凸版印刷株式会社 代表取締役社長 金子 眞吾 氏

世界を驚かせた「パッケージ革命」

財部:
パッケージ分野でも、いろいろと新しい動きが起こっていますね。

金子:
私としても非常に期待しているのが、ビン・缶の代替となる複合容器で、世界で数十兆円規模のマーケットが見込めます。現在、国内だけでなく北米・欧州・東南アジアを含めて、環境対応や物流コストの削減が大きなテーマになっていますが、われわれの技術が非常に役立つ分野でもあるので、何としてもこの流れに乗りたいのです。今、独自開発の透明ハイバリアフィルム「GLフィルム」や「PRIME BARRIER(プライムバリア)」を活用した軟包材の生産拠点となるマザー工場を、群馬県に建設中です。この新工場は2012年11月に着工しましたが、敷地面積が約5万坪で、最先端の複合容器の研究開発からパイロットラインによる量産までが1カ所で可能です。

財部:
そうなんですか。

金子:
これが、ネスレ日本さんの家庭用コーヒーマシン「ネスカフェ ゴールドブレンド バリスタ」です。結構小型で香りの良いコーヒーが飲めるマシンで、もう125万台以上売れているそうです。そしてこれが、われわれが開発したコーヒーの詰め替え容器。今までネスレ日本さんは、詰め替え容器にビンを使用してきましたが、容器を軽くしたいというご要望があり、われわれが紙製の容器を開発したのです。「バリスタ」のコーヒーの充填は、これでなければできません。コーヒーマシンとセットになっています。

財部:
「エコ&システムパック」という名前ですね。

金子:
そうです。このベースになるのが当社の「カートカン」という紙製飲料容器で、原紙に間伐材を含む国産材を30%以上使用している、FSCジャパン(日本森林管理協議会)の認証紙で作られています。後述の透明蒸着ハイバリアフィルム「GLフィルム」を使用し、中身の味や香りの劣化を防いでいます。

財部:
これはいつから始まったのですか。

金子:
「バリスタ」は2010年3月に発売され、「エコ&システムパック」は2012年3月に現在の形にリニューアルしました。 (コーヒーの詰め替えを実演しながら) 「エコ&システムパック」の包装を1枚だけはがして、コーヒータンクにセットします。そして、システムパックを上から押すだけで、タンクにコーヒー粉が充填されます。ゆっくりグッと押さないとコーヒーが出てきません。1、2、はい、完璧です。コーヒーの香りが逃げず、粉がこぼれないようにするために、以前は「システムパック」の注ぎ口をプラスチックにしていました。紙では成形が難しかったからなのですが、それを当社の加工技術でオールペーパー化することに成功したのです。

財部:
これは凄いですね。

金子:
実はビンや缶はバリア性が高くて、その代替品の開発は、世界的にも食品メーカーさんの大きな課題です。われわれは紙を中心とした代替品をご提案していますが、紙は軽いもののバリア性が弱く、賞味期限が短くなってしまうのです。酸素や水蒸気が入ってしまうからなのですが、それを遮断するのが、先にお話した「GLフィルム」。これを紙製容器の内側に貼ることによって、ビンや缶と同等以上に中身が持つわけです。

財部:
物流費の半減と言うのは、そこをいうのですか。

金子:
そうです、軽くなる。今まではネスレさんもビンをお使いでしたが、これが全部紙に変わりました。その意味で、この流れが世界的にどんどん大きくなっていくはずです。われわれは特許も押さえていますから、これからワールドワイドでビジネスを展開していく考えです。

財部:
これは、見た目はビンですよね。

金子:
そうですね。「GLフィルム」を内側に貼った紙を使っているので、ビンと同等のバリア性があり、中身が持つのです。「エコ&システムパック」は使い終わったあとも環境に優しく、容器リサイクル法に基づくコスト負担がありません。うちの特許とアイディアで、お客様の課題を解決した1例です。

財部:
群馬に建設している新工場の竣工予定はいつですか。

金子:
2014年3月です。ビンや缶に代わる複合容器は、今後大きな流れになっていくでしょう。

「イノベーションが当たり前」の企業風土

財部:
今晩(2013年2月22日)、テレビ朝日の『報道ステーション』で「ヤマト運輸のネットワークと地域再生」という特集を放送します。みんな「クロネコヤマト」といえば宅急便だと思っていますが、宅急便だけが同社のビジネスではありません。宅急便から派生してビジネスが大きく広がっていることを、地域再生という切り口からレポートするのですが、私は「変わらなければならない」というメッセージを出し続けたいのです。

金子:
そうですね。われわれのビジネスはどんどん変化していますから、変化が当たり前、要するにイノベーションが当たり前という風土にならなければいけません。「儲かったから、これに乗っかっていればしばらく安泰だ」ということなどあり得ないのです。先ほど申し上げたように、太陽電池も一時は良くても、助成金がなくなったら厳しくなります。その意味で、やはり先を見通す力が大切であることはもちろん、今世の中で起きている「小さな革命」をすべて拾い、それらを消化していかなければならないと思いますね。そういう変化し続ける企業になれば、生き延びていくことができるのではないでしょうか。「それを、われわれのDNAにしましょう」と、私はいつも話しています。

財部:
金子社長は、2013年の年頭挨拶で、凸版印刷さんの目指す変革について述べられていますね。

金子:
はい。今年の「社内ポスター」には、私の写真の横に大きな字で「変革」と書いてあります。「一人ひとりの挑戦と『印刷テクノロジー』で、マーケットの変化をチャンスとし、前進しよう」というサブタイトルをつけて――。やはり変革ですよ。すべて変える。今まで自分がやってきたことを全部見直して、変えてもらうのです。今まで行ってきた良いものまで変える必要はありませんが、(これまで自分がやってきたことを)きちんと棚卸ししてくださいということです。

財部:
はい。

金子:
棚卸しをすれば、経年劣化しているものが必ずあるわけですから、そういうこともどんどん変えていく。社員1人ひとりがそれを続けていれば、前進できます。でも、経営者が変わったから「やれ」と言っても駄目ですね。1人ひとりが変わり始め、認識を持たないと。その前提は危機感です。「このままではまずい」という危機感がないと、人間は努力しないし、変化しようとしないのです。

財部:
最近、企画部門などで優秀な美大卒の女性が活躍しているそうですが、凸版印刷さんは昔からそういう人材を採っていたのですか。

金子:
そういう意味で、多種多様な人財を採用していますし、総合職で女性を採用し始めたのは25年ぐらい前です。当社は、女子学生の人気ランキングは悪くないのです。重厚長大産業の会社に入ると、女性はまずお茶汲みから入ることがまだあるようですが、うちではそういうことがありません。猫の手も借りたいほど忙しいので、入社したら、すぐに仕事を担当してもらいます。女子学生がOG訪問で来社すると、女子社員たちが後輩に「凸版印刷はいいよ、偉い人にお茶を入れる必要なんかない。みんな自分で入れている」と話しているらしいのです(笑)。私も「バリスタ」で自分のコーヒーを入れますからね。

財部:
ご自身で入れられるのですか(笑)。

金子:
そういう社風なので、女性だからといって差別はまったくありませんし、積極的に女性を管理職に登用しています。女性役員はまだいませんが、あと5、6年もすると優秀な人が出てくるでしょうね。

財部:
そうですか。事前にお送りしたアンケートをざっと拝見すると、浦和レッドダイヤモンズの試合観戦にもよく行かれているようですし、「趣味、今ハマっていること」にも「浦和レッドダイヤモンズの応援」と書かれています。

金子:
私は生まれも育ちも浦和(埼玉県さいたま市浦和区)ですが、(浦和には)海や山といった自然の景観もなく、お城があるわけでもありません。要するに地域の特長を表現しにくいわけですが、サッカーだけは昔から、浦和と名の付く高校は大体全国制覇をしています。浦和市は、静岡県清水市とともに二強と言われるぐらい、サッカーだけは盛んでしたから、プロチームができると、みんなが燃えるわけですよ。

財部:
そもそも浦和には、地域に対する強い思いがあるのですね。

金子:
わりと強いですね。だからサポーターも日本一で、スタジアムには観客がすぐに4万から6万人も集まるのです。ここのところ、浦和レッズは成績が悪かったのですが、去年からまた調子が戻ってきてきましたね。

財部:
それから、映画にはその方の個性が色濃く表れるものですが、「好きな映画に『北のカナリア』と『レ・ミゼラブル』を挙げています。人間の心の機微が深く表現されている作品だと思いますね。

金子:
私は、ホラー映画などは大嫌いなのです。やはり映画は見て感動したい。涙腺が弱いので、泣かないと映画を見た気にならないのです。話が前後しますが、『最強のふたり』というフランス映画も良いと言うので見に行きました。非常にコミカルで、笑いと涙で一杯になりました。また、私は吉永小百合さんが大好きですから、『北のカナリアたち』の映像で泣き、『レ・ミゼラブル』でもまた泣いて。最近の映画はなかなかいいと思います。

財部:
『レ・ミゼラブル』はよかったのですね。

金子:
最後に主人公のジャン・バルジャンが教会に行って天国に召されるという時に、フォンティーヌが迎えに来たじゃないですか。あの辺になったらもう、涙を流していました。

財部:
私は昔は、あまりミュージカルが好きではなかったのです。今日写真を撮らせていただいている内田がミュージカル好きで、誘われて初めて英国で見たのが『レ・ミゼラブル』でした。非常に感動して泣いてしまったのですが、それから10数年ぶりに見られるというので、映画を見に行きました。

金子:
私もあまりミュージカルは好きではありませんでした。普通に会話をしていて、急に歌になるというスタイルに違和感があったのですが、今回の映画では最初から全部歌が流れていました。そうすると逆に、台詞よりも歌にした方が、メッセージ性が強くなることがよくわかります。言いたいことを歌にすると、いかに伝わるかということですね。あの映画は素晴らしい。アカデミー賞を取るのではないかと思います。(2013年2月24日に開催された第85回アカデミー賞授賞式で、助演女優賞〈アン・ハサウェイ〉、メイクアップ賞、録音賞の3部門を受賞)

財部:
映画『レ・ミゼラブル』の主要な役者たちは、オーディションを通じて、超一流の俳優・女優から選ばれたというのはご存じですか。

金子:
そういう背景までは知りませんでした。やはり、歌唱力がないといけないでしょうからね。

財部:
蒼々たるメンバーですよね。みんなが「あの映画をやりたい」という思いを抱く中で、素晴らしい作品ができたのだと思います。本当に若い時を思い出したというような感じです。

金子:
私の場合、東大紛争で東大の入試が中止になった時、ちょうど高校3年生でした。『レ・ミゼラブル』はフランス革命を背景にしていて、学生たちが決起する場面がありますが、彼らの多くが殺される中で、ジャン・バルジャンの養女コゼットの恋人であるマリウスだけが助けられたというシーンには、非常に感動してしまうのです。私のDNAは基本的に「アンチ」。上から押しつけられて何かをやるとか、何も考えずにこれをやれと言われることに、最も反発するタイプで、よく社長になれたなと思うぐらいです(笑)。

財部:
「アンチ」では、なかなか社長の椅子にはたどり着けないですよね(笑)。でも凸版印刷さんには、そういう社風や文化があるのではないでしょうか。

金子:
あるような気がします。やはり違いますよね。変な言い方かもしれませんが、下の者が上の者にガンガン意見を言っても潰されないという風土があるのではないでしょうか。とはいえ、組織が大きくなると「パイプ」が詰まってくることが往々にしてあります。私はそういうのを見ると、すぐに阻害要因を取り除こうとする方なので、活躍の場をいただけるようになったのかもしれません。

財部:
非常に面白いお話でした。今日はどうもありがとうございました。

(2013年2月22日 東京都千代田区 凸版印刷株式会社 東京本社にて/撮影 内田裕子)