東日本旅客鉄道株式会社 取締役会長 大塚 陸毅 氏
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経営者の素顔へ
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鉄道は単なる運輸産業ではない。極めて重要な情報産業だ。

東日本旅客鉄道株式会社
取締役会長 大塚 陸毅 氏

財部:
今回、JXホールディングスの渡文明相談役からご紹介いただきましたが、渡さんとはどんなご関係なのですか?

大塚:
渡さんは、私とほぼ同じ時期に社長になられました。就任当初、渡さんがお1人で訪ねてこられたのですが、1時間ぐらい話したら非常に気が合いまして、仕事だけでなく、ゴルフや食事、カラオケなどを通じて個人的にも親しくお付き合いさせていただいています。

財部:
大塚さんと渡さんは、経団連でもご一緒されていますよね。

大塚:
今、渡さんは経団連の評議員会の議長を務められていて、私は副議長の1人です。そういう場でもしょっちゅう顔を合わせますし、お互いに政治や経済など色々な話をする仲です。渡さんは大変エネルギッシュで行動力のある方で、私は「彼の行動力の源はどこにあるのだろう」といつも感心しています。そういう意味でも、渡さんは素晴らしい経営者だと思いますね。

財部:
これまで経営者同士のご関係について、いろいろとお話を聞いてきましたが、私は大塚さんと渡さんのお2人については、どこか屹立としたイメージを抱いています。これは私の想像ですが、渡さんは「会社だけでなく業界全体を救わなければならない」という思いを相当抱いているのではないかと思います。大塚さんも、民営化の時代をずっと走ってこられた方ですから、何かお互いに肝胆相照らすものがあるのではないでしょうか。

大塚:
ええ。日本はもともとエネルギー資源がほとんどない国ですから、渡さんは「エネルギー資源でずっと苦労している日本が、エネルギー問題を起こした時にどうなるのか」という視点をいつもお持ちです。一方で、当社も、重要な社会インフラを担っているので、どうしても国や社会のあり方というようなことを考えざるを得ません。その意味で、国を思う気持ちも、お互いに比較的共通しているような印象を受けています。

財部:
そうですか。

大塚:
たとえば渡さんは「石油が枯渇してしまったら、わが社としては非常に困るが、社会全体の省エネあるいは環境問題も解決する必要があるから、自分の会社のことばかり言ってはいられない。もっと大きい視野で考えなければならない」とよくおっしゃられます。自分の会社や企業グループと同時に、社会全体ということも常に念頭に置かなければならないということだと思いますね。

財部:
エネルギーも鉄道も国のインフラである、という理解もできますからね。

大塚:
はい。私どもは、まずは民間企業としてしっかり利益を出さなければならない。まずは、利益を出すためにはどうすればいいかを考えなければいけません。それと同時に、元々は国鉄だったということもあり、その利益の使い道の中で、どう社会的な貢献を行っていくのかという意識も比較的強く持ち続けていると思います。私は3代目の社長を務めましたが、こういう気持ちは、初代社長の住田(正二氏)や2代目の松田(昌士氏)も、持っており、私もそうした気持ちを大切にしております。

財部:
社会貢献を含めて、どのような経営を目指していらっしゃいますか。

大塚:
民間企業として、健全経営に徹することが第1条件ですが、そのほかにもさまざまな取り組みが必要です。たとえば当社では、安全対策や環境対策に莫大な資金を投入しています。そうすることによって信頼が得られるという意味で、大事な投資だと思います。私どもはコストの見返りを求めているわけではなく、安全や環境への配慮を通じて企業の信頼性を高めていくことは非常に重要だと考えています。そういう点では、鉄鋼業界や電力業界、あるいは渡さんのエネルギー業界にも共通するものがあるのではないでしょうか。

財部:
そうですね。公的な色合いの強い会社には、確かに1つの文化や哲学がありますよね。

大塚:
ええ。企業の中に、そういうものがビルトインされていると思います。それゆえ若い社員たちも、「なるほど。自分たちの会社の事業が社会のため、国のため、お客さまや地域の皆さまのために役立っているのだ」という意識を持つことができた時、仕事に対する喜びを感じることができるようになる、という部分がありますね。

観光とは「平和へのソフトインフラ」である

財部:
ところで大塚さんは、観光についても数多くご発言されていますが、なかでも「観光とは平和へのソフトインフラだ」という言葉が、非常に大塚さんらしい考え方だと私は思います。もちろん実際問題として、経済的な合理性も大切ですが、観光は「平和へのソフトインフラ」であるとおっしゃる方は非常に珍しいですね。大塚さんは、たとえば今回の中国との問題も含めて、この点について、どんなことをお考えになっていますか。

大塚:
以前から、観光ビジネスの重要性について指摘する声はありましたが、従来の観光はいわゆる「物見遊山」にとどまっていました。つまり、温泉につかって美味しいものを食べて帰るとか、名所を訪れて神社仏閣を見ることが観光である、という既成概念に囚われた時代が長く続いていたのです。つまり、観光は言ってみれば「遊び」であって、「遊び」に対して政府としては一銭もお金を出したくない、或いは、できれば切り詰めたいというのがかつての状況でした。

財部:
小泉元首相が「観光立国宣言」を発表したのが2003年ですね。

大塚:
その頃はまだ、観光立国といわれても「ああ、そうか」という程度の認識だったと思います。ところが、そのうち社会構造そのものが大きく変わり、少子高齢化の進行とともに日本経済が低迷し、内需を活性化していくことが非常に難しい状況に陥りました。取りあえず外需頼みで何年かしのいできましたが、その外需もとうとう当てにならなくなりました。そういう社会構造の基本的な変化の中で、何か新しい産業を打ち立てなければならない、という気運が高まってきているのではないかと思います。

財部:
そうですね。

大塚:
もう1つ重要なのは、中央と地方の格差の問題です。中央と比較すると疲弊の目立つ地方経済を助けるために、これまで数多くの公共事業を興してきましたが地元に根付きませんでした。というのも、そのほとんどが一時的に地方経済を潤すものであり、産業としての持続性がなかったからです。また、公共事業で造ったものが使われなければ、何にもならないのです。つまり、地元に根付いたビジネスを興すことができなければ、地域の活性化はあり得ません。

財部:
そういう中で観光ビジネスは、衰退した地方経済をどう活性化していくのでしょうか。

大塚:
もともと日本の観光といえば、京都や奈良あるいは東京が中心で、それ以外の地域は、観光資源が少なくパッとしない観光地だと思われてきました。ところがそう考えるのは、昔ながらのステレオタイプな名所旧跡を見て回るという感覚から抜け出していないからです。観光の切り口は多様化してきており、色々な視点から見つめなおすと実は地方には観光資源はいくらでもあるのです。にもかかわらず、この事実があまり知られてないし、情報発信もきちんと行われていませんでした。それから残念なことに、地方では、東京や京都のように観光資源が1箇所に集中しておらず、点在しています。それゆえ、点在する観光資源を上手に組み合わせて、多くの人がそこを訪れてくれるような仕組みを作る必要があるのですが、そういう仕組みを作る「観光人材」がほとんどいないのが現状なのです。

財部:
観光ビジネスの基盤となる、人材も不足しているのですね。

大塚:
はい。ところが、地域の取組みや工夫によっては、韓国ドラマのロケ地となった秋田や中国映画のロケ地となった北海道に韓国や中国からの観光客がどっと押し寄せるといったようなことが可能になるのです。これから日本の人口はどんどん減少し、たとえ少子化対策の効果が出てくるとしても30、40年先のことになるでしょう。だとすれば、日本国内で人の動きが活発にならない限り、日本経済は衰退してしまうと私はみています。いくらインターネットが普及してeコマースが発達しても、やはり人やモノという実物を動かさなければ駄目なのです。それゆえ観光ビジネスについても、日本人の国内旅行の活発化はもちろんのこと、外国の方にもっと来ていただけるような仕組みを作ることが大事だと思います。

財部:
なるほど。

大塚:
また別の観点から言えば、グローバル化とは一体何なのかということをよく考える必要がありますね。これは私の独断と偏見ですが、国境を越えて資本や資金が自由に行き交い、新しい商品が流通することがグローバル化の本質ではありません。むしろグローバル化の本質とは、人が国境を越えて活発に交流することだと思うのです。つまり、人の交流なくしてグローバル化は成り立ちません。その意味で、私は日本のグローバル化は非常に遅れていると思います。

財部:
その意見には賛成ですね。

大塚:
実際、日本からの出国者が年間1700万人もいる一方で、海外から日本に入国する外国人の数は800万人にとどまっています。せめて入国者数が出国者数とイーブンにならなければ、観光立国は絵に描いた餅だと言われても仕方がありません。私は、日本はホスピタリティに優れた、世界でも有数の国だと思っています。観光などで日本を訪れた外国人で、日本に悪い印象を持って帰られる方は非常に少ないのではないでしょうか。おそらく多くの方は「日本人は優しい」「親切だ」とか「日本の街は綺麗だった」「食べ物がおいしかった」というように、良い印象を抱いてお帰りになられているはずです。だとすれば、この国とわざわざ喧嘩をしようという気持ちにもならないでしょうし、友好的な感情が必ず根付いてくると思うのです。お互いの国について知れば知るほど、少なくとも相互の関係は悪くなることはありません。むしろ、そういった交流が活発化することで、結果的に平和や本質的な友好関係につながっていく。その意味で、私は「観光とは平和へのソフトインフラ」だという言い方をしているのです。