株式会社アドバネクス 代表取締役社長 加藤 雄一 氏

加藤:
ええ、そうです。私は以前、山修行をした経験があります。

財部:
写真を拝見しました。

加藤:
2泊3日ぐらいの山修行を9回ほどやりましたが、時々「失敗したら死ぬ」みたいな命がけのこともやりました。そうやって肝を鍛えました。滝修行もやりましたし、12時間ぐらい山を歩いたりもしました。 座禅もやったし、般若心経の写経は600日ぐらい続けて毎日書きました。

財部:
自分を鼓舞し、自分を支えるために色々なことをやられたのですね。

加藤:
そうですね。当時、痛みがたくさんありました。工場閉鎖で社員に辞めてもらいました。当然つらいのですが、やらなくてはいけないことはただ1つ。それをやって会社を助けるか、あきらめるか、です。ですから、痛みはありましたが悩まずに意思決定をしました。痛みと悩みを一緒にしてしまう人が多いと思いますが、私はそこをはっきり分けていましたので、早く経営判断をして行動ができました。結果として以前より強い会社になりました。そういう点で、今は過去最高だと思っています。業績はいまひとつですが、これから必ず良くなっていくと思っています。私が入社してから40年になりますが、営業と生産の壁がこんなに低いことは過去にありません。無理な納期の仕事が入ってきても、「まかせろ」と生産の方はほとんどノーと言わない。営業マンに文句言うどころか、もっと注文取って来いと。リーマンショックを乗り越えていく過程で培われたチームワークは凄いです。甘えがなくなり、しっかりできるようになってきたのだと思います。

「自由闊達」が人間のパフォーマンスを最大に発揮させる

財部:
尊敬する人にソニーの盛田さんを挙げられていますけれど、最近、盛田さんの名前を挙げられる方も少なくなりましたが、これはどういうことなのでしょうか。

加藤:
直接親しくしていたわけではないのでイメージなのですが、とても信じられないのは、あの会社ができた時代に「自由闊達」という方針を掲げたということです。今それを聞いても、多くの経営者は「自由闊達」は良いことだ、と言うと思います。でも当時を想定すると、奇異に思われたのではないかと思います。あの当時、生きる為にみんな必死になって働いていた。経営者の命令に従ってみんな一生懸命やっていた。そんな時に、命令ではなくみんなが自由にやるのが良い、みたいなことは「え?」というものだったと思うのです。でもこれは人間の本質であり、自由闊達にやることが、1人1人のパフォーマンスが最大限に発揮されることなのだと私は思っているので、あの時にそれを掲げたことは、本当にすごい、と思うのです。ソニー文化というのはまさにそこにあって、私はソニーみたいな会社を作りたいという思いがありました。「自由闊達」を、私は「明るく、楽しく、生き生き、夢中に、やったぜ!」と表現をしています。また盛田さんは利益を出して会社を大きくしたというだけでなく、世界に物申す経営者であり、日本の常識などにも問題意識を持ち、ご自分の意見をお持ちでした。経営者のあるべき姿だと思って尊敬しているのです。ソニーは当社のお客様でもあるので、賀詞交換会では名刺交換をするチャンスもありました。大勢の方々はただ名刺交換をしてご挨拶するだけなのですが、私は「すみません、写真を撮ってください」と近くにいたカメラマンにお願いして盛田さんとの写真を撮ってもらいました。名刺には私の顔写真が入っていますから、カメラマンに渡して後で送ってくださいと頼みました。その盛田さんとのツーショットが「こういう人になろう」、といつも意識出来るようにする為に社長室に飾ってあります。

財部:
ヴァージン航空も参考にされたとか。

加藤:
ヴァージン航空は 1人1人の社員にいかに活躍してもらうか、ということを考えて、大きな会社にしないようにしたそうです。50人以下ぐらいの会社をたくさんつくってトップに自由度を与えました。その辺をすごく参考にしたいなと思いまして、ブランソン氏に会いに行きました。

財部:
そうですか。凄いですね。すぐ逢えましたか。

加藤:
それにはいろいろ画策をしました。当社幹部と協力会社の経営者たちが視察旅行をする時ですが、当社の工場もあるイギリスに行く機会がありました。その時にリチャード・ブランソンさんに会いたいと思ったのですが、普通に連絡しても会ってもらえないのはわかっていたので、ヴァージン航空のアッパークラスに全員が乗って行くことにしました。そしてヴァージン航空日本法人の社長にお願いして、リチャード・ブランソンさんに会いたいのだけれど、と話したのです。みんなでアッパークラスを予約しているし、これはちょっと繋がなきゃいけないという感じだったのでしょう、それでご本人に1時間半ぐらいお会いすることができました。

財部:
そうですか。

加藤:
来日の機会には、ブランソンさんが主催するパーティや英国大使が主催するウェルカムディナーの席に呼んで頂くなど、その後、4、5回、お話をするチャンスがあり、経営のヒントをたくさんいただきました。

財部:
僕は30代の時、ヴァージン航空を彼が最初に作った直後に、日本にも就航するタイミングで日本のメディアの取材を受けたのですが、その時に彼の農場に招待されて待っていたら向こう側から農夫が歩いてきましてね、なんだあのおっさんはみたいな感じでみんな無視していたら、近くまで来て、「イッツミー」と(笑)。ヴァージン航空が就航したばかりのときに、客室内にバーカウンターを作ると。あれは安全も含めてチャレンジでしたよね。

加藤:
そうですね。マッサージも導入しましたね。

財部:
先ほどの盛田さんの話ではないですけれど、当時の時代背景に当てはめて考えるとすごいことですよね。

加藤:
彼はオプションマネジメントもやっていたのですよね。飛行機のビジネスクラスに乗ると洗面セットをもらうのが通常ですが、何度も往復すると、同じものが何個も溜まってしまいます。ヴァージン航空では色々なものが選べました。洗面セットでも男性用、女性用があって、行きは男性用をもらったから、帰りは女性用をもらおうとか、CDをもらうとか、様々なオプションがありました。食事のメニューも多かったですね。すごく良い感じでした。

財部:
最後に「天国で神様にあったときになんと声をかけて欲しいか」。これになんて答えるかっていうのは、結構、このインタビューの肝でして。「自分自身としてしっかり生きたね! 世の為、人の為に良く頑張ったね!」と、こう言って欲しいと。

加藤:
はい。人になんて言われるかを気にして生きるのではなくて、自分のやりたいことをして生きる。自分の価値観で生きる。それが自分の人生の主人公になるということだと私は思っています。自分の人生をしっかり自分のものとして生きようという思いが強いのです。ですから他人に「それはやめた方が良い」なんて言われても諦めずに、自分が思ったことを大切にしようと思います。もう1つは、世の為、人の為にということを大切にしなければいけない、と考えていまして、会社、事業をやっていても、「どうやって儲けよう」だけではなく、「どうやって社会に貢献しよう」がベースになります。人との関係においても、いかに相手に喜んでもらえるか、その人が何かやろうとしている時、どうやったらお手伝い出来るかというベースで考えます。そういう生き方が良いと自分が思っているのでそうしていますが、結果的に神様にこういう風に言われたら、「ああ、見ていてくれたのだな」と嬉しい気持ちになれると思いましたね。

(2012年5月17日 東京都北区 株式会社アドバネクス 本社にて/撮影 内田裕子)