日本郵船株式会社 代表取締役会長 宮原 耕治 氏
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海と陸、空を組み合わせた総合物流事業を積極的に展開していく

日本郵船株式会社
代表取締役会長 宮原 耕治 氏

財部:
まずは、全日本空輸(ANA)の大橋洋治会長とはどんなご関係なのですか?

宮原:
大橋さんは、岡山県立岡山朝日高校の5年先輩で、また広い意味では同業者ともいえます。われわれの方はモノ運びで、大橋さんのところはお客様運びですが、ともにグローバルな仕事をしているという意味でもお教えいただくことが多いですね。県人会でよくお会いして、親しくお付き合いさせていただいています。大橋さんはいつもニコニコとしていますが、かなり難しい話も対処されてこられた方で、素晴らしいと思います。

財部:
ええ。そうですね。大橋さんはこの「経営者の輪」の取材でも、こちらが「それはちょっと」とひやひやするような、かなり踏み込んだ話もして下さいました。(笑)

宮原:
彼の後に社長を務めた山元(峯生氏)さんはお亡くなりになりましたが、私は彼とは歳も同じぐらいで、よくお酒を飲みました。本当にもったいないですね。

財部:
そうですね。山元さんは私にとっても非常に印象深い方で、彼が社長に就任した時、一緒に食事をしました。山元さんは全日空ホテルの売却など、本当に思い切ったことを行いましたが、あれをやっていなかったら、全日空さんも厳しい状況に陥っていたかもしれません。

円高と税制が国際競争力を低下させている

財部:
宮原会長がおっしゃる通り、日本郵船の仕事はグローバルそのものですが、会長が会社に入って経験を積み、年齢を重ねる中で、世界に対する見方はどう変わってきたのですか?

宮原:
私も決して、最初から世界を見ることに慣れていたわけではありませんが、否応なしに変わってきましたね。経済の後ろには政治があり、そういう中でモノが作られます。あるいは、モノを作る側がどうなるかによって、われわれ輸送する側も大きな影響を受けるという関係があります。だから会社に入って5年、10年経つうちに、世界の見方や広さが相当変わってきたということは言えると思います。当社では今、海外比率が8割を超え、当社の船が800隻ぐらい世界中を走っていますが、積荷の3分の2は3国間輸送になっています。

財部:
3国間取引が3分の2を占めているのですか。

宮原:
その最たるものは、ブラジルから中国への鉄鉱石の輸出です。また、中国で生産されたテレビなどの工業製品や衣料品などをヨーロッパやアメリカに運んでいます。私が会社に入った時は積荷の半分以上が日本関連でしたが、今はそれがどんどん縮小し、すでに3分の2は日本に関係がなくなっています。残り3分の1は日本の鉄鋼会社や電力、自動車会社。世界の海運ビジネスの客先が変わってきまして、従来の東西間といった動きだけでなく南北間の動きへと広がりがでてきています。

財部:
はい。

宮原:
ですから社員には、その辺をよく見せて、自ら外地に行って体験させています。私たちの頃は、せいぜい1回しか外地に出してもらえなかったので、今は「入社後2、3年でまずは1度出すように」と言っています。最初は、香港人やアメリカ人の課長の下で使ってもらい、帰国後10年ぐらいしたら2度目の外地勤務で、今度は現地法人の部長クラスを担当。それが終わって帰ってきたら、最後に世界中にある現地法人のトップマネジメントとして出す。東京からだけ見ていてもわかりません。私たちも商社さんも、皆同じだと思います。

財部:
そうですね。

宮原:
でも、そういう中で比較してみると日本人の特性が見えてきます。船員を例にとると日本人はうまく協調し、うまく教えながら引っ張っていける。だから、彼らも日本人と一緒に働くことをとても歓迎します。ところが中国の人やインドの人となると少し違い、教えない。ヨーロッパ系の人も、どちらかというとそういう傾向があります。日本人は全体的なレベルを上げ、一緒に良くなろうとするんです。

財部:
そうなんですか。

宮原:
ええ。私どもは多国籍で、2万人の船員のうち日本人は1000人。これにはさまざまな経緯がありますが、95%が外国人の船員です。今、日本人船長が乗っているのは30隻程度ですが、それ以外に、外国人の船長の下で若い日本人が働いているケースもある。そういう船にフィリピン人の船員などが乗ると、「半年ぐらい一緒に航海すれば、その間にいろいろと教えてもらえて、さまざまなスキルを身につけることができる」と喜びます。これがインド人の船長になると、「そういうことは自分でやれ」ということになるわけです。

財部:
なるほど。先ほどの三国間取引ですが、たとえばブラジルや中国を顧客にする場合、コスト以外にはどんな部分が競争力になってくるのですか?

宮原:
今一番取り組んでいるのが、まさにその部分で、日本の海運会社の国際競争力は客観的に見てどんどん低下しています。その1つはコスト面ですが、何よりも大きいのはやはり円高、為替です。われわれ海運の場合は収入がほとんどドル建てですから、円高で値打ちがどんどん減っていくのです。プラザ合意後の急激な円高の進行に伴い、決済をドルに替えてもらい、もらったドルで支払いができるようなコスト構造に転換してきました。そのために日本籍の船も売却しました。外国船をチャーターすれば用船料はドルで払えますし、船員も外国人が大半ということになれば、ドルで給与を支払えるということで、今やっています。

財部:
プラザ合意のあと、日本籍の船では勝負にならなくなったのですよね。

宮原:
当時は、日本船籍の船とは円でお金を借りて造るものであり、日本人を乗せなければならないという規制がありました。それではとても競争できないので、私どもの場合、日本籍の船はわずか4%になっています。

財部:
そうせざる得ませんね。

宮原:
残りはほとんど外国籍で、約6割がパナマ籍になっています。世界的に見ても、船会社の6割がパナマに船を置いている。なぜパナマかというと、規制がなく、船員の国籍に制限が少なく、基準や検査なども国際条約に則っていれば良いということがある。そのため、われわれもそうなのですが、世界中の海運会社がパナマやリベリアに船籍を置いています。

財部:
今の円高の状況で、ドル建ては非常に苦しいですね。

宮原:
もっと大きな問題が税制です。日本では、法人税5%カットの実施の目処も立たないような状況ですが、世界を見ると海運の場合は「トン数標準税制」(トン税)という、非常に特殊な税制が世界標準になっています。これは一般の法人税とは違い、各海運会社が運航している船の合計トン数に一定の税率をかける外形標準課税で、収益が赤字でも払わなければなりません。でも実効税率で見ると、利益水準にもよりますが大体10〜15%程度です。今から15年ほど前にオランダが、自国の商船隊に国際競争力をつけるために始めたのですが、次の年には隣のデンマークやドイツ、ノルウェー、イギリスも導入しました。これがヨーロッパ標準になり、アメリカやインドにも伝わり、5年ほど前に韓国も導入しました。

財部:
そうなんですか。

宮原:
もっと先を行っているのが香港とシンガポールで、この2国は海運所得が非課税。(海運会社の)法人税がゼロなのです。彼らは海運企業だけでなく、海運関連のさまざまなメーカーや修繕ドックなどの海需産業を誘致し、雇用を生み出そうということを考えています。世界の海運業の約7割がトン税の世界で、香港、シンガポールは海運会社の法人税がゼロ。中国は25%だと言っていますが、すべて国営の海運会社ですから、実際のところはわかりません。そうなると、日本の40%ではまったく勝てません。だから「最大のハンディキャップは税制にある」と言い続けまして、外形標準課税(である「トン税」)の対象を日本籍の船に限るという制度が3年前にやっと導入されました。しかし前にもお話視しました通りで、日本籍船は全体の僅か4%なので、この部分にのみしか適用されないわけなのです。

財部:
はい。