財部:
そうですね。

坂根:
その後は、日米欧を中心に世界経済が成長し、自動車の場合は高級車にシフトするとか、2台目、3台目を購入するという形で、マーケットがどんどん広がっていったんですが、インフラの整った日米欧では建機はもう更新需要だけで、低迷期が長く続きました。翻って、中国やインド、ロシアが、かつて日本でみられたような高度成長期に入ったあと、いまよく言われているように、たとえば中国のアメリカ向け輸出が低迷したとします。そうなると、中国政府は景気浮揚のために公共投資を打ちますよね。ということは、われわれの業界にとっては、むしろそれが大きなプラス要因になる。そのように、われわれの業界は、一般経済とは違う動きをしているということがまず1つありますよね。

財部:
はい。

坂根:
それから一般経済の話ですが、今年の2月に、当社のアドバイザリーボードで中国問題を集中的に議論しました。香港のメンバーの方は「中国のアメリカ向け輸出は、かなりの部分がアセンブリー(組立)分野によるものであり、『労賃が安い』という点から生じている付加価値はじつはそう多くない。したがって、アセンブリー分野が輸出でメリットを得ている部分は知れている。そして更にアメリカ向けの比重はかつてほど高くありません。だから、アメリカ向け輸出の低迷の影響で、中国経済全体がおかしくなることはない」と言っていましたが、これがわれわれの共通意見です。

財部:
なるほど。

坂根:
そうはいっても、中国では多くの人が株式投資をしており、株式市場が落ち込むと、一般消費に与える影響は大きいと思います。政府が強力にマクロ経済をコントロールしている中国では、アメリカ経済が好調なときには、当然ながら思い切った調整をしてきたわけです。実際、2004年に中国政府が行ったマクロコントロールには、好調なアメリカ経済が背景にあり、「これは国内の固定資本投資が行きすぎたな」ということで、不動産やセメント業界をはじめ、われわれのビジネスに関わる分野で一気に金融引き締めを実行し、われわれのビジネスは60%ダウンという大きな影響を受けました。ところが彼らはあえて、アメリカ経済が悪いときには、そういうことをやらないと思うんですよ。

財部:
それはなぜですか。

坂根:
おそらく彼らは、「時間差」を必ず入れ込んでくるでしょう。実際、アメリカの歴史の中で、こういう状態が2年続くことはありえないわけで、必ずまた1年ぐらいでアメリカ経済の低迷はボトムアウト(底打ち)してくるはずですから。それゆえ私は、よく言われるような「アメリカ発の世界同時不況」ということにはまずならないと思っているんです。事実、いまロシア経済の好調ぶりはもの凄いですし、中国の建機市場にしても、08年の2月、3月は非常に好調でした。春節明けの一番の需要期である2月は、今年は春節が早かったこともあり、前年同月比で(建機が)2.7倍も売れたんですよ。

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財部:
そんなに売れているんですか!

坂根:
そうです、1国が高度成長に入るとそうなりますね。1960年代の日本の高度成長期でも、コマツの建機は毎年30〜50%増だったわけですから。その意味で、高度成長期における建機ビジネスは尋常ではありません。その反面、それだけ早くブーム(好況)を謳歌して、またダウンする、ということもいえるわけですけどね。ですから、むしろわれわれは「そんなに急成長しなくていい」と言いたいぐらいなんです(笑)。そういうわけで「(建機市場は)しばらく高成長が続くぞ、生産手当てをしておいたほうがいい」と、私も野路社長も考え方を変えているんです。

財部:
なるほど。

日本がふたたび「グローバル生産拠点」になった

坂根:
もう1つ、為替の影響で言いますと、短期的にはドルベースのビジネスを円換算するときの換算値が問題になりますよね。1ドル=120円だと1億ドル=120億円ですが、それが1ドル=100円になると1億ドル=100億円ですから、円高が進むと(円ベースの換算値は)当然安くなりますね。その意味で、(円高で)収益面で影響を受ける部分もあるわけですが、もともとコマツの投資家には欧米人が多いわけで、たとえばアメリカの人たちは、コマツの収益を(円ベースの換算値ではなく)ドルに換算して見ているわけです。それに加え、コマツではいま、ドルベースのビジネスは全体の25%程度ですからね。

財部:
ドルベースが25%ですか。

坂根:
いまや欧州、アジア諸国もドルリンクから離れつつあります。それら各国の通貨をドル換算したときに、逆にドル(建ての収益や資産)が多くなるじゃないですか。要は、欧米の投資家が何の通貨で投資判断をしているのかということなんです。

財部:
なるほど、そうですね。