ツネイシホールディングス株式会社 神原 勝成 氏

財部:
実際にやられてみて、最初にやはり「社長業は大変だなあ」と思われたのは、どういうことだったんですか?

神原:
「社長業が大変」とは、今でもあまり思っていないですが、とにかく最初の4、5年はグループ会社の整理に追われました。もちろん本業の造船も大変でしたが、本業の方は組織がきちんと出来上がっていて、きちっと回っていました。ところが、バブルの頃に作ったグループ会社のレジャー部門などに不採算事業がたくさんあってここは難航しました。

財部:
そうですか。

神原:
赤字が続いていたのですが、みんな父に言えなかったんですね。ゴルフ場をようやく整理できたのは3年前です。その際は父と銀行に挟まれてちょっと大変でした。でも経営そのものについては、とくに海外展開やビジョンがどうかとやっていくのは、とても楽しいですよ。やり甲斐があります。

「日本型マネジメント」の足腰の強さが見直されている

財部:
造船のこれからを考えたとき、世界経済の先行きの不透明さが非常に気になります。為替も、今後どう推移するのか見通しがつきにくい。今後の造船業の経営はどういう方向に向かうのでしょうか。

神原:
われわれは、工場の海外展開、船造り、品質向上といった事柄が、きちんとできていると思うんです。そういうことが言える背景として、当グループの造船部門には、少なくともこの先4年間、(すでに受注済みの)仕事量は十分にあるからです。ですから、急いで目先の仕事を取らなきゃいかん、ということではありません。その意味では、船は消費財と違って、「新車販売台数が一気に減ってどうしようか」と心配することがありません。むしろ今回の不況では、ゆっくり足元を見直す時間ができて良いことだと考えています。その間に景気も回復するだろうし、為替も株価も安定するだろう、と。

財部:
なるほど。

神原:
当社ではいま、設備投資を急激に拡大しています。いわば船を造りながら、工場造りもやっているようなもので、もう手足が一杯に伸びきっているような状態です。だから「詰め将棋」ではないですが、やるべきことをきちんと1つずつやっていく必要がある。ところが、まだできていないことがいっぱいありましたので、今、それをしっかりやって、足元を固めていこうと思います。

財部:
それは、まったく正しい不況の捕らえ方だと思いますね。

神原:
もう1つの課題はお客様との良い関係作りです。年間の建造隻数が50隻から2011年には80隻くらいに増えていきますので、そのお客様にリピーターになっていただける努力が必要です。きちんとヒアリングをして、他社とは違う、ツネイシなりの「ダントツ商品」をきちんと作っていける開発力が必要です。その体制を、2、3年かけて築き上げたいですね。

財部:
この不況の間に、じっくりと体制を整えていくわけですね。それは経営的に余裕がないと、なかなかできませんよね。

神原:
でも、外部的要因で会社の経営にインパクトがないかといえば、そうではありません。鋼材にしろ、いまのところ原材料は高止まりしています。もっとも、これはわれわれが言ってもどうにもならない話で、高炉メーカーに「この値段です」と言われたら、それで買うしかありません。別に、ミタルがそれよりも安く売ってくれるわけではないですしね。業績はある程度悪化すると思いますが、いま足元をきちんと整えておけば、2011、12年にはまた採算性の高い船が竣工してきます。それをやっていく以外に方法はないだろうと思います。

財部:
じっとこの状況を耐えて凌ぐわけですね。

神原:
今、景気は悪いですが、体力も資金もある会社にとってはM&Aのチャンスだとか、いろいろと言われていますよね。まあ、そこは各社の方針があるでしょうけれど、われわれは足場を固め、嵐が去るのを待ちながら、やるべきことをやろうと思っています。

財部:
ごく自然に、そういう思考にたどり着いてきたんですか?

神原:
いやいや、それしかやる自信がない、ということです(笑)。今から改革だ、規模の拡大だとかをやろうとしてもね。他の造船所もへたってくるでしょうから、M&Aなどはやらずに、じっと待つというのが、王道だろうと思います。どうなんですかね、分かりません。

財部:
僕は正しいと思いますよ。

神原:
でしゃばらずに、ですね――(笑)。

財部:
最近、トヨタ自動車のアメリカの現場責任者に会って話を聞いたんですが、その時に「トヨタさんはアメリカの景気を、どのように読んでいるのですか」、という質問をしました。ところが、その責任者は「ウチは(アメリカの景気を)読まない」と答えたんです。

神原:
へえ、そうなんですか。

財部:
ええ。「(アメリカの景気が今後)どんな風に上昇し、いつ回復するのかということは分からないので読みません。たとえ読んでも間違える。間違ったものに基づいて計画を立てても意味がないので、そういうことはせずに、基本的なことだけをやるだけです」と言うんですね。

神原:
なるほど。

財部:
それで僕が「その基本的なこととは何ですか?」と聞いたらですね、雇用を守ることと、ディーラーを守ることだと言うんです。車は大衆消費財ですから、売れなくなれば当然、工場を止めなければなりません。過剰に生産するわけにいきませんから、全米に8つある工場のうち2つを閉めた。でもその際、トヨタでは現地従業員の首を切らずに、通常のオペレーションの下ではできないような実地研修をやるとか、草むしりをやるとか、あるいはどこかの工場に手伝いを行かせる、ということをやっているんです。

神原:
はい。

財部:
もう1つは、車の場合、造船とは違い、ディーラーに販売を委託しています。ということは、ディーラーが潰れてしまうと、景気が回復して販売競争が激化した時に手足がなくなってしまう。だからディーラーが資金繰りに困ったら融資を行って、「これを守る」と言うんです。トヨタでは雇用とディーラーを守るという、この2つをひたすらやるというわけですよ。

神原:
そうですか。

財部:
今後間違いなくビッグ3がへたってきます。だからトヨタは、今ある製造ラインを動かすための雇用と、ディーラーを守り続けるんです。現在の数字だけをみると、トヨタの収益の落ち込み方はホンダや日産を上回っていますが、あれは為替差損などではありません。景気が底を打ったところで一気に攻勢をかけるために、今、収益を生まないところにお金を払っているから、持ち出しが多くなっているのです。これがトヨタのトヨタたるゆえん、という感じがしましたね。先の神原さんのお話も、これと通じる話だと思います。

神原:
長期スパンで経営を考えているんですよね。しかし、GMのワーグナー会長はもの凄いエリートで、早くから社長を務めていましたが、何度も工場閉鎖を行い、あれだけ大量に首切りをやったら、従業員も働きませんよね。

財部:
そういうことだと思います。

神原:
先日、ある高炉メーカーの役員さんにご挨拶かたがた「鋼材をなんとかしてください」とお願いに行ったんです。そこで世界情勢の話になった時、「GMではワーグナー会長が大々的なリストラを行っているにもかかわらず、年収1億円もらっている幹部があと300人もいる」、と伺ったんです。こちらでは新聞を読む限り、「GMはリストラで大変」という話ばかりですが、そういう話を聞いて、アメリカ流のマネジメントは疲弊していて、もう限界が来ているなあと感じたんです。

財部:
はい。

神原:
それにくらべて日本はね――。日本人なら、上場している会社の社長でも年収数千万。かたやアメリカでは、あの業績の悪いGMのように、潰れそうな会社でもまだ億単位の報酬をもらっている人が数多くいるのに、あれほどの厳しい合理化を進めている。誤解を恐れずに言わせていただければ、「格差社会」と日本では騒いでいますが、日本の格差なんて、アメリカにくらべたら、ものの数にも入りませんよ。

財部:
その通りですよね。

神原:
その意味で、「日本のマネジメントや経営は見直される」という話を、高炉メーカーさんの幹部の方が言われていました。先のトヨタさんに限らず、長期スパンで経営を考えている企業が、日本には多いですよね。だからやはり、こういう状況になればなるほど、足腰の強さを発揮できると思うんです。

財部:
逆に、チャンスですよね。世界経済全体がここ1年、2年崩れている間に、きちっと日本型経営をやっていけば、景気が回復した時には、一気に出て行けます。今はまだ、出る必要はないので、じっと我慢しているわけですが。

神原:
はい。日本企業のマネジメントは、世界から評価されるに足るものだと思います。危機のときこそ、その良さがわかってね――。

財部:
そうですよね。今日はありがとうございました。

(2008年11月12日 広島県福山市 ツネイシホールディングス本社にて
/撮影 内田裕子)