株式会社赤福  代表取締役社長 濱田 典保 氏

財部:
それは、創業家の中に脈々と流れているものとも関係している、というのは言いすぎでしょうか。

濱田:
突き詰めると、「自分が継いだ家業に尽くす」という思いに根底で通じる部分があるのかもしれません。サンヨー食品の井田社長は、仕事を継ぐかどうかを最近まで決められなかったとおっしゃっていますが、私の場合は自然に「この会社に入っていくんだな」というものが、自分の原体験の中にありました。

財部:
原体験とはどういうものですか。

濱田:
まだ自宅の目の前に、赤福の工場があった頃、しょっちゅう工場に忍び込んでいたのです。(工場が)子供の遊び場のようなもので、そこで子供の頃に嗅いだ、お餅を蒸かしている時の匂いや、餡を炊いている蒸気のむっとした匂いがずっと鼻に残っています。周囲の目を盗み、熱い餡をちょっと舐めたりしたことも自分の原体験にあり、仕事を継ぐとか継がないの問題ではなく、「これがウチの仕事だ」、「これをやっていくのが私の仕事なんだ」と刷り込まれた部分があるのです。このように、代々伝わっていく仕事には、子供の頃からの刷り込みがあると思います。私の場合は、それが自分の中に自然なものとして根付いていました。井田さんの場合、子供の頃にはなかなか工場に入れてもらえなかったそうですが、同じ代々続く企業でも違いがありますね。

財部:
極論かもしれませんが、長い歴史を持つ会社の経営者には、非常に現代的な感覚を持つ方と、理念の部分を大事にしていく方と、2通りのタイプがあるような気がします。お互いに、残していかなければならない、継いでいかなければいけないことに対する問題意識や価値観は一緒なのですが、それを支えていくためのアプローチや「構え」の部分が、大きく2つに分かれているのです。

濱田:
そうですね。私は井田さんの対談記事を拝見して、こういう形で企業が続いていくケースもあるのだなと感じました。当社はおそらく、その対極にあると思うのですが。

財部:
実は、これまで約60人の経営者の方にこのアンケートをお願いしてきました。濱田さんは私の1世代下だと思いますが、『野のユリ』と『脱出航路』というお答えは、かなり予想外でしたね(笑)。

濱田:
そうですか(笑)。気の利いた新しい作品でも良かったのですが、やはり自分の心に1番深く影響を及ぼしているものはこれだと思って書きました。いまだに、ことあるごとに思い出す映画ですし、DVDも買ってしまいましたから。深夜のテレビで時々放送されていたのですが、もう何年も見る機会がなかったのです。そこでわざわざDVDを買って来て見てみたら、やはりこれは心に響く映画だと思い、パッと答えが出たのです。

財部:
そういう思い出深い作品はありますよね。私は『ディア・ハンター』という映画を、学生時代に見て好きになりました。ロバート・デ・ニーロ主演のベトナム戦争もので、一般的には有名なロシアンルーレットのシーンばかりが出てきますが、私はその作品を見て、「生きるとはどういうことなのか」ということを深く考えるようになりました。以来、3年に1回ぐらい、この作品を見るようになったのです。しかし、その時に見て面白かったものは数多くあるにしても、何年か時間が経ったあとにもう1回見てみたいと思う作品は限られてきますよね。

濱田:
そうですか。子供の頃に見た映画で、皆さんの印象に残っている作品は、結構あるのではないかと思いますが。

財部:
むしろ子供の時に、そこまで大きな影響を与えられた映画を見る機会がなかった人が多いのではないかと思うのです (笑)。だから私は当初、アンケートに書かれていた「男の美学」などの言葉が、濱田さんのイメージとは少しかけ離れているのではないかと感じたのです。

濱田:
そうですか。私は比較的辛い時でも「これはもしかしたら使命なのかもしれない」と、少し自分を突き放して見ることができるようになりました。今ふと思ったのですが、もしかしたらあの4年前の不祥事の時にも、そんな感覚が背景にあったのかもしれません。当然、自分だけのことを考え出したら、辛いし、嫌だし、逃げたくて仕方がないという気持ちもありました。でも自分自身のモチベーションとして、「自分がやらなければならない、たとえ自分が駄目になっても、これまで11代続いてきた仕事だから、あとにきちんと続くようにするのが私の使命だ」という思いがあったことは確かです。

財部:
そういう創業家に伝わるDNAのようなものと、子供の頃に映画から感じ取ったものが相互に作用したのかもしれませんね。

濱田:
はい。当社も11代続いていますが、昔の歴史を読むと、大変な時代をいくつも経験しています。昔はそれこそ、街道筋の茶店の延長のようなものでしたから、女手1つで店を守ったりと、先祖はかなりの辛酸を舐めています。流行り病で男がみな死んでしまい、子供も亡くしたりと、その時代時代で先祖が非常に苦労していました。つまり赤福の304年の歴史は決して順風満帆ではなかったわけで、「自分だけが大変なのではない。先祖代々、苦労を乗り越えながら歴史をリレーしてきているんだ」という気持ちもあったのです。当社には昔の歴史をまとめた本があり、私も以前から読んでいましたので。

財部:
それは活字で残っているのですか。

濱田:
はい。当社が260周年を迎えた時に社内限定で出したものです。先祖がこれまでどんなことをしてきたかということが、文章ではあまり残っていないので、代々語り継がれてきたことを1つの物語にまとめたのです。曾祖母が語っている口調で書かれています。もう50年近く前の本ですが、今でも何冊かは残してあり、新しく役員に就任した人などには読んでもらっています。歴史を共有することで、当社のルーツや、過去に先祖たちがどんなことで苦労してきたかということを理解してもらうためです。顔も知らないご先祖様ですが、私にとってその本は、自分自身がモチベーションを高める時に読むものですね。

財部:
ぜひ拝見したいですね。もう1つ、「今ハマっていること」は走ることだそうですが。

濱田:
経営者仲間で流行っているのです。私の場合、とりあえず10キロ程度ですが、地元のマラソン大会に過去2回出場しました。目標ができると、嫌でも走るものですから。

財部:
最近お会いした経営者の多くが、走ることが趣味だと答えています。なぜ経営者の皆さんは、いきなり走り出したのでしょうか。

濱田:
当然メタボ対策もあると思うのですが、私の場合、走っている時は自分自身と無心に向き合えるのです。最初は皆さんも、お腹をもっと引き締めたいなどの思惑があって、走り始めたと思います。ところがそのうちに、走ることが自分と向き合う時間になってきて、黙々と走り続けている人が多いようです。最近私も勧められたのですが、人によっては100キロの「ウルトラマラソン」に出られているほどです。50歳を過ぎてから走り出してウルトラマラソンに出るという人もいて、「大丈夫ですか」と声をかけたりしているのですが。

財部:
大会には、お1人で出られるのですか。

濱田:
私は従業員と一緒に走っています。彼らにとっては迷惑なことかもしれませんが、若い従業員たちに「君たちには負けないぞ」と言って走るので、引くに引けなくなるのです。

財部:
ましてや、棄権は許されませんね(笑)。

濱田:
マラソン大会に出場している時は、上下などは関係なしに、裸の自分が走っているわけです。自分が努力した結果がそのまま出ることも、走ることの魅力の1つですね。

財部:
それにしても、従業員の方と一緒に走るのは凄いことですね。

濱田:
従業員を巻き込んで走るという経営者の方は、結構多いですよ。どこの会社の従業員も最初は迷惑していますが、いざ走り出すと皆が燃えてくるのです。当社の場合も、最初はなかなか参加者を募るのが大変でしたが、2、3回目からは、自分から「走りたい」と言う若手が出てくるようになりました。

財部:
それはいいお話ですね。

濱田:
少し話がそれますが、トライアスロンをやっている友人が、冗談抜きで「走る前に皆で『赤福』を食べるとエネルギーが湧いてきて、腹持ちも良い」と言うのです。その話を聞いて、「赤福」がもともと街道筋で食べられてきた理由と同じだと感じました。おそらく、「赤福」は長距離を歩くために必要なパワーフードだったのでしょう。実際、伊勢街道にはそういう餅屋さんやお饅頭屋さんが当社以外に何十社もありますが、そういう必要に迫られて、街道筋の餅文化がずっと続いてきたのだと思います。ある意味で、現代のトライアスリーターたちが「赤福」を食べるのは、とても合理的なことかもしれません。

財部:
最後に、「天国で神様にあった時に何て声をかけてほしいですか」という質問ですが、これに対するお答えも、われわれがまったく想像できないものでした。「もう1度行って来るかい?」という回答は本当に初めてです。皆さんは死後に「向こう側に行ってしまう」という前提でお答えになるのですが、もう1度現世に「行ってくるかい?」というのは、どういう理由なのでしょうか。

濱田:
きっと未練がましいのでしょう(笑)。私は、(家業は)ひと区切りで終わるものではないと思っています。たとえば社長が息子に替わったとしても、自分で何かやりたいことをやるのだろうし、ずっと続いていってほしいという思いがあるので、もし天国で「もう1度行って来るかい?」と言ってくれたら最高に嬉しいですね。喜んで、もう1回苦労しますよ。

財部:
これは、濱田さんという人間を象徴するお答えなのだろうと思いましたね。

濱田:
そうですか。これを書いてから、他の方のアンケートを拝見したら、皆さんは結構頑張っていらっしゃるなあと思いました。

財部:
事前にアンケートをお願いする際、こちらでは何の前提も話していないのです。「こういう質問をした時に、相手はその言葉をどう捉えて回答するのだろう」と想像し、毎回の対談を楽しみにしています。今日はどうもありがとうございました。

※店舗写真は赤福本店(三重県伊勢市)

(2011年10月19日 愛知県名古屋市 赤福名古屋営業所にて/撮影 内田裕子)