新日本石油株式会社 西尾 進路 氏

1バレル=100ドル時代は絶対にありえない

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財部:
私は金融・マクロ経済の専門家と石油について語ることがあります。ところが、彼らは彼らで無責任なところがありまして、「1バレル=100ドル」だと簡単にいう人もいるし、この間もアメリカで会ったある投資家が「昨日の新聞では『1バレル=150ドルになる』と書いていた」というのです。去年アメリカへ行って聞いた時には、100ドルといっていたのですけれどね。(笑)

西尾:
外国金融機関でも140ドルとか凄いことをいっているところがありましたね。

財部:
実際に石油を扱う立場として、こうしたマーケットをどうご覧になりますか?

西尾:
あり得ないですよ、1バレル=100ドルとか150ドルとか、そんなことは――。そうなったら一番困るのが産油国です。他のエネルギーへの代替が進み、石油の消費が激減しますからね。

財部:
ああ、そうですか!

西尾:
もし1バレル=100ドルになったら、日本の消費者はどうなります? 日本人はやるときには徹底的にやりますから、そうなったら「2030年に石油依存率10%」では済まないでしょう。それこそ2030年には20%ぐらいになってしまうかもしれない。そうなると産油国は石油を売れなくなってしまいます。

財部:
そうですか――。

西尾:
需給の関係からしても、いま中東の産油国のほとんどが、国家財政はWTIで1バレル=40ドルの前提で組んでいるそうです。40ドルで財政均衡するということは、55ドルぐらいが産油国にとって心地いいレベルなのですね。それで産油国の大臣たちは「現在の原油価格は高すぎる」といっています。いまの価格水準は、投機筋がどんどん入ってきた結果ですから。

財部:
こうした相場の仕組み自体、仕方がない話だということになってしまうのですか?

西尾:
現状では仕方がないですね――。

財部:
WTIは、アメリカ・テキサスの本当に小さな一地域の原油ですよね。

西尾:
ええ。実際の生産量は1日30〜40万バレルですが、その7〜800倍が市場で取引されています。

財部:
そうした数値が、結果として世界市場全体に影響を及ぼしてしまう。これは仕方がない、といって片付けるしかない、ということですかね?

西尾:
問題がないとはいえません。その相場のでき方も、アメリカのガソリン価格に大きく影響されています。ご承知だと思いますが、アメリカのガソリンの自給率は7割ぐらいしかない。自国内で、あれだけガソリンを消費する国が、自前でガソリンを全部作れないのです。そんな状況の中で「ハリケーンが来た」とか、「製油所が事故を起こした」とかを材料にガソリン価格が高騰し、1ガロン=3ドルと通常の倍になったわけです。一方、1ガロン=3ドルなら、1リットル=90円ぐらいの計算です。日本国内でいえばガソリン税54円など税金が60円ぐらいですから、1リットル=150円ぐらいの値段になります。逆に考えれば「ガソリンがその値段なら、このぐらいの原油価格までいけるはずだ、ここまでは買える」と、いうことになりますね。そう考えるのがアメリカ市場の投機筋なのです。最終値段から逆算する、いわゆる「ネットバック」という考え方、これが原油相場形成の一つのメカニズムです。

財部:
そういうことなのですか。いまぐらいのガソリン価格では、1バレル=100ドルだ、150ドルだというのは、現実の経済の中ではあり得ない数字だということですね。

西尾:
あり得ないです。仮にそんなことがあったとしたら、他の資源に――。

財部:
脱石油に、本気で動きますよね。

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西尾:
そうです。ただ、日本だけが脱石油といっても、産油国は困りません。彼らは「中国がこんなに買ってくれるから、脱石油というなら本当に売ってやらないぞ」といわれかねない。こういうふうに、世界が変わってきています。

財部:
そこで、中国が出てくるのですね。どこまで強く出るか、なかなか難しいところですね。

西尾:
そうですね。

財部:
先程の商品ラインナップの話に戻っていただくと、まず根幹に石油が大きなエネルギーの供給源としてありますね。それと、もう一つ私の頭に浮かぶのが、いわゆる水素を使った燃料電池。車でもずいぶんやっていらっしゃるようですが、商品化の可能性と現実味はどの程度あるのですか?

西尾:
燃料電池には移動式と定置式があって、移動式は自動車用ですね。定置式は家庭用や業務用。私は、移動式は相当時間がかかると思います。

財部:
何年単位でしょうか?

西尾:
数十年レベルの話だと思います。自動車用エンジンは、おそらく今後はハイブリッド、そして軽油に変わっていくでしょう。実際、現在ヨーロッパでは、国によっては6〜7割方が軽油になっています。

財部:
ディーゼルエンジンですね。

西尾:
そうです。ディーゼルはガソリンより燃焼効率がいいから、同じように走っても、燃費が1割以上少なく済みます。ですからディーゼルエンジンは増えてくるでしょう。そして、『コモンレール』という最先端の燃料噴射装置を使うクリーンディーゼル車や軽油のハイブリッド車が主流になる。その次に燃料電池ですよ。だから、ここまでくるのに相当時間がかかると思いますね。

財部:
家庭用の燃料電池はどうですか?

西尾:
これは、私はかなり早いと思っています。私の感じでは、2010年には、私どもが開発している燃料電池も本格的に普及しているでしょう。いまはコスト高で、国から補助金をいただいている状態。採算は合っていませんが、その頃には量産体制ができると思います。

財部:
燃料電池で発電するときの燃料は?

西尾:
水素です。灯油とかプロパンガスから水素を作るのです。

財部:
そうなのですか。

西尾:
プロパンガスを一般家庭に供給するのと同じ要領です。燃料電池を設置して、そこに灯油やプロパンガスをお届けします。そして、その装置で水素を作ります。その水素を使って家庭で発電を行い、(水素と酸素が化合する過程で発生する熱を)給湯のエネルギー源にするのです。燃料電池から出るのは水だけですから、環境にもいいですし、災害にも強いですね。最近では、プロスキーヤーの三浦雄一郎さんとか、女優の高樹沙耶さんとか、著名人の方々にも使っていただいています。

財部:
ビジネスとしては、相当、力を入れているのですか?

西尾:
入れています。これからは、ご家庭での灯油やプロパンガスの消費は少なくなります。でも、やはりお客様は、灯油やプロパンガスに慣れていらっしゃるのですね。事実、灯油は日本全域で使われていますし、95%の地域でプロパンガスが使用されています。日本の面積の95%ですよ。

財部:
そんなにですか!

西尾:
はい。都市ガスとプロパンガスの使用量は50:50ですが、面積では95%がプロパンガスの地域なのです。

財部:
それじゃあ、燃料電池に置き換えていける可能性は、結構高いわけですね。

西尾:
そうです。いま、灯油やプロパンガスで台所のお湯やお風呂を沸かしているお客様は、今度は自家発電ができるようになります。その分、電気を電力会社から買わなくてもよくなるのです。それに、コンビニや病院や公共施設では、災害が起きて電気が止まったとか、給湯できなくなったとしたら困りますよね。その点でも、やはり燃料電池が優れています。だから私どもは、この事業にもの凄く力を入れていますし、日本はこの分野で、世界的にも最高水準を行っていると思います。また、今年4月には「公益信託ENEOS水素基金」を創設しました。これは水素の製造、輸送、貯蔵、CO2の固定化に関する独創的な研究に対して、年間5千万円の助成金を、今後30年にわたって提供するものです。ここから多くの技術革新が生まれて、水素社会の到来が早まること期待しています。

財部:
ぜひ、研究の成果を見せてください。

西尾:
ぜひ、見ていただきたいですね!

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(2006年5月16日 新日本石油 港区西新橋本社にて/撮影 内田裕子)