J.フロントリテイリング株式会社 代表取締役社長 山本 良一 氏

財部:
百貨店にユナイテッドアローズ、ユニクロ、ポケモンセンターですか。

山本:
「あそこでは高くて買えない」、「敷居が高くて行けない」というのが今の百貨店に対するイメージであり、 それがわれわれのマーケット対応力不足の表れです。ならばもっと敷居を低くして、誰でも来ていただける百貨店にしたらいい。 ユニクロさんがあってもおかしくないのだ、と。実際、品質的に見て何も問題はないと思いますし、ポケモンセンターさんや 東急ハンズさんのように、人気のあるアソートメント(顧客の求める商品を把握し、取り揃えること)を実践している専門店が あれば、入ってもらったらいいではないですか。私はこれが本当の意味でのマーケット対応力だと思うのです。

財部:
でも、それがなかなかできないのはなぜですか。

山本:
人気の専門店などは粗利益率が低いからです。既存のお取引先と比べると儲けが少なすぎて。でも、それを言ったら永遠に マーケット対応はできません。だからわれわれは努力してコストを下げるべきなのです。実際、販管費を下げているので、 粗利は落ちても営業利益率は向上しています。つまり販管費を下げれば、われわれはやっていけるのです。逆に言えば、 昨今はラグジュアリーブランドの人気が大変あるのですが、これらのブランドは取引条件が厳しいので、コストが 削減できていないのに大量導入すれば、利益がでないということにもなりかねません。

財部:
ラグジュアリー性を重視するとそうなりますね。

山本:
でもわれわれはコストを下げているので、(利益率が低くても)人気のブランドを導入することにより、 上流のハイエンドのお客様も取り込むことができているし、一方、裾野ではユニクロさんやH&Mさんなどのほか、 セレクトショップも入れられている。その延長線上で、次の松阪屋銀座店跡地再開発事業はさらに魅力的な商業施設にしたい。 まったく違う業態にしても良いし、百貨店の名前をつけなくても良いとさえ思っています。百貨店の名前を持つとどうしても それに引っ張られて、組織編成も売場のオペレーションも全て百貨店になってしまうので。一大プロジェクトですから、 銀座松坂屋店という名前を消しても良い。その代わり、まったく新しい業態を作ろう、新しいビジネスモデルを実現しようと話しています。

財部:
銀座で新しい業態にチャレンジするのですね。

山本:
銀座は世界から注目される土地柄で、世界中や日本中から多数のお客様が来ています。そこでわれわれの目指している新しい姿を まず実現させます。日本を代表する銀座エリアのさらなる魅力と賑わいを創出するため、商業施設やオフィスだけでなく、 文化施設や観光拠点などの、街に必要な機能を兼ね備えた大規模複合施設を開発します。私たちは、銀座や上野で、店舗を核に、 地域とともに成長するビジネスモデル、「アーバンドミナント戦略」に取り組もうと考えています。

財部:
アーバンドミナント。

山本:
はい。上野も京都も神戸もそうですが、われわれが立地しているのは都市の中心で最も良い場所です。 小売業はある意味で地域間競争なのです、地域で(お客様の)取り合いになりますから。したがって、店舗のある地域を、 いかにお客様が来店したくなる魅力的な場所にするかということが1番の戦略の柱になるべきです。百貨店だけが 良くなるのではなく、百貨店を中心にしてその街全体を良くするという取り組みを行いたいのです。

財部:
松坂屋上野店はどう変わるのですか。

山本:
今シニア層にターゲットをかなり絞っているので、従来の本館・南館の2館体制による営業を、本館だけで完結させます。 一方、南館は建て替えるのですが、上野の街に必要なものや「上野の街にあればいいのに」とお客様が思うものを 揃えて新店舗を構築しようと考えると、若者向けの良いファッションがありません。そこで一昨年に子会社化した パルコの知恵を使うのです。建て替え後の南新館には1階から6階までパルコが入り、7階から10階には「TOHOシネマズ」が 入居します。上野にはシネマコンプレックス(複合映画館)がないので、これを街に持ってくるのです。

財部:
上野にシネコンはありませんよね。

山本:
上野は、昔は映画の街だったのですが、今は(シネコンが)ないのです。また最新のビジネス機能の整ったオフィスビルも それほどありません。そこで上の階をオフィスにして、街にお客様が多数来店するようにすれば、上野御徒町が活性化されます。

財部:
大変素晴らしいお話ですが、他の百貨店を見てもみな長い歴史を持っており、経営統合を経て、何もかもがすぐに 一緒になれるわけではないような気がします。今の銀座、上野における新しい取り組みも、組織全体が同じ問題意識を 共有して進めていくのは大変だと思いますが、どんなところがポイントになるのでしょうか?

山本:
私は、大丸と松坂屋を経営統合してもまったく心配ないと思っていました。なぜかと言うと、私が大丸時代に 営業改革をやれと言われた時も、各店の実態は、あたかも「株式会社神戸大丸」、「株式会社京都大丸」、 「株式会社心斎橋大丸」のように組織が別々で、大丸の営業改革とは、これらを合併したようなものだったのです。 昔は店長が取締役でしたから、それなりの権限を持ってやっていましたし、人の採用にしても、伝票1つを取っても すべてばらばらで共通なものはなく、仕事のやり方もそうだったのです。今度はさらにと名古屋と上野と銀座の店を くっつける話だから、同じようにやればできると思っていました。

財部:
まり、(統合は)今までやってきたことだ、と。

山本:
ええ。ですから極めて単純にやっていました。百貨店の社長として、単純に店舗が名古屋と東京に増えたのだと。 もちろん一方的に「大丸のやり方にします」とだけ言っても無理です。しかしトップ同士がちゃんと コンセンサス取れていれば、それは腹に落ちていくのです。

財部:
それは説得力がありますね。最後にもう1点だけ伺いたいのですが、流通の世界を見ていると、百貨店もスーパーも コンビニといった業態別の意味が薄れ、サプライチェーンにもねじれが生じ、過去のビジネスモデルも通用しなく なってきています。こうした中、J.フロントリテイリングさんやセブンアンドアイさんなどが最近、オムニチャネルと いう言葉を盛んに言われています。オムニチャネルとは、ITとリアル店舗の一体化がベースになっていると思うのですが、 その先を考えると、もはや百貨店やスーパー、GMSといった業態の区分は完全に消えてしまうのではないでしょうか。

山本:
私はそうだと思います。私が今しきりに言っているのが、顧客争奪戦争という言葉です。要はスーパー、 コンビニエンスストア、百貨店、GMS、SCなどのリアル店舗がみな顧客争奪戦争に入っていて、相互の垣根は どんどんなくなっています。われわれがやってきた時代はリアル店舗における争奪戦でしたが、今ではネットを 含む争奪戦になっていて、こちらのウェイトの方が徐々に高まっています。われわれはリアル店舗で顧客を 固定化しデータベース化を進めてきましたが、全体の数分の1のお客様としかつながることができていないと思うのです。 これからネットを介することでお客様との「接点」がどんどん増えていくと考えています。ネット上でお客様とうまく つながることができる企業が、顧客を取り込んでいくでしょう。

財部:
そうですね。

山本:
ネット上の顧客をわれわれに振り向かせることも、EC(電子商取引)で商品を買ってもらうことも大事ですが、 私がなぜオムニチャネル化と言っているかというと、大丸松坂屋百貨店はリアル店舗でも良い店で、いろんな情報が ある店だということを、いかに浸透させるかが重要だと考えているからです。あるいは、お客様が買いたい商品は お取り寄せもできる、ネット上でもお買い求めいただけるように環境を整え、お客様を離さないことが1番重要だと思います。 逆に言えばECビジネスの側でも、ECだけでは発展性がないため、リアルとどう結びつけるかが重要になってきています。

財部:
楽天も、渋谷公園通りに楽天カフェを出しましたよね。

山本:
そういう時代なので、リアルとネットの融合を早く行うことが重要です。その両サイドをバランス良くうまく掛け合わせ、 お客様を離さない対策を打っているところから、何か新しい業態が生まれてくるのではないかと思います。

財部:
そうですよね。やはり1人の顧客がいろいろな買い方をするわけですから。私自身を顧客として考えると、 リアルの店舗にはもちろん行きますが、洋服はやはりネットで買う気にはなれません。ですが、たとえば特定のブランドの、 特定のポロシャツだったら、ネットで十分です。だからリアル店舗で買う時は大丸に行く人が、ネットでも大丸に 行くようになったら、ポイントを始め、サービスを揃えた方がいいという話になりますが、今はそういう過渡期にありますよね。

山本:
はい。私は1人のお客様を見た時に、二極化が起こっていると思います。たとえば靴の好きな若者が高価な靴を買ったり、 時計の好きな人がロレックスを買ったりということが普通にあるのです。本当にこだわっている商品には、いくらでも お金を出しても良いと思っているのです。着る服はユニクロでいい、その代わり腕時計だけは良いものを選ぶという 買い方もあるわけですね。とはいえ数十万円もする高価な商品をネットでポンと買うわけではないでしょうから、 リアル店舗の担うべき役割は、商品のことをとことん知っているとか、マニアにも対応できるような商品を置いてあるとか、 そういう部分になってくるのでしょう。一方、ネットはコモディティ化しているもので良いと思います。私は昔、 ファッションはコモディティ化しないと思っていたのですが、今では完全にコモディティ化していますよね。

財部:
コモディティ化していますね。私も、ある部分でコモディティとして買っています。

山本:
下着にもそういう傾向があります。それがTシャツやポロシャツの領域になると、コモディティ化が著しく、 マークの違いと金額だけ見ていれば良いということになっています。われわれはそういうマーケットにも見て いただく一方で、リアル店舗ではもっと差別化を進め、「ここにしかないもの」や、新しいデザインを含めた 開発を手がけていかなければなりません。

財部:
店舗に行ってアドバイスをもらうことも重要です。私の場合、いつも行く店はだいたい限られていて、そこで 提案を受けることで「買ってみるか」とか「チャレンジしてみるか」と思うのです。売るという行為に付随する そんな付加価値を、従来は百貨店が持っていたのですよね。

山本:
「これを買う」と決めて店頭を訪れるお客様は少ないですね。なんとなく「スーツを見よう」と思っていて、 金額も決めていないのですが「いいものがあれば」という方が大半です。そこで、販売員がお客様の話を聞いて 似合うものを見つけてあげて、「これがいいのではないですか」と言ってポンと背中を押してあげる。 それがリアル店舗のあるべき姿だろうと思うし、そこがネットではなかなか表現できないですね。ネットには 「どこでも買っても同じ」とか「どこで買ってもいい」という風潮がありますが、逆にわれわれが看板やブランドを 駆使しながら、コモディティ化した商品を売ったりしています。そういうことが重要ではないかと思いますね。

財部:
事前にお送りしたアンケートを拝見すると、山本さんにとってバスケットボールが大きな軸になっていることは 明らかですが、「休みができたら行きたい場所」に「自宅でゆったり」と回答されていて、リフレッシュ方法も 散歩と銭湯ということです。山本さんのアグレッシブなイメージと非常に対照的ですね。

山本:
札幌に行ったり九州に行ったり、海外にもあちこち行っていますから、ゆっくりできるなら家にいたいと いうのが正直なところです。4年前に家を建て直したのですが、100日も住んでいません(笑)。

財部:
日常のお仕事がいかに激務かということですね。

山本:
銭湯は面白いですね。東京に単身赴任をしているのですが、銭湯はこちらに来てからです。 住んでいるところがわりと下町に近いので、銭湯がたくさんあるのです。マンションのお風呂よりも、 大きな銭湯に入っている方がいいですね。

財部:
最後の 「天国で神様にあった時、なんて声をかけてほしいですか」という質問ですが、これが非常に個性が出るところで、 「地上の理想の国を創ってきました。天命をいただきありがとうございました」とお答えです。 これは過去に例のない回答ですね。

山本:
人が人たるゆえんは、万物は天地人から成り立っているからです。天とは天国であり、皆が天国に 行きたがるのはそこが理想郷だからです。天国にいるのは神様で、天と地の間にある地上に人間がいます。 地上は四苦八苦の世界で、もめ事や憎悪などが混沌としている場所。なぜ、その地上に人間が立っているのかと言えば、 神様は天から地上に降りてこられないからです。そこで「人間であるあなたが、混沌とした地上を理想郷に近づけなさい」 という天命を受けたと考え、私はここで生き、努力してきました。その中で、社長はもちろん奥田さんから命じられたのですが、 天命があって社長をさせていただいていると考え、「天命をいただきありがとうございました」と申し上げたのです。

財部:
今まで1番深いお答えです。自分のミッションをどう考えるかで、人の生き方は決まるのですね。

山本:
そうですね。やはり「君が社長をやれ」と言われた段階から、自分であって自分でないようなところがあります。 社長とはそういうものかもしれません。だからこそ天命を受けてベストを尽くす。最期に「自分は努力してきました」と、 神様に言えるようにしたいですね。

財部:
今日は長時間どうもありがとうございました。

(2014年6月5日 東京都中央区八重洲本社にて/撮影 内田裕子)