株式会社ザ・アール 奥谷 禮子 氏

財部:
たしかに客観的にみると、これほどの不況はなかなか起こるものではありません。自動車が駄目でもエレクトロニクスはまだ大丈夫とか、通常ベースの経済とはそういうものです。ところが、今度ばかりはどこもかしこも全部駄目。それこそ「100年に1度の不況」の部分は抜きにして、「すべて派遣という働き方が悪い」というのは、かなり短絡的です。

奥谷:
そうですよね。昔は、たとえば円高不況にしてもオイルショックにしても、どこか良い部分がありましたよね。これほど、すべてが悪いというのは初めてのことだと思います。

財部:
ええ。ですが、僕は北欧をずっと取材してきた中で、先の労働教育の話に加え、「同一労働、同一賃金」という考え方に、日本にはない良さを感じました。日本では、賃金の話はすべて経済的な理由で語られますが、会社の垣根を越えて、1つの仕事に対する賃金が同一ということになれば、その仕事に対する社会のリスペクトも同じになるというわけです。つまり「同一労働、同一賃金」というシステムの下では、同じ仕事をしている限りにおいては、正社員だから標準以上、派遣社員やパートタイマーだから標準以下という偏見もなくなるのです。その意味で、「同一労働、同一賃金」という原則を各企業が守り、それぞれの仕事に必要な能力がきちんと定義され、それに対する社会的な評価も定まってくれば、労働者は自分の思いのままに、長期間でも短期間でも働くことができるようになるのではないでしょうか。

奥谷:
日本の場合、1つの職業に求められる職能というものが、きちんと確立されていないところに問題がありますね。そのため、A社の総務部長がB社に移ると、同じ役職が全然務まらないということが起こりうるのです。したがって、その部分が改善されなければ、労働市場を作ることは到底できません。結局のところ、ある職業に求められる職能とはどんなものであるかを定め、それに対する責任を明確化したうえで、賃金を明確化しなければならないのですが、そういう根本部分がいい加減。ですから学生たちも、「やはり大企業がいい」とか「この会社のイメージがいいから」というだけで入社してしまうという事態になるわけです。ちなみに彼らの親たちも、「この会社がいいから行きなさい」とはいっても、「この仕事が素晴らしいからこの会社に行きなさい」ということは、ほとんどありませんよね。

財部:
そうですね。

奥谷:
思うに日本では、個人の考え方や能力ではない部分と、ベネフィット(利益)とが、あまりにも密接につながりすぎているのです。たとえば同じ女性でも、配偶者特別控除と第3号被保険者という恩恵を受けている専業主婦にくらべて、フルタイムで働く女性は、はっきりいって大きなハンデをも背負っているようなもの。にもかかわらず「『同一労働、同一賃金』の原則の下に、正社員もパートタイマーも社会的なリスペクトは一緒」といわれても、それはちょっと違うと思います。一方の人たちはハンデなしなのに、もう一方の人たちは大きなハンデを背負っているような状況で、「同一労働、同一賃金」ということになったら非常にアンフェアです。だから一刻も早く、すべてを個人という部分に落とし込んで再考し、不公平な要素をなくしたうえで「同一労働、同一賃金」という方向に持って行くべきです。

財部:
なるほど。日本では仕組みだ、制度だとよくいいますが、逆に、個人という立場からスタートして仕組みを考えていくという発想がないんですね。

奥谷:
そうです。話を戻しますが、ここの部分をフェアにしない限り、「男女共同参画社会」なんて、まったくの嘘ですよ。

財部:
その意味でいえば、やはり税制を一度、徹底的に簡素化する必要がありますね。これまで国は、いわば「家の屋上に屋根を積み重ねる」ように、さまざまな種類の税金を設けて「個人の考え方や能力ではない部分」に保護を重ねてきたような気がします。

奥谷:
税制に加えて、社会保障もそうです。その部分のベネフィットを一度、すべて剥ぎ取らなければ駄目なんです。ベネフィットを剥ぎ取り、すべてを裸にして初めて、個人創出≠フ段階に至るのです。そのうえで、「同一労働、同一賃金」について議論をすべきです。

「自助自立」の精神が日本人に欠けている

財部:
そうですね。もっといえば、僕が非常に大切だと感じているのは、どの国においても「自助」が基本であるということです。じつは相互扶助とは、現実には存在しないものであり、高福祉で有名な北欧諸国でさえも、よく取材していくと、彼らの生き方の根本部分に「自助の精神」があることを感じるのです。

奥谷:
そうです、自立自助ですよ。

財部:
そもそも北欧で高額な失業保険が給付されるのも、自分自身が高い税金を支払っているから。実際、彼らは「高福祉、高負担」は当たり前だと思っているのです。ところが日本では、そういう意識がまったくみえない。ただ表面だけをみて「北欧みたいないい国にしてくれ」という声が聞こえてくるだけです。

奥谷:
それならば、北欧諸国と同様に、年間所得の4、50%を税金として支払う覚悟があるのか、ということですよ。たかだか消費税5%ぐらいの税率で、北欧並みの社会福祉を実現してくれというなら、それは厚かましい話。いずれにしても、いま日本では、派遣労働の問題を典型に、「社会主義の国になってしまうのか」ということばかりが行われています。政治家の発言を聞いていても、今後日本はどうなっていくのか非常に心配です。日本はもはや資本主義の国ではなくなってしまったのでしょうか。

財部:
まったくその通りですね。昨年の秋、政治家たちが製造業の各メーカーに行って「派遣社員を切るな」といいました。じつはその中に自民党の某大臣もいて、僕は「この国に保守はいないのか」と思いましたね。このままでは、日本企業はこの国ではやっていけませんよ。

奥谷:
企業が倒産せざるを得ないような状況に、どんどん追いやっていますからね。じつは、同友会のある委員会で、「非正規雇用者を全員正社員にするのが望ましい」という提言書を出そうとする委員長がいたのですが、私は「非正規雇用者を全員正社員にして成り立つ会社がどこにありますか。こんなものを世に出したら、恥をかきますよ」と忠告したんです。

財部:
皆が大衆に迎合していますよね。

奥谷:
やはり現在の時流に乗って「いい人になりたい」という部分があるのでしょう。もっと長い目でみて、「いまそんなことをいったら大変なことになる。むしろ、雇用のあり方をもう一度見直して、きちんとした形をどう作っていくのか」ということを議論するなら別ですが。だいたい「正社員を増やしていくべきだ」とか「非正規雇用者をすべて正社員化するべきだ」といっても、誰が責任を持つのですか。日本経済が毎年8%の成長を続けているならともかく、このマイナス成長の世の中で、いったいどこからお金が出てくるのか、と私はいいたいですね。

財部:
そうですよね。たとえば本当に「派遣労働者を守れ」という方向でいくなら、「本当に守るべき派遣労働者とはどんな人たちなのか」ということを検討する必要がある。ところが現在の日本では、こういう正常な議論さえ成立しません。それに、正直いって「変な中小企業に正社員として入るよりも、大企業の派遣で働いた方がいい」という安易な考えで派遣を選択している人が少なくありません。しかも、契約を切られて「派遣村」に行った人の大半が、自分で働く気は全然なくて、生活保護で暮らす方がよほどいいと思っている。そういう人たちが相当数いるという事実を明らかにせず、「『派遣切り』はかわいそうだ、彼らを守らなければならない」というような報道をしていたら、国は絶対に成り立たないですよね。

奥谷:
成り立たないですね。じつは以前、「派遣村」村長の湯浅誠さんと話したのですが、彼は「いまは世の中が厳しくなっているから、基本的にはもう自己責任とはいわない方がいい」というんです。そこで私が「『自己責任とはいわない方がいい』といっても、自分で食べていくことが基本でしょう。自己責任をなしにするということは、社会全体で元派遣労働者≠フ面倒をみるということなんですか」と聞くと、彼は「そういうことですね」と答えました。

財部:
湯浅さんがそういったんですか。じつは私を含めて、他人に自己責任云々といわれるまでもなく、自己責任で生きている人も数多くいるのですがね。どうも政策立案サイドにいる人たちは、官民含めてサラリーマン意識になっているので、おかしな対応ばかりするんだと思います。

奥谷:
企業経営者にも、サラリーマン意識の方は多いですよ。4年間の任期を無事に過ごし、「いい人」で終わりたいという人ばかりで、「何がなんでもこれをやるんだ」と、信念を貫く人が少ない。それこそ政治家とやりあってでも、「馬鹿なことをいうな。正しいことは絶対に通すんだ」という人が、少しぐらいいてもいいはずなのですが。

財部:
そうですね。だから、もし生産現場で働く派遣労働者をすべて禁止にするというのなら、それによって何が起こるかということを、すべて俎上に載せたうえで議論すべきです。「派遣禁止では、もはや国内で労働力を調達できないので、工場を海外に移転せざるを得ません」という認識を、国民が共有したうえでなければ、到底筋が通りませんからね。

奥谷:
それこそ「派遣禁止の結果、数百万人規模の雇用喪失につながる恐れがありますが、それでもいいのですか?」と、ストレートにいえばいいんです。本来そういうことは、日本経団連などの経済団体が、自身のお家事情は別にして、「一般的にはこうなんだ」ときちんと主張すべきです。残念ながら私自身は、ある事情で労政審を辞めることになってしまいましたが、できれば若手議員の皆さんに、派遣の実情について教えてあげたかったですね。

財部:
それは本当にもったいない機会でしたね。その点については、このホームページできちんと書かせていただくとして、今度はもう少し大きなテーマとして雇用全般、あるいは働き方についてお話をお聞きしたいのですが。

奥谷:
働き方といえば、私はホワイトカラーエグゼプションについて「過労死は自己責任だ」と言ったと、徹底的に叩かれました。ところが事実はそうではなくて、「これから1日24時間、365日のグローバル競争にさらされる『ソフト化社会』になっていくと、10時間残業したとか100時間残業したということは、まったく関係なくなる。要は、本人のアウトプットの良し悪しがすべてであり、たとえば3時間で質の高いアウトプットを出せればその時点で帰宅してもいいし、どんな場所で仕事をしても構わない。その反面、時間管理や生活管理、健康管理もすべて自己責任になっていく」ということを話したんです。そうしたら、「過労死は自己責任」だと書かれてしまって――。

財部:
そうだったんですか。

奥谷:
そもそも「ソフト化社会」では、仕事の中身そのものが、付加価値の高いものに変わることが求められます。だから日本は今後、コストの部分で大きな付加価値をつけないと負けてしまいます。いかに付加価値の高いものを作るかということになれば、それはまさしく知恵次第。そして、その知恵を創るのは個人であって、集団でどうのこうのと話し合って出てくるものではありません。だから「今後、個人が最高のアウトプットを出していくために、1日24時間すべてを自分で管理していく時代になっていく。したがって過労死なんてあり得ない、社長も社員に『死ぬまで働け』とはいいませんよ」と私は前置きしたわけです。

財部:
そうなんですか。僕はあの見出しをみて、「奥谷さんはなかなか過激な経営者だな」という印象を、傍観者的に抱いていました。

奥谷:
取材では、前置きの部分をきちんと話したのに、「過労死は自己責任」だという言葉だけが記事の前面に出ていたので、私は「何だろう、これは」と思いました。そうこうするうちに、私はあちこちで叩かれて、「鬼経営者」ということにされてしまったわけです(笑)。

財部:
それは大変でしたね。

奥谷:
繰り返しになりますが、日本の場合、今後すべての分野において付加価値を高めなければ生き残っていけません。同様に人材派遣会社の場合も、人材に付加価値をつけないと競争に勝てない。たとえば同じ秘書でも、高いセクレタリー機能を持っている人材でなければならないわけです。その意味で、クライアントの皆さんにも、同じ時間給の2500円を出すならば、「こちらの付加価値の高い人材を採ろう」という選択をしていただきたいですね。

財部:
ということは逆に、日本全体としてはすぐに労働教育は改善されないですから、たとえば「あの会社の派遣スタッフは素晴らしい。教育がよく行き届いている」、という部分が大きな差別化要素になりますね。

奥谷:
だから当社では、教育に力を入れているのです。当社にはいま、企業研修の女性インストラクターが150人ぐらいいますが、彼女たちはいったん退職して家庭に入った人が大半。その彼女たちに基本から教え、アシスタントとして研修現場に出てもらい、一本立ちできるまでに1、2年はかかります。でも、そうやって教育を行い、一人前になってもらうことで、女性が再就職できるチャンスが広がっていくわけです。

財部:
なるほど。僕が今回一番いいたいのは、自主自立ということです。「国に何をいっても駄目だから、まずは自分で考えなさい」、ということを広く発信したいと思っています。

奥谷:
本当にそうですね。何事も自分自身の価値観の下に行うべきです。もはや、国にどうのこうのといわれて動くという社会ではなくなっていますからね。

財部:
だとすれば、自分と他人の生き方や境遇を比較するばかりでは、いつまでも個人が幸せになることはできませんよね。

奥谷:
ええ。「こんなはずではなかった」、「自分がこうなったのも、あいつのせいだ」とか「会社が悪い」、「社会が悪い」、「国が悪い」といって、すべてを他人の責任にしてしまいますからね。だから私は「それは間違っている。自分で選択し、自分で決断して、自分で行動しなさい」と、声を大にしていいたいのです。

財部:
その通りですよね。今日は本当にありがとうございました。

(2009年5月11日 東京都千代田区麹町 ザ・アール本社にて/撮影 内田裕子)