野村ホールディングス株式会社 グループCEO 永井 浩二 氏

永井:
個人投資家の資産運用もそうです。国内の成長余力がそんなにないのであれば、果実はたくさん取れないかもしれない。でも海外にはたくさんあるわけです。そこで野村に「何かいい商品ない?」と聞かれたときに、当社が情報ネットワークを持っていなかったら提案もできません。だから我々はお客様のニーズに応える為にグローバルにならなければならない。 こういう結論を出したわけです。でも我々にあまり強みがないところで勝負しても勝てません。我々の付加価値があるところと言ったら、日本の金融機関として圧倒的に強くて、しかもお客様のニーズが高いのはアジアであると。

財部:
なるほど。

永井:
もともと野村はニューヨークとロンドンはオペレーションが結構大きかったんです。ところが、ニューヨークは、リーマン・ブラザーズ破綻の前年度に、ABS(資産担保証券)などの証券化商品で大きな損失が生じた上、プライマリーディーラー(政府公認ディーラー)の資格を返上したりした結果、その規模もかなり縮小させていました。その後、リーマン・ブラザーズが破綻した時、アジア部門と欧州部門を承継したのですが、元々大きかった欧州がさらに大きくなってしまった。そこにユーロ危機です。結果的には、欧州が一番しんどくなってしまったわけです。

財部:
勝負に出たのが裏目に出てしまったわけですね。

永井:
これまでの野村のグローバル化は、狙いは良いのですが、少しついていないところがありました。これからは、我々に付加価値がない分野は、基本的には、縮小するか、撤退する。勝てそうなところ、ニーズのある所、強みの発揮できるところに経営資源を集中する。現在のマーケット環境や数年先の状況を見据えながら、適正な所に適正な経営資源を配置していきます。 そういう意味では非常に単純です。

財部:
合理的に考えるという話ですね。

永井:
はい。米国は、その後、地道にやって、そこそこ上手くいっています。欧州は、さきほど申し上げたとおり、見直しを行っているところです。あとはアジアですが、アジアで何をするのかと言った時、これは本当に難しいのですが、アジアは時差も少なくて距離も近くやはり親近感がありますよね。野村證券が日本で築いてきたビジネスモデルを思い返したとき、野村はリテールとホールセールを分離しないで車の両輪のようにして相乗効果を発揮してきた会社なんです。野村がアジアで今後やろうと思っているのは日本で成功したビジネスモデルです。もちろん、アジアは国によって、法律も商習慣も違うので、このビジネスモデルを単純には、輸出することは出来ませんが、基本的には、リテールとホールセールの両輪モデルでやっていこうと思っています。

財部:
アジアでリテールをやるのは大変なことですね。

永井:
ひとつ面白い例は、タイでキャピタル・ノムラ・セキリュティーズ(CNS)という証券会社に出資しているのですが、これはリテールを中心としたビジネスを展開しています。3年前からコミットを強めて当社から社長も派遣していますが、現在二十数店舗、日本での野村のノウハウを注入して、業容を拡大しています。タイ株の信用取引では2番手につけています。

財部:
そうですか。従来とは全く違う景色ですね。

永井:
このCNSのビジネスモデルが他の国でも通用するのか、違うやり方が良いのか、ここは真剣に見極めていかなければなりません。今年4月にシンガポールにアジア戦略室を作りました。ここにはアジア戦略担当役員として山崎専務と、ニューヨークにいた住野という役員の2人を送り込みまして、単独でやった方が良いのか、組むなら相手は誰が良いのか、組む場合には、資本提携するのか、業務提携だけで良いのか、様々な選択肢を最前線で検討してもらっています。

財部:
役員クラス2名をシンガポールに送ってしまうのは凄いですね。パートナーを選ぶ際に、現地でしか得られない情報はたくさんあります。非上場のオーナー会社の海外戦略を見ると大体成功しているのですね。オーナー会社は会社の痛みは自分の痛みですから、パートナー選びは時間をかけて慎重におこないます。成功している会社は、その地域の華僑や財閥など、有力な実業家をしっかりつかんで家族ぐるみの付き合いをしていますね。先日も提携先の社長が来日したといって会食の写真を見せてもらいましたが、奥さんから子供まで両方の家族が勢ぞろいしていました。日本の大企業も本気でアジアに進出するのだったら、アジアの流儀に則って、奥さん同士、子供同士、家族で付き合うくらいの気持ちで望まないと、やはり対等にはならないと思います。そこが日本企業がアジアで今ひとつ伸び切らない理由のような気がしています。

永井:
おっしゃるように個人的な長期間にわたるコミットメントというのは必要なのでしょうね。日本の大企業は大体何年かで転勤で変わってしまいますからね。

財部:
そうですね。肩書が変わってもずっとお付き合いを継続していきますと、そういう強い信頼関係を築かなければ、アジアはやはり難しい気がしますね。

「努力していれば必ず報われる」という気持ちでやっている」

財部:
アンケートにお答えいただきましたが、愛読書は佐々淳行さんの「平時の指揮官 有事の指揮官」これは30代で読まれていますが、永井さんはずいぶん早く支店長になっているのですよね。

永井:
35歳だったと思います。

財部:
これはその時に読んだ本ですか。

永井:
はい。本はよく読むほうなので、正確には覚えていませんが、たしか、その頃に読んだのだと思います。というのは、支店長になる前、京都で営業課長をやっていたのですが、その時の支店長が佐々淳行さんのファンで、よくその話をしていたのを覚えているからです。

財部:
今、社長になられてまさに指揮官の立場だと思うのですが。

永井:
我々は、みんな、大なり小なり、組織の中で働いていますよね。この本は、組織人としてどうあるべきか、その身のこなし方について示唆に富み、非常にためになる本だと思います。初めて課長になったとか、初めて支店長になったとか、そのような若い人たちに、ちょっと面白いから読んでみれば、という風に言ってきましたね。

財部:
好きな映画は「ロッキー」。ありそうでない答えですね。

永井:
だって、ダメ男が一生懸命やっているのが、面白いじゃないですか。

財部:
僕らの世代はほとんど自分の人生とリアルタイムみたいな感じですからね。

永井:
意外とないですか、ロッキー。

財部:
そうですね、難しい映画を言ってみたりする方が多いですね。ただ戦っていく魂を鼓舞するという点はいいですよね。

永井:
単純にいいですよね。

財部:
好きな音楽はラテン系。僕もラテン系の音楽は好きなんです。

永井:
ちょっと独特ですよね

財部:
休みができたら行きたいところは、小笠原諸島。世界遺産ですよね。

永井:
そうです。小笠原諸島には行ってみたいですね。ハワイなど世界的に知られたリゾート地というのは、行こうと思えば、いつでも行けますが、小笠原っていうのは多分行かないと思うんです。

財部:
僕も57年生きていて、真っ先に小笠原諸島に行きたいという人ははじめてです。

永井:
たしか、船が一週間に2便しかないのです。しかも行くだけで一日半くらいかかるんです。たぶん10日くらい休みがないと行けないところなんですね。一度、行こうかなと思って調べてみたのですが、無理だと思いました。小笠原は会社を辞めてからの楽しみにしようと思っています。あんなところが同じ日本にあるのに見ないで死ねないな、と。

財部:
苦手なもの、A4三枚以上の資料。この具体さ加減も気になりますが。(笑)

永井:
みんな資料を持ってきますが、本当は一枚にして欲しいのですが、そうはいかないので、せめて二枚。二枚と言ってもやはり三、四枚になっちゃう。それでいつも怒るんですよ。知りたい事はどこにも書いてなくて、どうして、どうでもいいようなことばっかり書いてあるんだ、って。 そんなこともあって、5分で話せとか、A4一枚にまとめろと言うようにしています。そうすれば、本当に必要なことだけになるはずだって。

財部:
座右の銘はずっとこれですね。天網恢恢疎(てんもうかいかいそ)にして漏らさず。この言葉には特別な思いがあるんですか。

永井:
正しい意味は「悪いことをすれば必ず報いがある」。悪事はばれるぞと言うことなのでしょうけれど、僕は、「ちゃんと努力してれば必ず報われる」という思いで使っています。

財部:
最後の質問は、天国で神様に会った時に何て声をかけて欲しいですか、というのは 「おつかれ」と。(笑)

永井:
だめですか(笑)。

財部:
いえ、だめじゃないです。突っ走ってきたってことですか。

永井:
お疲れさんでしたって感じで、声をかけてもらいたいですかね。 ただ、実際のところは、「本当にラッキーなやっちゃなぁ」という感じで声を掛けられるのかなと想像してみたりしたのですが、ちょっと品がないかなと思いまして、「おつかれ」にしたんだと思います(笑)。

財部:
今日はありがとうございました。

(2013年8月5日 東京都中央区 野村ホールディングス株式会社 東京本社にて/撮影 内田裕子)