株式会社サムライ  代表取締役 佐藤 可士和 氏

財部:
そういう取り組みによって、(同園の)教育におけるフィロソフィーが広がっていったとしたら、本当に素晴らしいことですね。ふじようちえんさんの取り組みをきちんと取材させていただいて番組にして、そのプロセスを明らかにする価値があると、本当に思いました。 ところで、サムライのホームページも非常に素晴らしいのですが、ホームページのデザインは、何をコンセプトにしているのですか。

佐藤:
ホームページは、中村勇吾さんという世界的に有名なウェブクリエイターに制作してもらっています。10年程前に香港で開催されたデザインカンファレンスで知り合ったのですが、勇吾さんには、ユニクロのウェブも手がけていただいています。以前から僕は自分の仕事を講演会や取材時にわかりやすく紹介できるものがないかと考えていたので、「世界中に手ぶらで行って講演ができるようなポートフォリオサイトを作りたい。しかも非常にシンプルで、パッと開いた瞬間に、僕のやっていることを何となく感じてもらえるホームページを作りたい」と彼に相談したのです。

財部:
そうなんですか。

佐藤:
サムライのホームページには階層が2つしかないので、トップページでクリックしたら、作品の紹介ページが出てきておしまいです。勇吾さんからは「ほかには何もいらないでしょう」と言われましたが、英語と日本語のプロフィールと会社の地図ぐらいは置いておくようにしています。

財部:
ほかに、ホームページにはどんな工夫をされたのですか。

佐藤:
僕は「整理=表現」だと考えているので、これまで手がけてきたプロジェクトをどう整理するかということが、かなり肝になっています。勇吾さんとも飲みながら「僕が最初に考えるのは色なんだよね」と話したことがありますが、僕は色をとても重視しています。コミュニケーションにおけるスピード感という点で言えば、形よりも色のほうが速いのです。たとえば信号も○や△×□ではなくて、赤青黄色という色を世界中の人たちが瞬時に認識していますよね。僕にとって色はブランディングの非常に重要な戦略なのです。

財部:
なるほど。まず色の遣いでぱっと認識させると。

佐藤:
僕のコミュニケーションにおける本質的なメソッドの1つがカラーリングなので、ホームページではそれをメインにしようと思いました。各プロジェクトの主要な色で構成されたカラーバーを設置し、その下にあるプロジェクト名を読まなくても、遠くから見たら何となく「これが楽天で、それがユニクロかな」とわかるようなものにしていこうという意図です。色という視点で、僕が手がけたプロジェクトをすべて整理したサイトになっています。

財部:
確かに整然と手がけたお仕事が分かりやすく並んでいるだけで、シンプルですね。

佐藤:
あえてそうしました、日本だと検索エンジンで「佐藤可士和」と入れれば関連記事がでてきますので、詳しく知りたい人にはそれを読んでもらえばよいと。Wikipediaもありますしね(笑)。機能を特化させた方が美しくなりますので、全てあそこで完結させようと思っていません。ちょっとインパクトのある仕掛けもほしかったので、情報がなだれのように落ちてくるようにして、「わぁびっくりした」と驚いてもらえる感じにしています。

財部:
本当に楽しませてもらいました。「経営者の輪」に限らず、取材することが僕の本業なので、その下調べが1番重要なプロセスです。そこでホームページを見るわけですが、挨拶から始めて、次から次へと見て行くうちに、下調べのために行っていた作業がだんだん面白くなってきたのです。あれほど刺激的なホームページはなかったですね。

佐藤:
そうですか。

財部:
それからお忙しい中、アンケートにもお答えいただきました。「人生に影響を与えた本」として、「デュシャンの"泉"が掲載されていた画集」とお答えですが、マルセル・デュシャンに本当に大きな影響を受けているのだなと思いました。

佐藤:
僕は高校2年生の冬、美大受験のために、美術専門予備校の大手の1つである御茶ノ水美術学院に通い始めました。僕はその初日に雷に打たれたように感激して「一生これでやっていこう」思いました。「こんな楽しいことが受験勉強なのか」と小躍りして家に帰って、「俺、あの美大に行くから」と言ったら、母には「今決めなくてもいいのではないか」と言われて(笑)、それぐらいバチっとはまったのです。

財部:
そうなんですか。

佐藤:
デッサンコースに入ったら、お茶を飲むような場所があり、そこでみんなが画集などを見ていました。予備校で知り合った友達とピカソやミケランジェロについて話をするのが面白くて、その中で、ダダイズムやロシア・アヴァンギャルドなどを勉強していました。ある時、マルセル・デュシャンという名前が出てきて、僕は「それは誰?」と聞いたのですが、「知らないの? デュシャンだよ」と言われました。「やっぱりデュシャンは渋いよなあ」とロックバンドの話をするようにアーティストの話をする中で、「これはとても有名な作品で、レディ・メイドと言うんだ」と教えてもらったのです。「レディ・メイドって何だ?」と思ってデュシャンを調べたら、普通の便器に「泉」っていう名前をつけて作品にしている。みんな絵を描こうとしているのに、絵を描くっていう行為自体を否定している感じで、本質的なところで前提や常識をバーンとひっくり返す行為に、ものすごく衝撃を受けたんです。「始まって終わっちゃった」という感じでした。

財部:
これ以上はないというものを見せられてしまった。

佐藤:
僕は、当時は高校生でしたから、音楽のパンクも好きで、ラディカルに価値を転換していくものに憧れがあり、(デュシャンは)その最たるもののような感じがしました。そのあと美大に入って勉強すればするほど、デュシャンを超えるようなコンセプトを打ち出した人はなかなかいないと思うようになりました。ピカソも偉大ですが、デュシャンは作品よりも、ああいうことをあのような形で定着できたことが凄い。クリエイティブとはこういうことかと思いましたね。

財部:
可士和さんにアンケートをいただいてから、彼の代表作である「泉」のトイレの便器の写真を見ました。僕には、そこまでラディカルな価値の転換を受け止められない。でも可士和さんのような方には、相当インパクトを与えていたのでしょうね。

佐藤:
一般的にアートと言うと造形的に優れていて、美しいものというように、鑑賞することが前提になっていると思います。ところが、あの「泉」を買ってきてここに置いても仕方がありません。作品を買ってきて鑑賞することすら否定しているところが凄いのです。デュシャンの「泉」は当時どこでも売っていた普通の大衆製品(トイレの便器)なので、それ自体に価値はありません。しかも、いまやオリジナルがどれなのかもわからなくなっていて、みんなレプリカじゃないかとも言われているのですが、デュシャンはそれすら笑っていると思うのですよ。「オリジナル」がなんなんだ、と。だって、アインシュタインの相対性理論は直筆で書いたものだけが評価されているのかというと、そんなことはないですね。科学者と哲学者とアーティストは似ていて、表現法が違うだけで、みんな概念をデザインしているんだと僕は思っています。

財部:
今手がけているお仕事でも、頭の中で、そういう「価値の転換」に近い行為は行われているのですか。

佐藤:
そうですね。前提を疑うなど、さまざまなことを先人たちから習っています。モノを見ることはとても難しく、とくに今僕が見ているものは、社会とか時代、そして、その中における企業です。これは実体があるようでないものであり、それを立体的に把握するのは非常に難しい。だからいろいろな側面や次元から考え、様々な角度から光を当てて捉えないとまず把握できないと思います。科学も哲学もアートも、結局、人間や社会を把握したいがために、光の当て方を模索しているのではないでしょうか。だから、発想法や視点という意味では、全てが参考になりますね。 僕のやっている仕事はもっとリアリスティックですけれど、やはり自由な視点でものを見れた方がいいのです。自分の脳をバカーっと解放する為に、そういうものが必要で、最終的には楽天をどうするか、セブンイレブンをどうするかというところに落とし込んでいくのです。

財部:
本質部分で言うと違うのかもしれませんが、僕の仕事は、経済をどう見るとか、その国をどう見るとか、その会社をどう見るかですが、実際に現場や企業、その土地にいってみないと、何かが起こっているかがわかりません。でも、「百聞は一見に如かず」とは言っても、誰がどう見るのか、どう感じるのかによって「一見」が「百聞」に劣っている場合さえあるのです。その点で、いかにものの見方を自分自身でいかに鍛えていくのかというところは、共通点があると思います。

佐藤:
おっしゃる通りだと思います。結局、対象が違うだけで、僕もインタビューを行い、それをデザインという形で表現しているのです。「経営戦略に則って、こういう方針でコミュニケーションしていくとよいと思います」という提案をしているので、かなり財部さんの仕事にも近いですよね。

財部:
逆にお聞きしたいのは、楽天の三木谷さんもユニクロの柳井さんも、自分の言葉をしっかりと持たれていますよね。ところが自分の言葉を持ちすぎる経営者は、その言葉の奥にあるものを探れなくなってしまうこともあり得るのです。むしろ強い言葉を持っている経営者は、そのままコンセプトやデザインに落とし込むことができないと思います。(その意味で、可士和さんが)経営者の言葉の奥にあるニュアンスも受け止めなければ、向こうも納得しないと思うのですよね。

佐藤:
彼らの持っている本質を理解しようと、いつも思っているからなのかもしれませんが、僕の理解はあまりずれてないと思います。だから信用もして下さっていると思います。僕は細かいことにはこだわらないので、いつも手ぶらでクライアントを訪問し、30分や1時間喋るのですが、いっさいメモを取らずに「わかりました」と言って帰ってきます。「要するにこういうことですよね」と最後に確認しますが、彼らが何を言ったのか正確に聞くことが重要なのではなく、自分が本質の部分をきちんと理解できているかが大切なことです。とはいえ、彼らの言葉だけを聞いてもわからないことがほとんどなので、言葉の奥を見て理解しようとしているので、時間はかかりますが、そういう姿勢は伝わっていると思います。

財部:
三木谷さんや柳井さんからは、どんな言葉を聞いたのですか。

佐藤:
三木谷さんに初めて会った時、「どんなことをしたいのですか」と聞いたら、「新しい日本を象徴するような会社にしたい」と仰っていました。サラっと答えていますが、その言葉の奥には深い意味がいろいろあって、それを、僕が見つけていったのです。柳井さんは「売れるものをつくってください」と仰いますが、周りの人はどれだけ、その「売れる」という言葉の背景を深く考えているか。柳井さんはとてもアーティスティックな方で、言葉の表現もかなり選んでいらっしゃいます。非常に削ぎ落とされた言葉を使われるので、コミュニケーションを行ううえで、難易度は高いと思いますね。そこをトランスレートしています。

財部:
それは、共通の感覚や言葉を持っていないとできませんね

佐藤:
僕は、割と柳井さんとは美意識が合うのです。「こういうことを美しいと思う」とか「美とはこうあるべきだ」という考え方に非常に共感を覚えます。コンセプトの立て方に美意識があり、そういう美意識が共有できるので、一緒に仕事ができているのだと思います。ジェネレーションや趣味を超えて、そこが合う人はなかなかいないのではないでしょうか。

財部:
「コンセプトの立て方の中に美意識がある」という言葉は凄いですね。

佐藤:
それは非常に重要です。良い悪いではなく、100人経営者がいれば、みな個性が違っていて面白いのです。クライアントは僕の会社ではないので、本質をくみ取って、クライアントがやりたいようにできる道筋を提示するのが僕の役割だと思っています。だからずっとディスカッションを重ねたあと、最終的な経営判断の段階などで悩むような場合にも、「やはり自分がどうしたいかですよね。それが、作っていくということですから」と、経営者の方にお話しますね。

財部:
可士和さんも相手の経営者も、お互いに本質を見ているからでしょうね。

佐藤:
あると思いますね。先ほど財部さんは「誰がどう見るのか、どう感じるのかによって「一見」が「百聞」に劣っている場合さえある」といいましたが、本当に何も見えていない人も世の中には数多くいるのです。目の前にこうしてあるのに、ある人にとっては、本当に何もないように見える。しかし、僕は柳井さんや三木谷さんとは共通のものは見えていて、(彼らからすれば)「こいつは見えているな」っていう部分で安心感があるのだと思います。

財部:
経営者は孤独なものですから、客観的な視点を持っている人にそこまで深い理解をしてらえるというのは経営者も心強いでしょうね。

佐藤:
会社の売り上げや、そのディティールは僕の役割の範疇ではありません。数字は聞きますが、僕が色々なことを判断する上ではそれほど大事なことではないのです。それより会社がどの方向に向かっているのか、時代はどう流れていて、それに対して何をしようとしているのか、ということの方が重要です。多くの企業、業界と仕事をしているので、たとえるなら小山の上から河の流れを俯瞰するように、各社や各業界が向かっている大きな時代の流れを見ているといった感じですね。

財部:
仕事に共通点がありますね。こういうお話ができる方は、なかなかいないのですね。

佐藤:
一般的に会社経営者は、他社のケースをそれほど数多く見ているわけではないので、悪く言うと「お山の大将」になってしまう傾向も少なくありませんが、素晴しい経営者は外に目が向いていて、いろいろな方とのお付き合いもあるので、相当先が見えています。僕が言うのも僭越ながら柳井さんも三木谷さんも、セブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文会長もそういう方です。『佐藤可士和のクリエイティブシンキング』にも書いたのですが、どんな分野でも、あるところにまで到達すると、雲の上から首が出て先が見渡せるようになりますね。僕はスポーツ選手やアーティスト、シェフを始め、さまざまなジャンルの方々と対談したのですが、みなさん先が見えている。それは、少し話をすればすぐにわかります。