ハウス食品株式会社 代表取締役会長 小瀬 ム 氏
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マーケティングとはお客様を正しく知る企業間競争だ

ハウス食品株式会社
代表取締役会長 小瀬 ム 氏

小瀬:
今回、日本コカ・コーラの魚谷雅彦会長からご紹介をいただいたということで、非常に光栄です。

財部:
魚谷さんとはどんなご関係なのですか。

小瀬:
2002年に「日経ビジネス」誌の「新社長の履歴書」という見開きのページで、日本コカ・コーラさんに日本人の社長が誕生したという記事を見かけました。それで興味をもって記事を読んでみると、魚谷さんは同志社大学の後輩だというのです。あの若さで日本コカ・コーラさんの社長に抜擢されるぐらいの人物だから、何か素晴らしいものをお持ちなのだろうと思い、僕の方から彼に電話をしたわけです。

財部:
そうなんですか。

小瀬:
魚谷さんは、僕がハウス食品でこういう立場にいて、同志社の先輩だということはご存じでした。ところが接点がなかったものですから、僕の方から電話しまして、「魚谷さん、渋谷の本社へ行くから1度会おう」と言って彼に会ったのです。

財部:
それもまた、財界では珍しい話ですよね。

小瀬:
やはり「彼に直接会って話してみたい」と思うところがありました。普通はそういうことはしません。後にも先にも、その1回だけです。それが彼との接点になったのですが、僕も彼も同じマーケティング畑をずっと歩んできたものですから、その辺の話もお互いに楽しく、良い刺激を受けまして、それから懇意にさせていただいています。

財部:
そうですか。でも「魚谷さんに1度会ってみよう」と思われたほど、エネルギーが湧いてきたのはなぜですか。小瀬会長の中で、どんな問題意識があったのでしょうか。

小瀬:
1つは、月並みですが、同じ学び舎で学んだ者同士ということです。そしてもう1つは、「やはり、マーケティングをやってきて、ここまでになった男は絶対に何かを持っているはずだ」と思ったこと。日本コカ・コーラの社長に日本人が就任したのは、30年ぶりだといいますからね。

財部:
小瀬会長ご自身も、マーケティングを長らくやってこられたという意識が強かったのですね。

小瀬:
はい。マーケティングというものは非常に難しく、私どもは基本的に、マーケティングは「お客様を正しく知る企業間競争」だと思っているのです。「お客様の100パーセント」は私どもにはわかりませんが、何よりもお客様を知ろうとする姿勢が大事であり、少なくとも競合メーカーよりもお客様のことを正しく知らなくては勝てない。その意味での競争です。

中国人に受け入れられた日本の「カレー文化」

財部:
そうですか。じつは僕は、ハウス食品さんに本当に感謝していることが1つありまして、本来なら僕自らが、小瀬会長にご連絡を差し上げなければならなかったのです。

小瀬:
ほお、それはなぜですか。

財部:
僕は経済ジャーナリストとして、かなり早い段階から「市場としての中国の時代が必ずやってくる」と言ってきたと自負しています。サンデープロジェクトの特集などでも、ずいぶんそのことを訴えてきましたが、じつは僕が最初にそういう確信を抱いたのが、上海のマオミンルー(茂名路)にあったハウス食品さんのカレーショップなのです。

小瀬:
ああ、ありました! ガーデンホテルの斜め前ですね。

財部:
当時、僕はガーデンホテルによく泊まっていました。天安門事件(1989年)が落ち着いた90年代から、僕はずっと中国を訪れているのですが、当時はひどい国情で、中国はせいぜい生産拠点でしかありませんでした。ところが、僕が信頼している現地の日本人たちが、「どうやらその状況も変わってくるのではないか」と、90年代末から2000年代初頭に言い出した。そんな折り、僕がガーデンホテルから出て歩いている時に、まったく偶然にハウス食品さんのカレーショップを見つけたというわけです。実際に店内を見てみると、いわゆるエスタブリッシュメントの若い女性たちが多数カレーを食べていました。

小瀬:
そう、客層がね。中国の方の感覚からすれば、カレーの値段はずいぶん高かったですしね。

財部:
値段ははっきり覚えていないのですが、日本円にすると、たしか普通のカレーが300円から400円の間で、カツカレーが400円から500円。その時、「これは日本の値段の安いカレー屋と同じではないか」と思ったことが、僕の中国観における本当の転機になったのです。しかも、この値段設定でも、数多くの人が店を訪れていることに驚きました。その意味で、ホンダの現地法人の取材を始めとするサンプロの中国特集の原点は、ハウス食品さんのカレーショップにあったわけです。

小瀬:
そうなんですか。

財部:
当時ハウス食品さんには、現地取材を少しさせていただいたのですが、本当はこちらの本社まで顔を出すべきでした。今小瀬会長が、マーケットについて正しい現状認識を持つことがいかに難しく、御社がそこにどれだけ注力しているのか、というお話をされましたが、僕はある意味、それらが同時進行している姿を、あのカレーショップで見せていただいたような気がしています。

小瀬:
あの店は錦江飯店の一角にあったのですが、結局、錦江飯店周辺の再開発で立ち退きのような形になりました。その辺が「中国らしい」とも言えるわけですが。

財部:
僕は、さらにその点も学ばせていただきました。「ハウス食品さんの店舗まで転居させられてしまうのか、とんでもない国だ」と、中国に対する理解をさらに深めたと思っています。

小瀬:
あのカレーショップは、ある意味でアンテナショップというよりも、中国で日本式のカレーを普及させることができるかどうかを見極めるための店舗でした。ところが場所柄、家賃が非常に高かったものですから、プライシングもある程度それに合わせる必要があったのです。とはいえ当時でも、日本のコーヒー店と同じぐらいの値段をつけた店で、ずいぶん流行っているところがありましたよね。

財部:
はい。ハウスさんの中国進出からは少し遅れていましたが、スターバックスなどは最初から同じような値段に設定していました。

小瀬:
中国の方に、「なぜコーヒーショップで、それだけの高い値段を支払うのか」と聞いたことがありますが、たとえば「友人と、ゆっくり時間を取って静かに話ができる場所がない」と言うのです。コーヒー自体もそうですが、空間や時間に対してお金を払うことができる富裕層が、やはりいたわけです。そこでわれわれは日本式のカレーと同時に、もう1つ、接客の質の高さに力を入れました。中国で中華料理屋に行くと、食器をテーブルにガシャンと置かれることがよくありますが、そうではなくて、日本流のもてなし方や接客をぜひやってみたいと思ったのです。ただし日本と中国では、その基準がかなり違いましたが。

財部:
どういう基準の違いがあったのですか。

小瀬:
一番注意させましたのが、トイレです。われわれからすれば、食べ物屋が清潔感を売り物にしていくうえで、トイレはやはりシンボルですから「気持ちが良いトイレにしよう」と指示しました。ところが「トイレをきれいにしなさい」と言っても、「きれい」の基準が日本人と中国人とでは違う。だから、ちょっと目を離したとたん、トイレが彼ら彼女らの基準での「きれい」というレベルになってしまうのです。結果的に、あの店は立ち退きになってしまいましたが、やるからには素人ではいけないと思い、「CoCo壱番屋」さんと一緒にやり直しました。

財部:
「CoCo壱番屋」さんは今、もの凄くヒットしていますよね。

小瀬:
そうなんです。国内に1000超える店舗があり、海外にも興味をお持ちでした。私どもと日本でお取引いただいているというご縁もあり、親しくしておりましたので、中国、韓国、台湾と一緒にやらせていただいたのです。今ではアメリカも合わせて、海外に37店舗を展開していますが、原点は上海のガーデンホテル前のカレーショップですよ。

財部:
あの店がオープンしたのは、本当に早かったですよね。中国に直接ああいう店を出して、カレーという文化が受け入れられるのか。そもそも彼らはカレーを食べるのか、というようなことが本当に言われていたような時代でした。

小瀬:
そうですね。中国ではだいたい、ご飯と汁物、単品のおかずが2、3品というのが一般的で、そもそもご飯に何かをかけて食べるという文化は一部を除いてあまりありません。しかし、われわれは「同じ米食民族だという部分に可能性がある。それはやってみなければわからない」と思っていました。当時、当社のカレールウについて、現地で消費者調査をしたところ、かなり良い反応が出てきたという背景もあります。結果的に、商品のレベルとサービス、店のクリーンさがあいまって、「おしゃれをして彼女とデートをする時に、カレーハウスに行こう」という客層にピタッとはまってくれました。

財部:
この間、僕も調べたのですが、「CoCo壱番屋」さんは、日本と中国の店舗で若干価格差があるとはいえ、ほぼ同じレベルですよね。

小瀬:
一番売れている商品は、中国でもカツカレー。中国の方は揚げ物が好きですよね。

財部:
揚げ物好きですね。これは余談なのですが、ある中国人相手の日本食レストランに、『ハッピーラーメン』という爆発的なヒット商品があるのですが、1杯1400円もするんです。

小瀬:
1400円ですか。何がハッピーなんですか。

財部:
これはですね、トンカツからチキンカツ、海老フライまで、ありとあらゆる揚げ物がラーメンに載っていて、それをカップル2人で食べるのです。それが口コミで広がり、爆発的に売れているのですが、僕は「これは少し食文化が違う」と思いました。話は変わりますが、小瀬会長は34歳の時に「カレールウグループ」のプロダクトマネージャーに任命されていますよね。

小瀬:
そうですね。入社12年目のことでした。