株式会社 Mon cher 代表取締役 金 美花 氏

大阪・堂島から世界に広がる夢

財部:
本業の話をしますと、このパティシエの世界は少し独特ですよね。料理人から学んで自ら作り、自らブランドを立ち上げ、一定の成功を収めても産業化はしません。お店として成功し、個人としての名声を得ても、企業体として発展していこうとしている会社はあまりないですよね。

美花:
「名菓ひよ子」で有名な(株)ひよ子(旧・吉野堂製菓)は福岡県飯塚市で開業しました。子供の頃、母が「あの有名なひよ子まんじゅうは、ここから生まれた、飯塚が本拠地なのだ」といつも言っていて、なんとなく子供の頃から、お菓子1つでも全国ネットになるのだという感覚があったのです。堂島(大阪市北区)というビジネス街にお店を構えさせていただいたことも大きいですね。大きな会社が本社支社を置いていて、私たちはケーキ屋ですが、堂島から日本全国や世界に行ってみたいという夢を持ちました。隣にサントリーさんがあり、東レさん、三井住友銀行さん、金鳥さんも近くにあります。ここから始まり、グローバル企業になった会社がお客様に数多くいたことが、私たちを勘違いさせたと思います。

財部:
でも、その勘違いは素晴らしいですね。たとえば住友という会社と、自分たちの像を重ねるのは、なかなかできないことです。

美花:
本来ケーキ屋は、時間のあるマダムたちに気に入ってもらえて一人前という仕事なので、住宅地や、時間に余裕のある女性たちがいる町に本来生まれることが多いのですが、モンシェールは縁あってビジネス街に生まれました。最初、『堂島ロール』がヒットするまで10か月はまったく商品が売れませんでしたが、ケーキ屋としては本来あってはいけないロケーションにお店があるのだということを、遅ればせながら気付いたのです。この街の昼間人口の8割はたぶん男性で、みんな忙しく仕事をしているので呑気にケーキを食べるような場所ではありません。家も遠いので、家族の誕生日にケーキを買って帰るという場所でもないと気付きました。

財部:
でも最初の頃の記事を拝見すると、「自分たちが本当に売りたいものと、この『堂島ロール』は必ずしも一致していませんでした。『堂島ロール』一押しではなかったのですが、結果的に『堂島ロール』が売れたのです」ということですね。お2人は、それを偶然だと語っていますが、ビジネスの世界には、狙いが本当にぴったりはまって成功した人はあまりいません。ただ、目指している方向が正しく、そこへの向き合い方が正しく、ぶれずに、失敗してもやめない執念のようなものがあると芽が出てくる。モンシェールさんについて私が一番すごいと思うのは、店舗と工場を数多くつくり、短時間でデリバリーするところにこだわってきたところです。

美花:
私はチェーン店があまり好きではありません。なぜかと言うと、効率を重視するあまり、おいしかった店がおいしくなくなってしまうのです。モンシェールはそうなってはいけないと思いました。規模を大きくしたら味が落ちるのではなく、3店舗でできていることが10カ所でできるようになれば、30店舗になり、3店舗でも30店舗でもやっていることが同じだとしたら、規模が大きくなるのも悪くないかなと、ふと思ったのです。もともと店舗がこれほど増えるとは思っていなかったので、いつもつぎはぎで、大阪と銀座三越に展開したときに厨房が必要になり、1つ作ったのですが、大丸東京店にも出店することになり、一杯になってしまったのでもう1つ厨房を作ったのです。

春花:
たまたま良いタイミングで、安く良い物件が入って。

財部:
戦略的に最初からそうしていたわけではないのですね。

美花:
(商品も)これで最後だと思ったらまた作り、さらにまた作って…。最近会社に入った人は「もっと効率よくやればよかったのに」と言いますが、ケーキも、今日何個売れるからと言って一度に作って送るより、午前中にこれだけ売れたあと、午後に追いかける方がおいしいものができるので、手間はかかるけれどもそれで良いのだと話しています。

財部:
過去のいろいろなインタビューで触れられていなかった部分で言うと、投資に関してあまり質問を受けておられません。資金を調達して投資を行っていると思うのですが、そこはどう考えているのでしょうか。

美花:
それが私たちの課題だったのです。開業して7年間は、最初の1年間は苦労したものの、その後6年間は何も考えなくても毎日売上が立っていきました。

春花:
『堂島ロール』を作れば作るだけ、売れたのです。お店があまりにも忙しそうだったので、人材を募集しても誰も来てくれないくらいでした。ですから、私たち以外はアルバイトさんしかいないような時期もありました。

美花:
その6年間はほとんど経営らしい経営をしてこなかった。お金をきちんと見ずに、足し算と引き算だけで済ませていた感じです。3歳上の姉が銀行出身なので、姉が(会計を)見るという形でしたが、個人でできるお金の管理は20億円までだと思い、もっと本気でお金のことを考えるようにしたのです。私は経営者業をしないでケーキ屋業に専念してしまったなと思い、昨年頃から一生懸命勉強をしてきました。知人から「管理ができないからやっていないのではなく、やらなくてはならないということをわかっていないから今こうなっているのだ」とか「社長以上に会社を大切に思っている人はいないから、簿記くらい本気になったらできる」と言われて、関心を持ち始めました。

財部:
そうなのですか。

美花:
今は海外も100%独資なのですが、振り返ると出資してもらうことも可能だったと思います。今は売上高が海外国内合わせて約50億円ですが、原始的な商売をしてしまっています。5年前に私がプロの方や会計士の先生といろいろ研究し、長期戦略を立てていればよかったのですが、先ほどお話したように、つぎはぎで来た結果、今こうなっているので。

財部:
ファンドなどから、出資したいという声はかからなかったのですか?

美花:
去年も台湾や中国、韓国、日本の会社からありました。最初は拒んでいたのです、わからなかったので。私たちは25歳で1人暮らしをするまで、カードを絶対に使ってはいけないと(親に)言われていて、カードを作ったらハサミで切られたのです。そんな状態なので、出資をしてもらうとかそういうことにまったく疎かった。もっとそういうことに長けていたら、展開もいろいろあったのですけれど。ドバイやタイ、フィリピン、台湾などからもオファーが多数来ているのですが、今頃が旬なのでしょう。日本の景気が良いと言われている間に考える必要があると思っています。ファイナンシャルの部分でプロでなくてはいけなかったと少し反省しております。

財部:
それは大した問題ではありません。お2人が経営者として商売の本質を身に着けることが第1で、逆に成功したからといって、お金の面でうまくやったからだということばかりではどうかと思います。

美花:
ちょうど10年無事にやってきて基礎がわかったので、これからはそういうところも含めて、上手にやったほうがいいですね。

春花:
日本のスイーツは本当に世界で1番。意識も高いと思っています。もっと海外の方にご紹介していきたいのですが、そうなった場合、資金も必要です。しっかりブランディングを行い、良い商品を、良い見せ方で売っていこうと思っていますが、日本ではこれ以上、店舗を増やす気はありません。逆に海外は、スイーツに関してはこれからだと思っています。

美花:
今は100%私たちの資本ですが、株のことも少しわかってきたので、今後はそういうことも絶対に駄目ではないかもしれないな、と。大きなお菓子屋さんと業務提携を結ぶなどして、長生きする会社作りに今は励んでいます。

財部:
海外展開もですか?

美花:
海外もそうですし、今はモンシェール自身が財務的にも余裕のある会社を目指します。

春花:
“How Much”よりも“How Long”を。“How Much”も大事ですが“How Long”で。

美花:
「ケーキ屋さんでここまで来たよね」と喜ぶのは10年で一区切りをつけようと思っていて、これから産業として育てることを考えると、まだまだ勉強しなければならないことがたくさんあります。

財部:
お2人はすごいですね。こんなに若くて、潰れない会社を目指すとか“How Much”よりも“How Long”と言うのは。普通は、成功するとますます“How Much”になるのですよ。

美花:
それは全くないですね、質の高いお店を作りたい。うちに今勤めているスタッフたちもそうですが、面接の時に「なぜ当社を志望したのですか」と聞くとほぼ100%、「『堂島ロール』が好きで」と言って入るので、私たちとしてはスタッフの期待を裏切ってはいけないと思っています。そうなると、長生きする会社作りのほうが大切です。

財部:
これは老婆心もあるのですが、自分の会社だけ変化を起こすのは20世紀型の古いモデルで、サプライチェーンの上流から下流まで皆が一体となってイノベーションを起こすのが、今の圧倒的なトレンドです。先ほど業務提携という言葉が出ましたが、今の私は業務提携支持。海外に行く時も、全部自分でやるのが理想的ですが、国も違えば食も違うし、好みの色や香りも違います。にもかかわらず、これまで日本企業は、自分で工場を造り、自分で売りに行って代金も回収できずに失敗するということを繰り返してきました。そんなことをせずに、信頼の置ける同業他社と業務提携をするとか、一緒に出資をして新しい会社を作り、資金回収はあなた、作るのは私、売るのは彼といった役割分担が必要です。それぞれ国によって政治の状況も経済の状況も違うので、全部をマネージするのは難しく、大企業も失敗しています。いま海外進出の話がかなり出ていたので、ぜひともモンシェールのノウハウを活かしながら、別のリスクを見据えて出ていってほしいと思いますね。

美花:
そうですね。ドバイに何回か出張し、現地にほぼ出る話になった時、独資へのこだわりはなくなりました。あまりにもイスラム圏とは離れていますから。香港では、無理をしてでも自分たちでやりたい、そのためにも頑張るという気持ちになったのですが、そこから吹っ切れました。

春花:
本当に海外はこれからだと思っています。日本のスイーツのレベルは高いと思っていますので、そのためにも。

「オンリーワンのクリーム」へのこだわり

財部:
ところが日本のスイーツが力を出し切れていないわけです。先日もテレビでシンガポールの北海道ブームを特集していました。シンガポールは何から何まで輸入で、自前のものが何一つないのです。そのためシンガポールの子供たちは、小麦はスーパーマーケットで作られていると思っているわけですよ。

美花:
そうですね。私たちはいろいろなシェフと海外を回りましたが、日本レベルのものは無理ですね。7年前から、日本で私たちがお世話になっている乳業メーカーさんに、「上海で材料が手に入らないので上海に支店を作ってください」「上海のこの工場に(ノウハウを)教えてください」とお願いしていますが無理なのです。なぜかと言うと、上海で日本と同じクリームが作れないのはミルクが違うからで、ミルクが違うのは牛が違うから。牛が違うのは食べている草が違うから、草が違うのは土、空気、水が違うから。「同じ味を出そうと思ったら、最低12年はかかる」ということでした。土を変え、良い水を流し、それで同じ草になると考えると、オンリーワンなのです。私たちは韓国と香港に毎週2回、北海道生乳を使った独自製法のクリームを空輸しているのですよ。

財部:
その場合、1個いくらになるのですか?

美花:
『堂島ロール』は今日本で1300円ですが、韓国では1800円、香港では2000円です。でもこれはすべてのコストがかかって2000円ですから、もっと高くなければいけません。香港では、日本から持ってきたものは2倍以上するのに、安いので「これは本当に日本のクリームなのか」と言われるぐらいです。

財部:
シンガポールは考えていないのですか?

美花:
去年行ってみて、商機が無いと思って帰ってきましたが、またお話があったので1から考え直してみます。

財部:
何が言いたいかというと、ネットワークやリンクという考え方でいくと、香港や韓国は「点」ですが、シンガポールやドバイは「面」の広がりを期待できるのです。

春花:
いろいろな人が集まっているので、世界の広がり方が違うと思います。今日は先ほどまで店長会議でしたが、最近、特に銀座に外国人が集まってきていて、信じられないのですが、昨日のお客様の3分の1が外国人だったと店長が話していました。手前味噌になりますが、去年の8月に韓国でうちの店舗がオープンして以来、毎日行列、毎日完売なのです。

財部:
それは『堂島ロール』なのですか?

春花:
『堂島ロール』が人気です。韓国では今どこも行列で、買うのが大変だから、日本に来た時はポリバックに入れて持って帰るとか、ホテルで召し上がるとおっしゃっていましたね。最近は韓国を始め、UAEやオマーン、カタール、アルジェリアなどの大使や大使館の方々にケーキをご注文いただいたり、お渡しする機会が多いのです。いろいろな国の方々が「建国記念のケーキを食べておいしかったから」などと言って下さいます。大使のご夫人たちはネットワークが広くて、「○国の大使にいただいておいしかった」とか「次のパーティーに、○国の大使夫人がおいしいと言っていたケーキをくれませんか」という電話をいただいたことも、今までにたくさんあります。

財部:
口コミのレベルが上がってきましたね。