株式会社 アシックス 代表取締役社長CEO 尾山 基 氏
人生に影響を与えた本:「沈黙」(遠藤周作著)、キリスト教
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グローバル競争は、企業対企業、社員対社員の戦いだ

株式会社アシックス
代表取締役社長CEO 尾山基 氏

財部:
シスメックスの家次恒社長からご紹介をいただきましたが、同社とはどのようなお付き合いなのですか。

尾山:
取引はないのですが、同じ神戸ということです。実は外資系や金融系を含むと、神戸ではシスメックスさんと当社、ダンロップスポーツの最低3社、ケースバイケースで上組さん、野村證券さんあたりとよくお付き合いをさせていただいています。家次さんは以前からお顔を存じ上げていて、神戸経済同友会に誘っていただき、神戸日独協会の会長をやってくれとも言われました。これにはストーリーがありまして、鬼塚さん(アシックス創業者の故・鬼塚喜八郎元会長)が、家次さんに同協会の会長を依頼していたのです。私はドイツ研修生の経験があったので、「次を頼む」と3年ほど前からいわれていました。

財部:
そうなんですか。

尾山:
加えて、シスメックスさんが2008年に新研究開発拠点のテクノパーク(神戸市西区)を設立された際、施設内に設けられた社内託児所の「キッズパーク」にも興味があったので、商工会議所のツアーで視察にお邪魔したのです。実際に訪問してそのコンセプトがわかったのですが、同社には薬学部を出た女性の薬剤師が多く、入社10年ほどで辞めてしまうと切れてしまうので、彼女たちを置いておきたいということなのでしょう。アテネオリンピック金メダリストの野口みずき選手の記念碑もあります。社屋の中に入ると研究開発と知財がありました。知財は申請ベースなので即、登録するのだそうです。早いですよ。やはり医療の世界は厳しいグローバル競争をしていますからね。それに比べると当社はスピードが遅いですね。非常に参考になりました。

財部:
尾山社長が、旧・日商岩井からアシックスに来られたのは、何がきっかけだったのですか。

尾山:
家内が鬼塚の長女だということもありますが、それだけではありません。入社以前にもう家内と結婚していたのですが、上司をみていても、年齢的にそろそろニューヨークやロンドンに行ったりする時期で、海外に行ったら5年、帰ってきてから5年で40歳になり、またどこかに行けといわれたら45歳。それで人生がフィックスされてしまうと思ったことが1つです。あとは10年後にはスポーツ業界においては一番力を持つのは小売だと確信していました。メーカーが目立っていましたけど、実は問屋が力を持っていました。しかし、販売とファイナンスと物流。そういう新しい構造の中において、これからはリテールがメーカーに大変な力を持ってくると思ったのです。その大きな変革期の中で、アシックスも小売をやるなど、チャレンジがいろいろあると思ったのです。

財部:
実際にアシックスに入ってみて、外から見た印象とは違う部分もあったのではないですか。

尾山:
日商岩井では財務に加え、許認可やプロジェクトバランスを担当していました。比較の対象にはなりませんでしたが、商社の時は為替のディーリングでは数百億円の仕事もしていましたから、(シューズ1足が)6800円といわれても、単位が違うので最初は戸惑いましたね。

企業、経営、従業員のクオリティを世界レベルに高める

財部:
今回、資料を拝見していると、アシックスという会社は想像以上に変わってきていますね。製品を作ってから売るまでのサプライチェーン全体を自社で、なおかつグローバルに展開しているのは凄いことだと思います。

尾山:
個人的には、日商岩井時代にドイツのケルン大学に2年間通い、(アシックス入社後1986年から90年まで)アメリカに5年いまして、逆に言えば、90年12月に帰国するまでジャパン・ドメスティックはほとんど手がけていなかったのです。

財部:
アメリカから帰国してから、どんなことを手がけられたのですか。

尾山:
革靴を10年間やっていました。これは直販で、私の社会人人生で問屋を使ったことは1回もありません。伊勢丹などの店舗に来るお客様に、自分で対面販売を行うのです。中間業者は一切使わなかったので、店舗も財務責任もすべてやらなければいけませんでした。アメリカはもともと月賦販売が基本で、在庫の管理や代金の回収を全部こちらがやるのですが、それを経験したのがよかったのでしょう。日本でもそうしてやろうと思いました。 アシックスに来てからは、鬼塚さんが会長を2代務めたWFSGI(世界スポーツ品工業連盟)の前会長である米ニューバランスのジョン・ラーセン社長(当時)から、(次期会長を)やってくれと2010年に依頼されました。そこで2011年から13年まで受けてみたのですが、ここで他社の動きがすべてわかるようになりました。

財部:
グローバル化のうえで信条にしていることは何ですか。

尾山:
2013年2月に京都で開かれた関西財界セミナーで、私はグローバル化をテーマにした分科会で議長を務めました。そこで、三井住友VISAカードの月原紘一特別顧問が「これからは企業対企業、それからそこで働く社員と社員との戦いである」とおっしゃっていて、これが腑に落ちました。(その言葉を)その後、おおむねスピーチで使わせてもらったのですよ。

財部:
月原さんが40代そこそこで支店長をしていた頃、取材したことがあります。私は30代前半でしたが、月原さんは当時もっとも取材をさせていただいたバンカーと言ってもいいぐらいです。

尾山:
企業のクオリティと経営のクオリティ、従業員のクオリティをコンぺティターと同等以上のレベルまで高めたうえでぶつかっていなければ、ナイキ、プーマ、ニューバランスであろうが、グローバル競争には勝てません。2011年に「アシックスビジネスリーダースクール」という社内人財育成制度を始めていたのですが、月原さんに言われてやはりそうだなと思いましたね。

財部:
アシックスビジネスリーダースクールを設立したきっかけを教えて下さい。

尾山:
語学もインテリジェンスも少し足りないと思いました。私自身、日商岩井の研修生の経験があり、帝人の大八木成男社長が50歳以下を対象にしたエリートスクールを設立すると聞いたので、思い切って作りました。26〜30歳、35〜40歳、40〜45歳という3階層から社員を選抜して経営学や語学を学び、45歳で卒業してすぐに取締役になってもいいぐらいのスクールを作ろうと考えたのです。英語はべルリッツ、経営環境はグロービスで鍛えています。さらに今、国籍や文化、年齢、キャリアなどの異なるバックグラウンドを持つ人たちが、お互いに議論することで新しい視点を生み出し、創造的なアイデアにつなぐために、ダイバーシティに基づく組織作りをやり直そうと思っています。

財部:
先日、テレビ東京の「未来世紀ジパング」という番組で、インドにパナソニックとソニーの現地法人の取材に行ってきたのです。パナソニックもソニーも日本ではパッとしない印象がありますが、実はインドでは両社とも傑出した経営をしています。パナソニックインディアは従来のしがらみを全部捨てて、OEMで世界中どこからでも調達しています。インド特区指定で、製品に最終的にパナソニックブランドをつける権限を本社からもらい、アップルなどと同等以上の機能で1割安くするというやり方をしているのです。そのうえでパナソニックインディアは、本社がやめてしまったスマートフォン事業を始めたのです。

尾山:
そうですか。

財部:
一方、ソニーインディアは、パナソニックインディアとは対照的に、テレビもスマートフォンもソニーが持っているハイエンドな製品を売っています。その代わり、たとえばテレビでは、日本人が見ると目がチカチカしてしまうほど原色が鮮やかな「インド画質」や、映画の音声を最大音量で聴きながら踊るというインドの音質を体現した製品を作り始めました。ところが、そもそもソニーは「ブラヴィア」が全世界共通の最高のブランドだという価値観を持っていて、本社はこういう(現地に合わせた)品質やテイストに変えてくれという要望に応えてくれません。そこでソニーインディアの日比社長は、本社と大喧嘩をしながら「売れ残ったものは全部責任を取る」と言って製品を買い切るわけです。

尾山:
なるほど。

財部:
またソニーインディアでは、150チャンネルあるインドのテレビを7チャンネル買い取って「ソニーテレビ」を運営し、クイズに答えて億万長者になる「ミリオネア」という番組や、1週間で1番人気の高かったドラマなどを放送しています。ソニーのスマートフォンを買うと、それらの番組を毎週無料でダウンロードできるのです。ソニーが国内で10年、20年もやろうとしてできなかったハードとソフトの融合が実現しているわけです。そういう取り組みを見ていると、日本企業の本社は大きくなりすぎていて、たとえばソニーはグローバル企業だと皆が思っていても、実はグローバルではないことがよくわかります。でもその一方で、現場に優秀なマネジメントがいると、パナソニックでもソニーでもそういうことができるのだなと、非常に勇気づけられて帰ってきました。

尾山:
いくつか感じることがあります。まずモノに関しては「グローカル」の考え方の下で、当社はヨーロッパのローカルカンパニーを1つにまとめたのですが、商品はそれぞれ(カンパニー)が作っています。(資料を見ながら)左側のものは日本の関西で作られていますが、日本のランニングシューズのほとんどが海外向けの製品と同一です。カラーや仕様などをローカルに合わせて作るものもあり、ある意味ダブルスタンダードではあります。

財部:
そうなんですか。

尾山:
でも効率を考えると、ナイキ、アディダス、あるいはルイ・ヴィトンのように、世界中に同じ商品、同じショップを展開するという手もあり、今は当社もその方向に向かっています。基本的にはローカル重視ですが、グローバルラインとローカルラインのコンビネーションが大事だと思います。

財部:
そうですね。

尾山:
それと、ニューバランスの社長が2012年の中頃に、「当社もやっとグローバルの給与体系になった。ただナイキと違うのは、グローバルローテーションができていないことだ」と言ったのです。その段階で、当社はグローバルな給料体系さえできていなかったので、取り急ぎ執行役員関係を合わせるようにしました。当社では2014年4月1日から年功序列をなくし、グルーピング(似通った職務をグループに分類すること)に基づいた給与体系に移行します。大丸、野村證券、三菱東京UFJ銀行も10年前に導入していますが、やはり遅れているのですよね。これで4月1日以降は、新人が高い第三者評価を受ければ3年でマネージャーになるとか、7年で部長になることも、制度上では可能になります。

財部:
7年で部長になれるのですか?

尾山:
もちろん経験を積まなければいけませんから、難しいですが、システムとしては可能にしています。

財部:
結局、グローバルローテーションもそうですが、根の部分にあるものは、職責に対する機能と評価の問題ですよね。そこが明確なら、「働けません」と言われたら単純に比例配分をすればいいということになります。それからオリンピックという、グローバルなイベントの主たるプレイヤーであるアシックスさんには、そういう完全なグローバル企業に変わってほしいという思いはありますね。

尾山:
アシックスジャパンはアシックスアメリカ、アシックスヨーロッパ、アシックスオーストラリアと同等で、グローバルヘッドクォーターは神戸にあります。従業員がどこにでも勤務でき、評価も受けられるように制度を変えてきました。それに対して今は批判が出ていませんし、ヘッドクォーターとアシックスジャパンに分けたことで、ある意味ほっとしている人たちもいると思います。昔はローカル社員とナショナル社員という区分がありました。ところが、全員がナショナルでローカルという発想が良いと考え、アシックスジャパンでもそれをやろうとしたのですが、やめたのです。