フューチャーアーキテクト株式会社 金丸 恭文 氏

顧客のビジネスに入り込む理系と文系のハイブリッド

財部:
「総合」に対して金丸さんの会社は独自の技術で企業にソリューションを提供しているわけです。その際、相手の会社が求めているニーズはあっても、それを実現するためにどうしたらよいか、自分達がまったくわかっていないというケースもあると思います。

金丸:
ほとんどですね。

財部:
そこに踏み込んでいくわけですが、まず、顧客自身が、抱えている問題を正確に把握していなければ、いくらITを導入してもダメなわけですよね。そうなると、IT企業とはいっても、顧客の商売まで降りていって、問題を発見し、解決のストーリーを構築して、そこで初めて、技術としてのITをこのように利用しましょう、という提案になるわけですね。

金丸:
そうですね。

財部:
それはコンピューター技術という枠を越えて、経営コンサルタントとしての高い能力が必要とされると思いますが、そのノウハウはどうやって積み重ねてきたのでしょうか。

金丸:
僕は前の会社にいた時に、16ビットのパソコンを設計開発するリーダーをやっていました。私のチームが作ったパソコンを営業の人間が売ってくれる。僕は売れるのを待っているのですが、自分のプロジェクトの行く末もありますし、スタッフを食わせないといけない。しかし待っていても営業マンが望んでいる成果を挙げてくれないのです。しかたなく営業マンに付いていくことにしました。そこで気が付いたのは、営業マンの説明が間違っているか、下手か、このどちらかなんですよ(笑)

財部:
それでは売れませんね(笑)

金丸:
間違ったままでは困るので、僕が正していくのです。最初は営業マンの発言ばかり気にしていたのですが、そのうち、目の前のお客さんに関心を持つようになったんです。

財部:
お客さんの要望に耳を傾けた。

金丸:
はい。それを聞いていて分かったのですが、お客さんの要望というのはほとんどが曖昧なんです。でも、営業マンはそれを聞いてどうするかというと「おっしゃる通り!」なんて言って、曖昧なまま持ち帰ってしまうんです。そんな話を聞いても、僕はお客さんがいったい何がしたいのかさっぱりわからない。

財部:
ははは。

金丸:
「それはどういうことですか。もう一回、説明してもらえませんか」としつこくやっていくわけです。僕らの仕事が彫刻のようなアナログの仕事なら、どんどん削っていけばいいのですが、コンピューターは0と1の世界。正しい要求を分解しないことには前に進めないのです。

財部:
顧客自身が抱えている問題を正確に把握していないんですね。

金丸:
はい。お客さんの要求はじつに曖昧です。何がしたいのか、どこまでのレベルを要求するのか紙に書いてくれれば分かりやすいのですが、ほとんどが業者を集めて、口頭でべらべらとしゃべるだけです。それで、「はい、提案書を持って来い」となるのです。

財部:
はい。

金丸:
大抵の提案書はこんな感じになります。「この度は提案の機会を与えてくださってありがとうございます」。「お客様のご意見は非常に時流に合ったご要求と拝察いたします」「つきましては私どもなりに解釈した結果、お客様の要求はこういうものであると考えます」。この調子で、褒めて、褒めてね(笑)。お客さんの考えは足りていません、なんてことは、これっぽっちも言わないのです。

財部:
なるほど。そういうものですか。

金丸:
だから、お客さんは自分達の要求が曖昧なことにすら気が付かず、この中だったらこの提案書が良いかな、なんていう調子で決めてしまう。曖昧な要求に対して、曖昧な提案がされて、プロジェクトがスタートするのです。動くお金が高額ですから、業者はそれに逆らう理由なんてないわけですね。今、そうした「曖昧」の残骸が山のように残っていますけどね。

財部:
そうとう無駄な投資が行われてきたのでしょうね。

金丸:
その時、企業の経営者は何をしていたかというと、文系企業の文系経営者だと、ITは苦手、と言ってシステム部は治外法権になります。もっと悪いところでは外部の人たちによる植民地支配になります。企業統治に関心がない時代は、こんな状態が続きました。だから、我々はシステム部門の人の話を聞くだけでは、ビジネスの要求を理解するのは難しいと感じて、我々自身が現場に入り込んでいくようにしたのです。

財部:
なるほど、それで曖昧をなくそうとした。

金丸:
うちの社員は基本的に頭の良い理系の人間を採用しています。でもそのまま送り込んでも、お客さんとコミュニケーションできませんので、最低でも簿記の二級は取りなさいと言っています。新人の内定中に教材を送ると、入社までにほとんどが取得してきます。ですから、東大工学部卒、簿記二級という、お客さんにとって大喜びの人材を送り込むことができているんです。

財部:
それは素晴らしいですね。

金丸:
今、最も求められている人材は、文系と理系のハイブリッドなのです。文系がいくらニーズを聞いてきても設計図は書けませんし、エンジニアに経営の問題を説明しても、それを吸収する能力がなければ、情報は切断されてしまいます。ここはうちの強みなんですね。

日本のIT企業の生き残りには「本当の危機」が必要

財部:
日本のIT産業のグローバル化はなかなか難しそうですね。

金丸:
今、不完全な会社ほど伸びていますし、不完全な国ほど成長していますね。中国などはまさにそうです。日本企業は日本社会の価値基準や規制でがんじがらめにされている。そこを突破していける根性があればよいのですが。でも、日本中で草食系が増えていると言われていますしね(笑)。

財部:
今、中国を取材して本を書いています。中国のデタラメに驚くと同時に、「不完全」の強さを目の当たりにしています。リスクをリスクとも思わない、ダメならダメでよいという前提で動き出すスピード感にはかないません。

金丸:
そうですね。

財部:
中国のやり方を見ていると、対照的なのはロシアです。ロシアは芸術、文学、思想どれを見ても完全主義。だから、ソ連が崩壊した後、ロシアは真面目に資本主義、民主化を行おうとした。でも、新しいルールを理解しないうちに、市場経済などになったら、金と力があるものが勝つに決まっている。それでロシアはあっという間にマフィア経済になってしまったのです。

金丸:
なるほど、市場原理が働きすぎたんですね(笑)

財部:
そうです。でも、中国は社会主義市場経済などといって、自分達に都合の良い時間軸とやり方で市場経済に近づけています。ロシアのプーチンは、中国に成功を見て、政府が国をコントロールする方向に戻しています。強いロシアを取り戻そうとしている。イランもそうでしたが、新しいものを完全主義で取り入れようとすると破綻するんです。いろいろな価値観を受け入れながら、できることからやる。それも、自分達の都合のよい方法で進めていくという考え方が中国の強さだと思いますね。

金丸:
小さな魚を取るときは網の目が小さくないと取れない。彼らは繊細な網なんか持っていないけど、大きな魚を捕まえちゃっていますよね。日本企業は緻密な一歩を積み重ねて進みますが、彼らは大またで汚い足跡をつけていく。でも、進んでいく距離は圧倒的に大きいわけですね。

財部:
そのように考えていくと、金丸さんの会社が成長していく市場というのは、今後どこになっていくのでしょうか。

金丸:
今、「100年に一度の危機」と言ったわりに、なんとなくやれていますよね。もっとはっきりと分かるような危機が来なければ、我々の出番は来ないのかなという気がしています。

財部:
まだ、危機感が足りないですか。

金丸:
もう、全然足りないと思いますね。例えば今、交代したばかりの社長の会社は、なんとか生き残っていかなければならないという危機感があるでしょう。しかし、来年の株主総会までかな、というような経営者が結構たくさんいましてね、そういう経営者は無理をしてなにかをやろうなどとは思わないのです。

財部:
なるほど。さらに悪いのは「100年に一度の危機」なのだから、落ち込むのはしかたがないと、経営の悪さをすべて景気のせいにしている。

金丸:
そうです。どんな話をしていても結論は「今は耐えるしかないですな」で終わってしまう。今こそ何かしなければいけないと思うのですが。

財部:
何もしないのですか。

金丸:
誰も何もしないのです。

財部:
何ごともなく、静かに引退したいということですね。

金丸:
僕がある経営者に「これまでやらなかった手を打つべきだと思いますが」と提案すると、「その答え、いつでると思う?」とまるで他人事のような返事なのです。「それは社長が決めることでしょう。もっと言うと、答えを出したい!という欲がなければダメなのではないでしょうか」と切り返すと、「いやー、そんなのはないんだよね〜」と。まったくやる気がないんです。

財部:
それは、驚くべき会話ですね。

金丸:
僕はもう慣れてしまいましたよ(笑)

財部:
そんなにひどいのですか。

金丸:
ここ数年、日本の経営者たちを見てきたのですが、この人たちがもっとも意気消沈していたのは、今よりも2003年の春、日経平均株価が7千円の頃です。株価はまだ下がると思っていて、何も対処していないところに、幸か不幸かBRICs特需が来た。あれよあれよと言う間に株価が上がると、3ヶ月後には落ち込んでいた自分たちをすっかり忘れているんです。その後、注文が舞い込んできて生産設備の拡大が一斉に行われましたが、それは自分達の実力だと思っているんです。僕がドバイやロンドンなど見て回って、お金の動き方が尋常じゃないな、これはおかしいと言っても、「君も守旧派になったな」などと言われて取り合ってくれない。そんな矢先にリーマンショックが来たわけです。

財部:
いろいろ言われていますけど、あれはシンプルに欧米のバブル崩壊ですよね。

金丸:
そうです。欧米のバブル崩壊に巻き込まれたわけです。

財部:
それなのに「100年に一度の危機だ」と騒いで、危機の中身を誰も語らないで、社会全体がそんな曖昧な言葉を共有しているのがお粗末だと思います。

金丸:
ですから、僕は本当の危機が来なければ、日本企業は変われないと思うのです。

財部:
落ちるところまで落ちて、ようやく本気になるということでしょうか。そうなる前に、本気になれることが一番良いのですが。本日はどうもありがとうございました。

金丸:
ありがとうございました。

(2009年7月31日 東京都品川区 フューチャーアーキテクト本社にて/撮影 内田裕子)